あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

沈黙のひと

2023-05-30 16:07:28 | 

 父の不倫で離婚した母と暮らしてきた衿子。母が認知症の症状を呈し始めた頃、手紙のやり取りをしていた父の書く字に異変を感じ、父に大きな病院で検査をすることを提案すると、パーキンソン病と診断されました。父が老人ホームへ入居してから、仕事の手がすくときに訪問していましたが、施設で4年4ヵ月の暮らしの末に脳梗塞で亡くなりました。

 異母姉妹とホームでの父の部屋の遺品整理から、父のワープロを引き取り、中のデータから父の文書を取り出すと、衿子の知らなかった父の人生が掘り起こされました。女性関係、そして、趣味であった短歌の交友関係、また、母への、さらには衿子に対する思いが綴られていました。父とはどういう人なのかがワープロには眠っていました。

 「人生はそう簡単には括れない。すべて、人が通り過ぎてきたことは必然だったと考えるしかない。」

 高齢化時代に読まれるべき1冊です。

『沈黙のひと』(小池真理子著、文春文庫、本体価格700円、税込価格770円)

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東大よりも世界に近い学校

2023-05-22 16:42:09 | 

 タイからの日本に戻った著者が公立中学校へ入学し、同調圧力に馴染めず、帰国生向けの私立へ転校して、高校生になりやっとのびのびと生活でき、大学を卒業後は、「日本の教育を変えたい」という立志から学習塾へ就職。入社5年目で管理職となり、そして転機は2013年の、大阪府の民間人校長募集に応募し、府立箕面高校の校長に就任から、「教育を通して社会を変革する『社会変革者』」としての活動をスタートしました。現在は武蔵野大学千代田高等学院、武蔵野大学中学校・高等学校の学園長、千代田国際中学校校長です。

 その変革の根底にあるのは、2050年に求められる人材像です。「自分で考え発想し行動する自立した」人材を育てるにはどうすれば良いか?そのための教育はいかにすべきか?そうなるためにの人としての心構えは?

 著者が重要視しているのは、「どういう人間になって、世界に貢献できるか」、つまりは志をどこに置くのかを徹底的に考え、そのために何をどのように学び続けるかです。日本の大学では不十分なので留学を薦めています。本書は教育関係者、保護者だけでなく、学生にも読んでもらいたいですね。

『東大よりも世界に近い学校』(日比野直彦 著、TAC出版、本体価格1,600円、税込価格1,760円)

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鼠 鈴木商店焼打ち事件 

2023-05-17 14:30:28 | 

  神戸には昔、すごい商社がありました。鈴木商店です。明治7年に創業し、大正年間には、三井、三菱に肩を並べる、いや頂点に立つ財閥になるほどの急成長を遂げました。その第一の貢献者の専務の金子直吉は工商立国を推進し、天下国家のために事業を展開する、とてつもなくスケールの大きな人であり、公正明大であることを自認してきました。

 大正7年に起きた米騒動では、鈴木商店が米の買い占めをしたために米価が高騰したということで鈴木商店神戸本店が民衆によって焼き打ちになりました。城山三郎は当時の鈴木商店社員、焼き打ちの加害者、鈴木商店をダークに書き続けた大阪朝日新聞の面々に取材を重ね、真相を解き明かしています。そして、破綻への道、鈴木商店の人々のその後まで綴っています。

 鈴木商店が起こした様々な企業は名を聞くと現存する会社でも大企業が多く、私が新卒で入社した三菱レイヨンもまさにそうであり、本書にその社名が出てくるのを懐かしく感じました。また、金子直吉の自宅は須磨一の谷であり、鈴木商店お家さんである鈴木よね宅は東須磨なので、非常に近しく思いました。

『鼠 鈴木商店焼打ち事件』(城山三郎著、文春文庫、本体価格750円、税込価格825円)

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幸せの法則

2023-05-17 14:02:26 | 

 奈良薬師寺の大谷徹奘執事長は年間に400回の講話をされます。『よっぽどの縁ですね 』『「修」しながら「行」むから修行という』を以前読み、最近、『よっぽどの縁ですね 』を読み返したばかりでした。

 新刊『幸せの法則』でも「心」について説いています。人間は幸せを求めます。どういう心持でいれば幸せになるかを順々にお話しいただいています。まず、第1章「図で解く 心と人生」が秀逸です。図解で心と幸せの関係を詳述してくれてります。仏教の教えを図で表現しているのは驚きでした。

 第2章「心のしくみと幸せの種」では、幸せの定義を示して、幸せへの道筋を心の状態から行動までを1枚にまとめてくれています。人間関係が良好か否かが大きなハードルであること、それには調和すること、また、相手のことを思うことの重要性を述べています。

 110ページの文庫なので、いつも携帯して読み返したい講話本です。

『幸せの法則』(大谷徹奘著、小学館文庫、本体価格500円、税込価格550円)

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世界から猫が消えたなら

2023-05-11 12:45:03 | 

 こちらも兵庫県書店商業組合主催の中高生向け読書推進の推薦図書の1冊。

 猫と二人暮らしの30歳独身の郵便配達員が微熱、頭痛の症状を甘く見ていたら、何と脳腫瘍、それもグレード4、余命半年という診断。お先真っ暗の彼の前に悪魔が現われました。「生きたい」彼に、「この世界からひつとだけ何かを消す。その代わりに、あなたは一日の命を得ることができる」という条件を提示し、彼はそれを承諾します。電話、映画、時計と消えていきます。各々が消えることに、そのものと彼との関係に思いを馳せることは読者への問いかけにもなっています。

 次に消す対象を「猫」に悪魔が決定し、彼の取った決断とは・・・。

 世界から消えるものを通して、当事者の価値を問いただしていく過程で、「大切な人や、かけがえのないものに気付き、この世界で生きていることの素晴らしさ」を実感します。「何かを得るためには、何かを失わなくてはね」という彼の母の言葉が重く心に響きます。

『世界から猫が消えたなら』(川村元気著、小学館文庫、本体価格620円、税込価格682円)

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西由比ヶ浜駅の神様

2023-05-08 14:29:57 | 

 兵庫県書店商業組合主催の中高生向け読書推進の推薦図書の1冊。著者の村瀬健さんの『噺家ものがたり』は井戸書店の感動本の1冊でもあります。

 東浜鉄道鎌倉線の午前10時台の上り列車が猛スピードで脱線し、山間の崖から転落し、乗客127名のうち68名が死亡する大惨事が起きました。事故から2カ月ほど経った頃、深夜に幽霊電車が走り、事故現場の最寄り駅である西由比が浜駅から乗車できる噂が・・・。

 どうしてももう一度会いたい。本心を聴いておきたい人は、この電車へ誘導してくれる「雪穂」という名の女子高生の幽霊にお願いし被害者に会う4人の物語。恋人であり婚約者だった彼、息子の事を心配し陰ながら援助をしていた父、告白できなかった初恋の女子高生、そして、最後はこの列車の運転士が残した言葉にはもう涙なしでは読めませんでした。生き返らせることもできなければ、現実も変えることはできないながらも、彼らの想いを汲んで生きる人の未来は強く明るくなります。感謝される、後悔はしない、周囲に思いやりをかけていく、そういう生き方を伝えるために幽霊電車に乗車したんですね。

『西由比ヶ浜駅の神様』(村瀬健著、メディアワークス文庫、本体価格650円、税込715円)

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竜馬ときらり

2023-05-08 14:07:05 | 

 神戸生まれ、育ちの新谷きらりは社会人1年生。彼女は幕末に神戸の生田の磯で船蓼場(ふなたてば=船の虫害退治の場所)を造った商人・網屋吉兵衛の子孫で、また、歴史沼にどっぷりつかった坂本竜馬ファン。夕暮れ時に生田の浜で昔の神戸の景色が見れる能力を有する彼女は、勝海舟の私塾の神戸海軍塾の塾頭・坂本竜馬を見たい、話したいという思いから、神戸だけではなく、京都での竜馬の姿も追うために、ドローンを利用します。

 幕末だけでなく、戦前の昭和、そして、現在の令和と3つの時代の神戸を股にかけて、先人の想いを現代に蘇らせるべく、きらりは入社した会社で活躍する姿勢は竜馬の如く、型破りですが、「ひとりの人生が、たった百年の歴史に残すしるしなど、シミのようなもの」でも、「精いっぱい駆け抜け」ようとします。

 時空を超えた物語ですが、重層していく現実に驚きも感じました。

『竜馬ときらり』(松宮宏著、神戸新聞出版総合センター、本体価格1,800円、税込1,980円)

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