語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【ブラック企業】対策プロジェクトが成功した要因 ~社会運動と言説~

2014年05月23日 | 社会
 (1)以下、社会運動が言説を構築した一例として「ブラック企業対策プロジェクト」の実践例を報告する。
 プロジェクトが発足したのは、2013年9月。目的は2つあった。
  (a)「現場の事実」の発信が個々バラバラに行われている状況を克服し、さまざまな労組、NPO、弁護士が持つ被害の実例を共有・発信することで効果的な社会への訴えかけを行う。
  (b)こうした「現場の事実」に基づいて、さまざまな立場の人々を「反ブラック企業」の中で結びつけていく。

 (2)プロジェクト発足当時から、教育、福祉、行政、人事の関係者が参加した。
 当初から問題になったのが、ブラック企業をどう定義するか、であった。特定の違法行為を行っている企業と説明すべきではないか、などの意見もあったが、最終的には既述の「使い潰し」を軸にした定義にまとめられた。それが運動の広がりにつながる、と皆で考えたのだ。
  (a)教育・・・・「使い潰し」が焦点になることで、「ブラック企業」は教育者にとっても無関心ではいられない問題となった。今までの前提(「企業で頑張れば報いられる」)を見直す必要、卒業生を支えるための情報ネットワークの構築が求められていることが、クローズアップされるからだ。もし、ブラック企業が違法行為の問題として提起されたならば、その対応は弁護士や労組の仕事だと見なされただろう。
  (b)福祉・・・・この定義によって、福祉関係者には、ブラック企業は貧困へ陥る元凶として把握されるようになった。働いていた人が鬱病になり、貧困状態に陥り、生活保護申請を支援するNPOの相談窓口に来る。こうしたことは以前からたびたび話題に上がっていたが、ブラック企業批判の言説を媒介にして、労働運動の課題と明確に結びつくことになる。
  (c)人事関係者・・・・人材の使い潰しに反対することは利害にかなっている上、人材を育成する企業が社会的に評価されることで、人材が集まるように政策提言を共同して行うことは有益なのだ。

 (3)プロジェクトは、「ブラック企業」の再定義を媒介として、「事実→各分野での問題提起」というつながりを作りだしていった。
 こうした多様なアクターによって「ブラック企業対策」の政策提言が行われることで、この問題は広範な人々の関心を集めることに成功した。
 <例>上西充子・法政大学キャリアデザイン学部准教授/法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻准教授が、教育者の立場から人材を使い潰すブラック企業の見分け方や問題点について新聞等に頻繁に発信し始めたことで、ブラック企業の問題は「教育問題」としても注目を集めるようになった。
 上西准教授の活動の結果、多くの大学・高校関係者がプロジェクトに参加するようになり、労働法教育実践、進路指導問題、卒業後のケアに取り組む新しいネットワークが急速に形成されるつつある。

 (4)大きな収穫があった。プロジェクトを通じて、これまで社会運動とは関わりのなかった人たちと、共に取り組むことができるようになった。
 このネットワークを拡大させるためのさまざまな「しかけ」を考案している。
  (a)無料PDF戦略・・・・プロジェクトは、分野ごとにユニットを作り、定期的に会議を開いている。教育ユニットでは、すでに「ブラック企業の見分け方」や「募集要項の読み方」という文書を作成し、このPDFファイルを無料でダウンロードできるようにしている。これは多くのメディアに取り上げられた。
  (b)このPDFファイルは、教育学者、人事コンサルタント、弁護士ら専門家によって作成された。高いクオリティが確保されている。今後も、「内定後トラブルの対処法」「ケースワーカーのための鬱病労災対応法(仮称)」などを作成する予定だ。
  (c)このPDFファイルの活用法を講習するセミナーを各地で開催し、現場の学校教員、福祉関係者、行政マンらと交流し、連携体制の構築を図っている。「PDFファイをめる課題として提示し、その取り組みを通じて結びつく。社会運動においては、「原発反対」「改憲反対」など多様な要求があるが、それらすべてで一致しなくとも、より多くの人が参加し、取り組める課題設定をすることこそ必要なのだ。「トータルな批判」ではなく、具体的に結びつき、取り組めるシングルイシューを軸とした取り組みの構築だ。

 (5)大内裕和・中京大学国際教養学部教授は、学生のアルバイトを「ブラックバイト」として問題提起している。大内教授はブラック企業対策プロジェクトに参加し、共にこの問題に対する取り組みを始めた。
 ブラック企業問題とブラックバイト問題を統合する定義のありかたを見出すことができる。
 大内教授によれば、授業中に呼び出されて教室を去る学生、ゼミ中ですらアルバイト先からの命令で退室する学生が急増している。授業に出ることができないほど過剰なコミットメントが求められるところに、この問題の本質がある。ブラックバイトは、違法なバイトだから問題なのではない。
 ブラックバイト問題は、まさに若者を使い潰し、社会の人材を枯渇させる「ブラック企業」と同質の社会問題として捉えることができる。
 だからこそ、学生のみならず、その両親、行政、教育者、財界をも巻き込んだ「反ブラックバイト」の敵対性を構築することができる。
 無料PDF「ブラックバイトとの争い方(仮称)」を作成し、各地の学校の教師、当事者たる学生等に普及すると同時に、弁護士、労組関係者と共に「使い方」のセミナーを行い、その過程で新たな協力のネットワーク構築を図る。
 このように、また新しい連鎖が生じる。ブラック企業問題という言説を軸にした運動の連鎖は、これからもまだ拡大していくだろう。

 (6)ブラック企業問題が盛り上がっているのは、本質的には、それだけ若者の労働環境が過酷になっているからだろう。
 しかし、その実情を変革できるかどうかは、社会運動が、この現実をどのように言説化できるかにかかっている。

□今野晴貴「ブラック企業はなぜ社会問題化したか ~社会運動と言説~」(「世界」2014年6月号)
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 【参考】
【ブラック企業】連帯の極小サイクル ~社会の底でせめぎ合う情念~
【ブラック企業】の定義は社会運動がつくりあげた ~言説~
【【ブラック企業】が社会問題として認知されるまで ~社会運動~
【ブラック企業】赤字49億円! 「瀬死」のワタミから人もカネも消えた
【ブラック企業】奨学金という貧困ビジネス ~学生の苦難(3)~
【ブラック企業】全身就活 ~学生の苦難(2)~
【ブラック企業】ブラックバイト ~学生の苦難(1)~
【ブラック企業】激変する若年労働者市場 ~労使間の話し合いが不可欠 ~
【ブラック企業】調査対象の8割で違法行為 ~厚労省初「ブラック企調査」~
【ブラック企業】対策講座 ~騙されないための心得~
【ブラック企業】対策講座 ~就活~
【社会】ブラック企業大賞2013 ~ワタミフードサービス~
【社会】「ブラック企業」への反撃 ~被害対策弁護団が発足~
【社会】「ワタミ」の偽装請負 ~渡辺美樹・前会長/参議院議員~
【社会】学校もこんなにブラック ~公教育の劣化~
【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負
【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負・その後 ~裁判~
【本】ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~
【本】ブラック企業の実態
【社会】若者を食い潰すブラック企業 ~傾向と対策~
【本】ブラック企業の「辞めさせる技術」 ~違法すれすれ~
【心理】組織の論理とアイヒマン実験 ~ブラック企業の心理学~
【社会】第二回ブラック企業大賞候補 ~7社1法人~
【社会】ブラック企業における過労死、ずさんな労務管理 ~ワタミ~
【社会】ブラック企業の見抜き方 ~その特徴と実例~

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