語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【社会保障】出生率の数値目標設定前にやるべきことはある ~少子化~

2014年05月27日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)4月、「少子化危機突破タクスフォース」(内閣府の有識者会議)が少子化対策のため、出生率に数値目標を設けるかどうかの検討を始めた。発端は3月、政府の経済財政諮問会議で民間議員が出した提言だ。
 だが、数値目標を議論する裏側で、少子化が進みかねない施策が相次いでいる。
 この矛盾! 出生率に数値目標を設ける前に、政策の再点検が必要だ。

 (2)発端となった経済財政諮問会議での提案は、「目標を明確にし、政策の優先順位を明らかにして着手しなければならない」と提唱。具体的には、
  2020~30年に合計特殊出生率を人口規模が均衡する2.07まで回復させ、
  50年後も1億の人口規模を保つため、
  第三子の公的給付を第二子までより傾斜的に手厚くする仕組みの導入etc.の早急な対策を求めている。

 (3)(2)の提言には、根本的な誤りがある。
 数値目標は、①数値によって目標と現実の落差をはっきりさせ、②目標に到達できない原因を究明し、③もって政策を手直しし、④これらの過程を経て目標に接近するために設定される。
 だが、出生率となると、その実行主体は「産む側の女性たち」だ。産むかどうかは、それぞれの価値観、経済状態、健康状態など私生活のあり方に左右される。その点、「何人産ませるか」は、「政府の数値目標」になじまない。
 現状を把握する客観的指標は、すでに合計特殊出生率がある。政策効果の検証には、これで十分なはずだ。

 (4)(3)にも拘わらず、(2)のような提言が打ち出されるのはなぜか。
 狙いは、「産む側」を縛る機能を持つ今回の数値目標によって、「産めない社会構造」の転換を迫る声を抑え込み、労働の過酷化と低福祉は維持したまま出生圧力を強めていくことだ。つまり、「女や子どもにゼニを出さない社会」の意地ではないか。
 そんな不安を女性たちに抱かせるのは、「少子化対策」のかけ声の裏で、「産めない社会」の強化とでもいうべき政策のオンパレードが始まっているからだ。

 (5)今の若い世代の出産を難しくさせている大きな原因は貧困だ。結婚はしたいが、経済的余裕がないからできない若者が多い。
 しかるに、政府の雇用政策は、経済的余裕を削る方向へ走っている。
 <例>労働者派遣法の改定。
 現行の労働者派遣法では、3年の雇用年限を超えて雇い続けると派遣先には直接雇用の申し込み義務は発生する。派遣労働は、勤務先の会社と、雇用契約を結んでいる会社(派遣会社)とが異なる「間接雇用」だ。その結果、勤め先とは労働条件を交渉しにくい。労働基本権を奪われた働き方なのだ。これを緩和するため、長期に必要な働き手は直接雇用へ誘導する道が設けられているのだ。
 ところが、今国会に提案されている労働者派遣法改正案では、3年を超えたら雇用を打ち切り、別の派遣労働者で代替することができる。直接雇用転換への道がふさがれ、派遣労働者は「生涯派遣」で働くことを余儀なくされる。
 派遣労働は、派遣先が払った派遣料の一部が派遣会社に差し引かれるため、低賃金になりがちだ。特に、同一労働同一賃金がない日本では、その傾向が強い。
 また、勤め先が人員削減するときは、「うちの社員ではないから」と真っ先に切られる。こうした仕組みがリーマン・ショックの際の大量「派遣切り」を招いた。
 こうした構造の下では、育児休業もとりにくい。派遣先が嫌う、という理由で育児休業の取得を断られた派遣労働者もいる。彼女は、アルバイトの夫の収入だけでは生活できず、中絶を覚悟した。
 「貧困の温床」と呼ばれ、育児にも不向きなこの働き方が、今回の改正案で恒久化される。政府は、少子化の対策をとらず、少子化を助長している。

 (6)いまや若い世代の半数近くが非正規労働者だ。その低賃金に引きずられ、正社員の賃金抑制も進む。
 共働きでないと子どもを産み育てることが難しいこの時代に、1日8時間労働の厳守で帰宅後の子育て時間が確保されることは、これまで以上に重要な条件だ。その解決策として浮上したのが、「限定社員」だった。ところが、いまや、それ自体が不安定雇用の温床と化しつつある。
 日本の正社員は、長時間労働や転勤などの高い拘束度と「終身雇用」などの雇用保障がセットだ。だが、残業や転勤を引き受けないと安定雇用や生活できる賃金が保障されないこの仕組みでは、ワーク・ライフ・バランスは難しい。
 その克服のため提案されたのが、残業や転勤がなくても安定雇用と生活できる賃金を保障される「限定社員」だった。
 これに対して2013年、日本経団連は、転勤を引き受けない勤務地限定正社員や、特定の職務だけを遂行する職務限定正社員は、勤め先の勤務地で支店が閉鎖されたり、契約した職務がなくなったりしたら解雇できるよう法の整備を進めるよう求めた。【報告書「労働者の活躍と企業の成長を促す労働法制」】
 以後、政府の規制改革会議や産業競争力会議で、限定正社員とは雇用保障が弱くて賃金も安めの社員とする定義が打ち出され始めた。これでは、家族の状況から残業や転勤ができない社員は、安くて雇用保障の弱い社員に格下げされかねない。

 (7)の追い打ち。今年4月、産業競争力会議は、民間議員の提言を受け、労働を時間ではなく成果ではかる「残業代ゼロ」制度の検討を始めた。2007年にようやく押し返したホワイトカラー・エグゼンプションの焼き直しとも言える案だ。
 残業代は、働き手の生活を守るために1日8時間、週40時間の規制を超えて働かせた場合に企業に課せられる割増賃金だ。一種の罰金ともいえる残業代の歯止めがなくなれば、仕事は今以上に無際限に私生活に侵入してくる。
 少子化はますます進む。 

 (8)「産みにくい社会」をめざしているらしい政策は、至るところに顔をのぞかせている。
 保育所の増設に伴う保育士不足が起きている。資格があるのに働きに出ない潜在保育士の47%は、賃金が低すぎることを理由にあげている。これに対し、産業競争力会議は、賃金を上げる政策を提言しなかった。逆に、安い賃金で働くシステムを提言した。つまり、国家資格の保育士ではなく、子育て経験がある女性なら簡単に取得できる民間資格の「准保育士」の新設を提案した。保育士賃金のダンピング攻勢だ。

 (9)「産みにくい社会」のきわめつけは、集団自衛権だ。自国が攻撃されなくても戦争ができるこの制度について、そんな社会では安心して出産に踏み切れない、という声が、新聞の投書欄でも見かけるようになった。
 人口が減る中での新しい豊かさをつくる産業政策や、男女が余裕を持って働きながら子育てできる働き方を実現する知恵のない人々が、「数値目標」で産む側を必死に縛ろうとしている。数値目標を設定する目に、やるべき「産むための対策」は山ほどある。

□竹信三恵子「出生率の数値目標設定前にやるべきことはある ~少子化~」(「週刊金曜日」2014年5月16日号)
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 【参考】「【古賀茂明】安部総理の「11本の矢」 ~戦争国家への道~
 <【第11の矢】産めよ増やせよ。/4月下旬に出てきた。富国強兵時代の政策だ。列強となるための国力の基本は人口だけだ、ということか。1億人レベルを維持するために数値目標を立てる、という。「女性1人に付き2.07人子どもを産む」・・・・/元々は、経済界が長期的な労働力確保のために考えた案だが、安部総理は別の思惑から飛びついた。/ しかし、【第11の矢】計画は、他の矢と違って頓挫するだろう。/女性を「産む機械」と言って批判を浴びた大臣と同じ発想だからだ。数値目標なら、子育て予算GDPの○○%、1年で待機児童ゼロ、労働時間の2割短縮、有給休暇100%取得・・・・など、いくらでも設定できる。出生率向上はその結果でしかない。/安部総理は、【第11の矢】によって、「女性にやさしい」という「衣」の下から、戦争のためなら何でも可という「鎧」を見せることになった。
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