あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

生きがいについて

2021-05-25 14:24:03 | 

 『「生きがい」と出会うために 神谷恵美子のいのちの哲学』(若松英輔著、NHK出版、本体価格1,400円、税込価格1,540円)を読んで、原書も紐解きました。西洋の哲学、心理学、精神科学、またキリスト教を多く引用されており、難解でしたが、多くの学びを得ました。

 『「生きがい」と出会うために 神谷恵美子のいのちの哲学』にも書かれていた通り、

 自分の生は全人類の生の一部であり、自分は皆に対して意味と責任を担っていると思い至るとき、自分自身の内側にある生きがいの種が芽吹く

ということを知りました。自分の命は自分だけのものではなく、すべての命に通じている、そして、生きているという自覚よりも生かされているという認識を持つことが重要です。ハンセン病療養施設で診察した経験から、人間の尊厳についても、

 『人間の存在意義は、その利用価値や有用性によるものではない。野に咲く花のように、ただ「無償に」存在しているひとも、大きな立場からみたら存在理由があるにちがいない』

と述べています。生きがいをうばい取るもの、生きがい喪失者の心、新しい生きがい求め方やその発見について考察されており、「なぜ生きるのか」「いかに生きるか」を問うている1冊です。

『生きがいについて』(神谷恵美子著、みすず書房、本体価格1,600円、税込価格1,760円)

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2021-05-17 15:07:41 | 

 男子高校に通う2年生の薫は、春の新学期早々に不登校になり、小説の中では詳細の地名は明らかではありませんが、たぶん和歌山の白浜だろう、温泉と海水浴の町である砂里浜(さりはま)でジャズ喫茶店を営む大叔父、佐内兼定のもとで夏休み中は過ごすことになり、お店を手伝います。

 兼定はシベリアへ抑留され、復員したものの、「赤」というレッテルを貼られ、1年間東京で暮らした後、何のゆかりもない砂里浜で保険の営業を経て、「オーブフ」というジャズ喫茶店を開業します。

 店の従業員の岡田シゲカズは、5年前の夏の終わりに「オーブフ」にふらりと現れ、そのまま居つき、店で働く青年です。

 3人は年齢も、また、人生の道のりも違いながらも、孤独をまとい、「オーブフ」という空間で出会います。それぞれが援け援けられ、やっと生きています。やはり、1人では生きていけない。薫が東京へ戻る前日、岡田は薫に話しました。

 「自分が追い詰められたとか、外されたとか、集団を恨む気持ちがふつふつとわいてきたら、無理してでも集団にとどまるか、もどるかしたほうがいい。そして、面と向かって文句を言えばいいんだ。悪態をついたっていい。誰かはその悪態をちゃんと聞いている。集団を出て、それから集団を恨みはじめたら、痛手を負うのは君なんだ。」

 経験からの言葉なのか、しかし、今後の薫への後押しになっていますね。高校での学生生活へ、また、「オーブフ」への帰還か?

 ジャズのレコードや家具を神戸で買い付けているくだりがあり、神戸人としても嬉しいです。

『泡』(松家仁之著、集英社、本体価格1,500円、税込1,650円)

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小説王

2021-05-13 14:41:54 | 

 小学4年生の時に学級新聞を一緒に作っていた吉田豊隆が「空白のメソッド」で小説ブルー新人賞を受賞して、作家デビューしたことを知った小柳俊太郎。豊隆が転校して以来の近況に、作家志望だった俊太郎はすぐに本を買い読むと、豊隆に会って、彼の本の感想を述べたら、「君が僕の編集者だったら良かったのに」と豊隆がこぼしたところから、小説王のストーリーは転がっていきます。

 新人賞は受賞したものの、その後は鳴かず飛ばずの作家の豊隆、大学を卒業し、大手版元に就職し、念願の文芸の編集者になった俊太郎がタッグを組んで、「空白のメソッド」で豊隆が本当に書きたかったテーマを『エピローグ』という書名で上梓すべく、一方は書きまくり、他方は朱を入れまくる。これが最後の本という意気込みはすさまじい。

 「結局は熱ですもんね。本に込められるのは作家の思いだけじゃなく、かかわったみんなの熱でもあると思うんです。」

 これは本のことだけでなく、何事にも、当事者意識を持った人を増やし、その人たちの熱量の総和が素晴らしい答えを導き出すのですね。

 ストーリーの中にとても興味深い点があったので記しておきます。人気作家の内山氏は次のように俊太郎に向けて語っています。

 「どこの書店を回っても思っていた以上に人がいなかった。(中略)これを解決するのもお前らの仕事の一つだからな。(中略)ちゃんと本を読んでもらうこと。小説が大切と思ってもらうこと。(中略)確証があるわけじゃないけど、物語が必要とされる時代はきっと戻ってくるはずだから。(中略)いまある物語が通用しなくなる時代ってことだ。終戦直後のように、みんな共有していた指標を一気に失うとき」

 これに対して、俊太郎は「オリンピックとか?2020年とか?」と返事をしていますが、ひょっとしたら、新型コロナウイルスかもしれませんね。「みんな共有していた指標を一気に失うとき」になっていますもの。これが予言として当たりますように。

『小説王』(早見和真著、小学館文庫、本体価格690円、税込価格759円)

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ひゃくはち

2021-05-12 15:50:43 | 

 第33回山本周五郎賞受賞「ザ·ロイヤルファミリー」がとても良かったので、著者の早見和真氏のデビュー作「ひゃくはち」も読んでみました。東の横綱である神奈川県京浜高校野球部の選手間の固い絆と友情の物語。

 

  春の選抜に出場し、1回戦は西の横綱の山藤学園との事実上の決勝戦に敗れ、夏の甲子園出場のために日夜練習に励み、地区予選の出場選手発表前に、チームメイトのノブの彼女の千渚が妊娠しているという情報が野球部を駆け巡りました。「堕ろす」か「退部」かの選択をノブに迫る状況下、ノブと同様にスカウトされない形で入部した雅人は、1年生を除く全部員参加のミーティングで吠える。

 

  「俺らは高校野球の選手である前に一人の高校生なんだ」

 

  雅人の決断は、彼が入部した当時に父からもらった手紙の文面に寄るところのものでした。
 

   それから8年後、京浜高校の神奈川大会決勝戦の後に、彼らは集まります。ノブは妻の千渚、そして長男の好太を連れてきます。好太の命名の由縁をみんなが知り、読んでいる私も涙が止まりませんでした。8年のわだかまりは一気に消え、高校時代の絆を取り戻し、絆のベースである野球をしに京浜高校グラウンドへ行きます。 

 

『ひゃくはち』(早見和真著、集英社文庫、本体価格680円、税込価格748円)

 

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ザ・ロイヤルファミリー

2021-05-10 13:40:55 | 

 「望まざる人が来る」という凶のおみくじは本当に出会いを生みます。栗須栄治は、競馬の馬主の山王耕三を紹介され、彼の会社である人材派遣業のロイヤルヒューマンに転職します。税理士資格を有する栗須は経理課に配属されるが、後に山王の専属マネージャーに起用されます。競馬を主に、山王の個人的なことも含めた業務をすることになります。


  
「ロイヤル」を冠した名前の山王の馬たちは、山王の同業の最大手ユアーズの社長であり、馬主のライバル椎名善弘の馬たちと競い合います。しかし、本業でも競馬でも実績は椎名に負け続け、何とか起死回生の勝負に、ロイヤルホープで立ち向かいますが、ダービーでももう一歩で破れます。山王は「馬は俺を裏切らない」、「馬に出資するんじゃない。その人間(馬の生産者や調教師、騎手)への信頼に賭けるんだ」という立場を取り、栗須に対しては、「すべてはお前に任せる。期待する以上、絶対に俺を裏切るな」と言い切る。


 山王がガンで倒れ、馬を相続したのは山王の隠し子である中条耕一。そして、ロイヤルホープの子どものロイヤルファミリーで闘いを挑む。相手は椎名善弘であり、その長男の展之。人間も馬も血統の争いであり、耕一も彼の独特の競馬観を抱くが、最後には父のキーワードが蘇生します。ロイヤルファミリーはどうなるのか、最終ページのロイヤルファミリーの戦績表を見て号泣しました。 

 

『ザ・ロイヤルファミリー』(早見和真著、新潮社、本体価格2,000円、税込価格2,200円)

 

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