あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

「普通がいい」という病

2024-02-27 15:53:53 | 

 ある本を読んでいて、精神療法をやってられる、この著者の名を知り、講談社現代新書の本書を読んでみました。カウンセラーや医療職を目指す人に向けた講座や講義をまとめた内容ですが、10講に渡って人間の心理の世界をわかりやすく解説しています。

 私たちが目指す生き方を「自分で感じ、自分で考える」地点に置いて、様々な視点で発見を授けてくれています。まずは、書名でもある「普通」。普通に生きたいと人は言いますが、「普通」ってなにか?著者は「言葉の手垢を落とせ」と忠告してくれます。マジョリティの人として生きることが「普通」なのか?他人と違うことはしないのが「普通」?しかしながら、自他には違いがあり、それぞれの人がそれぞれの特徴を抱いて生きています。「自分で感じ、自分で考える」ならいかに処するか?

 また、頭と心、身体、そして自然の関係はとても興味深かった。われわれ人間は自然の一部であり、心や身体もその一部です。頭は理性の場であり、二元論で成り立っており、「~すべき」「must」、コントロールの世界です。時間軸では過去と未来を捉えるに終始します。心は「~したい」「want」、欲求の世界で、喜怒哀楽の感情の世界です。時間的にはいまここを捉えます。身体は心と連携しています。人間は他の動物と違い、「頭」の存在が大きく、「心」や「身体」への影響が著しい。

 その上で本当の自分のとは何かを問う第8講は禅的で面白い。家庭や社会における教育や常識に晒されて、本来の自分の姿を見失うものの、自分で志を立てるなどの自発的なきっかけで本当の自分が現れる過程は一人の人間の真の誕生と考えられます。

 心の姿はよくわからないと考えていましたが、霧は晴れてきました。

『「普通がいい」という病』(泉谷 閑示著、講談社現代新書、本体価格920円、税込価格1,012円)

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櫻守

2024-02-26 14:18:21 | 

 神戸に因みのある人の本を読んでいる読書会の課題図書に選びました。小説内に登場する「竹部庸太郎」は日本随一の桜研究家の笹部新太郎さんで神戸は岡本に住んでました。彼は大阪の大地主の次男で東大法学部の出身ながら、桜の研究家として京都向日町や武田尾に桜山や苗圃(びょうほ)を持ち、桜の苗を育て、また、日本国中の桜を見学する人物でした。彼の名を有名にしたのは岐阜県の荘川桜。御母衣ダム湖の底に沈む樹齢400年の桜2本を移植したことです。その事情は

荘川桜物語 | 荘川桜 | J-POWER 電源開発株式会社 (jpower.co.jp)

に詳しい。

 竹部の下で働く北弥吉を通して、桜、また、日本の自然について、そして、人間そのものにも語らせています。

 「日本の山は、放っておくと、つるだらけになる」から、鉈(なた)を持って深山に入り、蔓を伐採しなければならないから、「人間は腰に鉈をつるす動物や。世の中の乱れを、心を乱れを直すのンには、鉈しかないねんや。わかるか。人間は木ィと同じや。世の中は山と同じや。わかるか。」

 「たまには鉈で心の蔓を伐ってやらんと、横着な人間になる。」

 人間は自然から学べというメッセージとして受けました。そのためには自然をよく観察しなければなりません。

『櫻守』(水上 勉著、新潮文庫、本体価格629円、税込価格691円)

 

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山林王

2024-02-21 18:04:53 | 

 とてつもなく器の大きな人物が幕末から明治かけて吉野にいました。その名は土倉(どくら)庄三郎で、大地主であり林業家。最盛期には9,000ヘクタール、県外や台湾まで加えると23,000ヘクタールを持ち、吉野杉の育成にも無駄のない仕事をしていました。山が金を産み、産んだお金は社会に還元するという意識で、地域だけでなく、同志社や日本女子大の設立にも関与していました。また、吉野の道路の敷設にも財産を投じました。「自分の財産の三分の一を国家のために使い、次の三分の一を教育と人のために使い、残りの三分の一で一家の経営をしたい」という弁には驚きを禁じえません。多くの人が彼を頼って吉野へ訪れますが、社会的に意味のないものへは投資はしませんでした。

 林業は投じた資産が返ってくる時間のスパンが長いため、腰の据わったスタイルを取らざるをえません。同じように人への投資も時間が必要と感じたのでしょう、子や孫へはしっかりとした教育を受けさせました。次女の政子には同志社からアメリカへ留学させ、最終的には夫が清国公使となったため、北京では西太后とも親しくなっています。

 長男に代を譲ってからは、土倉家は没落していきますが、彼の存在は今も吉野に君臨していると思います。

『山林王』(田中淳夫著、新泉社、本体価格2,500円、税込価格2,750円)

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悲しみの夜にカピバラが教えてくれた大切なこと

2024-02-16 13:26:40 | 

 カピバラは南米で生息する地上最大のネズミです。群れ内で協力して生活し、よその子の面倒を見るという、昔の日本の路地での生活を思い浮かべます。日本人でも密接なつきあいは疎まれるようになってきましたね。

 動物園のカピバラの小屋に男の子が一人でいました。母親に置いて行かれた様子で、園長が引き取って面倒を見ました。名前も不明なので、加比原(かびはら)譲二と名づけられました。譲二とは山本譲二のファンの園長の母親が命名者です。

 さて、小学校の校長になった園長が35歳になった加比原さんを小学校の住み込みの校務員として働かせました。どんなことにもポジティブに対応する彼に小学生たちは相談に来たり、逆にいじめたりします。無垢の心を持つ譲二の思いは小学生にも伝播していきます。この物語には問題のある親子たちが登場しますが、カピバラに、つまりは自然に学ぶことが一番であると教えられます。まあ~るく生きるスタイルは素敵です。

『悲しみの夜にカピバラが教えてくれた大切なこと』(瀧森古都著、SBクリエイティブ、本体価格1,360円、税込価格1,496円)

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大峯千日回峰行 修験道の荒行

2024-02-14 13:44:52 | 

 吉野・金峯山寺1300年の歴史で大峯千日回峰行満行二人目の達成者である塩沼亮潤大阿闍梨。本当に想像を絶する過酷な修行。深夜12時30分に金峯山寺を出発し、山上ケ岳の大峰山寺まで往復約48km、1355mも高低差の山道を、9年かけて千日歩きます。自然に身を置き続けることは身体に野生を復活させ、心には「感謝」「謙虚」の念を抱かせ、そして「反省」の習慣を強いる。「自分を抑制する力」を付与し、「欲望を制御」することができるようになると言います。本当に生き仏のような存在です。

 「生まれ落ちたところ、それはだれが定めたものでもない。偶然のところにみんな落ちていく。人間もいろんなところに縁を通じて、いろいろなところに生まれてくる。その与えられた環境のなかで生きていくわけです。
 でもお天道様は毎日同じように昇ってきて、万民に対して同じ時間、照らしてくれる。また同じように沈んでいく。空気も水も、みんな仏様は平等に授けてくださっている。」

 こんな当たり前のことを忘れて、自利に走り、痛い目に会う。「大事なのは今」、そして、「ありのままを受け入れて、自然に生きること、これが一番」ということを伝えてくれています。Let it beですね。

『大峯千日回峰行 修験道の荒行』(塩沼亮潤・板橋興宗著、春秋社、本体価格1,800円、税込価格1,980円)

 

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妻の終活

2024-02-14 11:52:58 | 

 長年連れ添った妻の杏子がガンに罹患し、余命1年の宣告を受けました。夫の廉太郎は定年後も嘱託として製菓会社に勤め続け、家庭をあまり顧みずの猛烈サラリーマンでした。娘二人は母親思いだが、父の存在感は家庭では極めて低い。70歳まであと1年の廉太郎は杏子の世話に専念するべく、会社を辞めるも、家事も全くの素人。杏子は自分の死後を考えて、夫に掃除洗濯料理を教えていきます。

 廉太郎は初めて家族との関係を深める必要性を理解し、自らを律し、杏子への思いも清く美しく更新していきます。有限の時間を大切な人と限りなく共有することは非常に大切です。自分も含め、ずっと健康であることはなく、一日一生の思いで接することを当たり前にしなければなりません。

『妻の終活』(坂井希久子著、祥伝社文庫、本体価格720円、税込792円)

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戦場の希望の図書館

2024-02-06 08:32:18 | 

 2015年、シリア首都ダマスカス近郊のダラヤ市民はアサド政府軍に抵抗、軍事的に対抗し、街で籠城戦を繰り広げていました。政府軍は爆撃だけでなく、サリンなどの化学兵器も使用し、市民は地下に潜まざるを得なかった。そんな環境下、人々は破壊された家にあった書籍を瓦礫の中から拾い集め、その書籍の持ち主の名前を記載して、地下に「秘密の図書館」を開設しました。

 インターネット回線が不十分な環境下、本の存在、そして、読書の意味は多くの市民を癒し、彼らを勇気づけました。政府軍と闘う兵士も現実の、さらには未来のためにページを繰っていました。学ぶことの大切さは平和であろうとなかろうと人間には必要であることもわかりました。

 ドキュメントを書いた著者が引用したカフカの言葉が胸に迫りました。「本は僕たちの中で凍りついた海を叩き割る斧でなくてはならない。」

『戦場の希望の図書館 瓦礫から取り出した本で図書館を作った人々』(デルフィーヌ・ミヌーイ著、藤田真利子訳、東京創元社 創元ライブラリ、本体価格900円、税込価格990円)

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もしも一年後、この世にいないとしたら。

2024-02-01 16:54:18 | 

 がん患者専用の精神科医および心療内科医を精神腫瘍医と呼ぶことを初めて知りました。国立がん研究センター中央病院で精神腫瘍科長の著者が今まで患者さんと対してきての生き方論を書かれています。

 2人に1人がガンに罹患する時代、早期発見ならば治る可能性も高いですが、若年の場合、また、ステージが高い場合は死を想起せざる負えないために、身体だけでなく心もケアしなければなりません。余命が宣告されるために、残りの時間をどう過ごすかを患者は考えさせられます。

 「死を意識して初めて、人生で大切なことは何かを知り、行動を変える」

 大切なものはお金でも名誉でも世間体でもなく、自分にとって大切な人たちと楽しい時間を共有すること、そして、締切を決められている時間内で自分がやりたいことを実行するしかありません。健康体を有していても同じです。自分の死はいつ訪れるかかわりません。いまここを大切にする、自分に関わる人に感謝する生き方へシフトすることが間違いありません。

 人間は成長する中で、しつけや教育、社会のルールで「must」を強いられます。しかし、本来のあるがままの生き様は「want」を遂行すること、これが二度とない人生には不可欠なキーワードになることがよくわかりました。

『もしも一年後、この世にいないとしたら。』(清水研著、文響社、本体価格980円、税込価格1,078円)

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