あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

夜が明ける

2021-10-26 16:09:04 | 

 俺がアキを、その容貌からフィンランドの俳優、アキ・マケライネンに似ていると伝えた時からの友情と、二人がどん底で生きる姿を描く小説。

 アキは母子家庭であり、母親が精神的に不安定で行政の福祉事務所の支援を受ける家庭で幼少期を過ごし、高校2年の時に俺も、父の自死で母子家庭となったが、奨学金を得て大学まで通う。アキは高校卒業後、俳優になるべく劇団に入るが、下積みに耐えていたが、劇団主との人間関係の不和で退団し、極貧の生活を送る。俺はテレビの制作会社に入社するが、こちらもひたすら下働きとブラックな仕事の連続で、最後には心身ともに病む。

 著者は現代社会の暗黒の場面を真正面から書いている。自助、公助、よりも目の前の困った人を助け合える関係を築く共助を育てることの大切さを訴えている。但し、「その人が安心して暮らせるようになってから」という条件のもと、援けの手を差し伸べることによって、書名である「夜が明ける」と思う。アキの最後の1年、そして、他者に助けを求めることが出来るようになった俺の再出発に明るい光が射している。

 また、ものをいう目より下の首筋までの顔と首の装丁画がこの小説の訴えを滲ませている。

『夜が明ける』(西加奈子著、新潮社、本体価格1,850円、税込価格2,035円)

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不器用なまま、踊りきれ。 超訳 立川談志

2021-10-25 11:24:47 | 

 通常なら2~5年で終えるところを10年弱務めた前座時代に浴びた、談志師匠の罵詈雑言に近い言葉を、師匠に「絵に描いたような不器用な奴」と称された弟子の談慶氏のフィルターで濾した上の、「人間の本質」を貫く、人間学の本です。

 談志師匠はどちらかと言えば、ややこしい人と思っていましたが、全くの誤解でした。天才と言われた人は言葉も一流です。

 「”努力“とは馬鹿に恵(あた)えた夢だ」は、努力して仕事をするのが当たり前なプロの存在を意味し、努力の過程よりも「結果だけで勝負しろ!」という𠮟咤激励です。高座ではやり直しは不能ですが、どんな職業でも同じです。

 「ちゃんと生きなよ」は自分の座標軸を持ち、「自分がいいと信じたものを、死ぬまで大事にし」、「非常識なくらいの情熱を注ぎ」、「好きな虫になれ!」とは落語の世界だけではありません。便利な社会では自身で考えることなく流されるまま生きている人に対する辛辣な意見でしょう。

 古典落語の舞台の江戸時代では、仕事と自分自身の時間の他はボランティアタイムであり、困った人を助けるのを普通としていました。様々な人を受け入れる土壌があり、心の豊かさ、余裕は持ち得ていたと思います。その世界を高座で描くからこそ、「不快感を他人で解消しようとする『文明』より、不快感を自力で解消する『文化』」を愛した談志師匠は、10年以上前から多様性を理解し、資本主義の将来は既知だったのでしょう。地球レベルの課題を解決するにも江戸の知恵は活きるはずです。

 筆まめだった談志さんを知って、さすがは大師匠だったと確信しました。談慶さんもちゃんと継承されていますもの。

『不器用なまま、踊りきれ。 超訳 立川談志』(立川談慶著、サンマーク出版、本体価格1,500円、税込1,650円)

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花のあとさき ~あのときムツさんにきいたこと~

2021-10-22 15:52:13 | 

 埼玉県秩父市の山あいの集落である太田部楢尾をNHKが2001(平成13)年から記録してテレビドキュメンタリー『秩父山中 花のあとさき』として放送、さらにその集大成の映画『花のあとさき』を2020(令和2)年に公開、その書籍化としての本です。

 限界集落が地域では課題とされながらも、日曜日の夜に放映される「ポツンと一軒家」の人気もあり、この本を読みました。自分たちが生まれ育ち、炭を焼き、林業に励み、畑を耕し、そして、自然に抱かれながら家族とともに成長したその場を離れなければならないという苦渋の選択を予想し、少しでも自分たちの手により、花の咲き、紅葉を楽しめる樹木を植樹する、その姿は美しいの一言です。また、語られる言葉も胸に響きます。

 「山の恵みってのは、人間を活かすようにできている」

 われわれ、都会で暮らす人々にはとても感じえない、自然人としての気持ちでしょうね。春に開花して謳歌する樹木やモミジの美しさ、そして、彼らの姿の佇まいの写真と共に、「人生の終わり支度の見事さ、自然の営みと共に時を刻んでいく生き方」に憧れます。

『花のあとさき ~あのときムツさんにきいたこと~ 』(伊藤純、百崎満晴著、徳間書店、本体価格2,200円、税込価格2,420円)

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くらしのアナキズム

2021-10-14 17:19:26 | 

 今日、衆議院は解散されて、選挙モードに入ります。板宿駅前に立地する店の前では各党の宣伝カーが訴えの声を張り上げることでしょう。これも国家の仕組みの中でのことですが、無政府主義になれば選挙もなくなりますね。

 いかにして無政府状態でも問題がないかを人類学の視点から考察しています。人類の歴史を見ても、政府がない時もありましたし、日本の場合は震災や自然災害の発生で、時として政府の統制が効力を発揮できない、また、公や企業から供給されるライフラインも途絶えます。そんな状況下、被災者は必ず援け合っています。それも有縁な人間関係から。

 災害の地域活動の話を聞いたことがあります。高松の自治会の長の方は水害の折、自治会活動に協力してくれる人から救助したとおっしゃっていました。つまり、知っている人から優先されます。これは日頃のコミュニケーションの密度がモノを言うわけです。「顔のみえる社会関係」こそが大切です。デジタルの社会では匿名な存在で生きていけるかもしれませんが、実社会ではそうはいきません。常に足元が大事です。

『くらしのアナキズム』(松村圭一郎著、ミシマ社、本体価格1,800円、税込価格1,980円)

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デジタル・ファシズム

2021-10-13 15:00:04 | 

 便利の代償はおそろしいことを思い知りました。

 日本もデジタル庁が創設され、国と自治体のバラバラだったシステムは統一され、国民はマイナンバーカードで登記から健康保険証、車の免許書も統合される予定です。また、通販サイトからの買い物やお店でクレジットや〇〇payでの支払いはデータとして残ります。買った賞品明細まで紐づけられ、マイナンバーカードに銀行口座まで入るとどうなるのか?調べようと思えば、その人の思想信条が手に取るようにわかる仕組みが出来上がります。特に、民主主義でない国では反乱分子は簡単に摘発され、行動は常時チェックされます。そういう意味では統治しやすい。子どもたちはオンライン授業を受けて、その子どもの学力にあった課題が出され、非常に効率が良い。しかし、子どもの頃からの学力結果、つまり学歴が死ぬまで付きまといます。本当にそれでいいのか?

 一人の人間の信用スコアはこれらのデータの蓄積に成り立つのであれば、恐ろしい。間違ったことを行ったら、そのデータを消せないのであれば、デジタルデータを一生背負わなければなりません。

 デジタルは0,1ですが、人間は多様な価値観を持った動物です。2元論に集約するのでいいのか?と言っている間に、自分という人間もデジタルに置き換わっていっています。

『デジタル・ファシズム』(堤未果著、NHK出版新書、本体価格880円、税込価格968円)

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日本史の法則

2021-10-08 16:16:31 | 

 テレビでもおなじみの本郷東大教授による日本史における6つの法則の提案です。それは

1 日本は一つ、ではない――この国は西高東低
2 歴史も一つ、ではない――もしも、あのとき……
3 日本の歴史は、ぬるい――変わるときは外圧
4 信じる者は、救われない――信じると大虐殺が……
5 地位より人、血より家――世襲が、強い
6 日本社会は平等より平和を選び、自由をはぐくんでいた

です。特に、3の「ぬるい」日本では、日本人そのものが穏やかでのんびりしているのか、「社会変革を生む激しさがない」から、逆に外圧や外国から新しい事象や見解が入ってくると、一気に変わります。鉄砲伝来から日本の統一、そして平和な徳川幕政になり、キリスト教から鎖国が生まれています。

 私は、日本の国柄、また歴史を左右する最大のポイントは日本の国土の特徴だと思います。『国土が日本人の謎を解く』(大石久和著、産経新聞出版)で読んだ通り、日本は自然災害多発国だからこそ、話し合いによって争いを避け、援け合い、「共」の社会を作ってきた経緯が歴史も色付けしていると考えます。(『国土が日本人の謎を解く』を書いたブログは↓)

https://blog.goo.ne.jp/idomori28/e/2ac4526341ba9689ee64e44e9f2cdf4c

 外圧より自然災害の方が日本人の心身に多大な影響を与えるから、逆に内にこもりやすい、技術もガラパゴスになるのかもしれません。

『日本史の法則』(本郷和人著、河出新書、本体価格850円、税込価格935円)

 

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62歳の社長が23歳の新人社員と本気で対話したら、会社がスゴイことになった。

2021-10-04 16:00:26 | 

 前回は「FIRE」の実情を知りたくて、『めざせFIRE! 知識ゼロから経済的自由を勝ちとる 』を読みましたが、今度はZ世代の考え方を得たくて、本書を読みました。我々アナログ世代からすれば、生まれた時からデジタルが身近にある世代は得体のしれない存在です。62歳の社長から23歳の新入社員とのコミュニケーションから見えてくるものとは。

 Z世代の考えが表れた会話

 「絶対的に価値のある永久不変に良いものって本当に存在するのかなって、疑ってしまうところがあります。(中略)ちょっと刹那的ですかね。」

には「無常観」が滲んでいます。東日本大震災、自然災害、コロナ禍などから絶対はあり得ないという精神があるからこそ、SNSで「その瞬間に感じたことをそのままの鮮度でアウトプットする」行動になるのでしょうか。

 もう一つ、

 「すぐに的確な情報を提供してくれる便利なテクノロジーから離れたときに、たしかに、自分の思考力に血が巡った感じがしました。自らの『思考の筋力』を意識できた。」

では、地頭で考える大切さ、また、自分ごとにして答えを引き出すことに長けている世代です。これもSNSでの発信では、一つの現象を自分でどう考え、どうトリミングして表現するかに順応しているのですね。これを62歳の社長は「『その人ならではの独自の視点』の方に価値を感じるし、それが共感につながっている」と述べています。ビジネスにアート思考を取り込めということにつながります。

 日々のデジタルでの表現は自らを磨く術になっているかもしれません。AIを乗り越えるためにも。

『62歳の社長が23歳の新人社員と本気で対話したら、会社がスゴイことになった。 』(相川秀希著、幻冬舎、本体価格1,300円、税込価格1,430円) 

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