語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【ブラック企業】連帯の極小サイクル ~社会の底でせめぎ合う情念~

2014年05月22日 | 社会
 (1)言説としてのブラック企業問題は、人々の情動に訴えかけた。ゆえに、新しい政治関係(社会の中での敵対関係)を作り出した。
 この事実は、社会運動を考察する上で極めて重要だ。なぜなら、ブラック企業をめぐる議論にも見られるように、政治に対する最近の評論、あるいは実践に対する多くの議論は、この視点を欠落させているからだ。
  (a)「情報さえ行き渡れば、ブラック企業に入る若者はいなくなる。こうしてブラック企業問題は解決する」・・・・こんな紋切り型の意見がある。しかし、いくら合理的な選択を声高に求めたところで、職場内や社会の中での権力関係は変化していない。それどころか、労働時間は延び続け、パワーハラスメントは蔓延し、過労死、過労自殺は増え続ける一方なのだ。
  (b)「若者に違法だということを教えればよい」とか、「悲惨な事実を告発しよう」という主張も根強い。しかし、この場合にも、ただ事実や違法状態を指摘するだけでは社会の権力関係を変容させることはできない。情動の形成に失敗すれば、逆の社会勢力が形成されることもある。
 <例>若者の雇用劣化は、「解雇規制のせいで上の世代がよい仕事を独占していることの結果だ」とする言説がある。事実誤認に基づくこの言説は、強烈に若者の情動をかき立てている。 

 (2)(1)のように、単なる合理的な討論の成熟が漸次社会を良くする、ということはない。
 他方、悲惨な現状の告発や批判行為も、それだけでは必ずしも社会を変革するわけではない。それどころか、正しいはずの主張が、かえって運動を衰退させることがある。
 <例>ブラック企業問題に取り組む運動体が、同時に消費増税、改憲、原発に対する批判を行ったらどうなるか。ブラック企業の「使い潰し」の問題がぼやけ、人々の情動は喚起されない。それどころか、多様な課題のすべてで考えを一致できる人以外とは、この問題に取り組むことができなくなってしまう。主張の種類が増えれば増えるほど連帯を縮小させていく。文脈を無視した「正しい主張」の積み重ねは、いわば「連帯の極小化回路(サイクル)ともなりなねない。このように、文脈から切り離された「正しい主張」を繰り返しても社会は決して変わらない。
 
 (3)「ラディカル・デモクラシー」の提唱者の一人、シャンタル・ムフは、(2)の点について批判していう。
 <昨今の民主主義政治の理論は、利害の合理的計算(利益集約モデル)あるいは道徳的な討議(討議モデル)に依拠するので、「情念」の役割を、政治の領域で作動する主要な力の一つとして認識できず、情念のさまざまな表出に面と向かうならお手上げになる>
 的を得た指摘だ。
 <例>道徳的な批判を重ねたところで、解雇規制緩和を求める情動が動員されてしまえば、「お手上げ」だ。ただ批判を強めても、「特権者の論理」と見なされ、余計な反発を招くばかりだ。

 (4)人間は、現実の社会構造に規定される一方、「集合的な同一化によって動員される情動的次元」を有するのであり、利害関係や理性のみに従っているわけではない。【ムフ】
 この「集団的同一化(アイデンティティ)」を生み出すものは、「敵」「味方」という敵対関係だ。
 あるアイデンティティの構築は、何らかのアイデンティティの否定として成立する。
 <例>愛国心。事実としての経済的一体性や利害関係から直接にナショナル・アイデンティティが形成されるのではない。まさしく他者の否定=「○○人ではない」という関係から生じている。
 だから、アイデンティティは事実に固定的に対応するものではない。常に可変的なものだ。
 これらのアイデンティティは、敵対性に直面した時、「等価性の連鎖」を生み出す。つまり、「対立する要素や価値を排除するような、要素や価値のあいだでの等価性を基礎にして社会的アイデンティティが構築される」。

 (5)人々の多様な、揺れ動くアイデンティティに等価性の連鎖を生み出し、政治的権力関係を構築するものこそが、言説だ。言説は、社会の中の敵対関係を表現し、人々のアイデンティティを構築する。どのように言説が設定されるかによって、政治的な地勢図が決定づけられるわけだ。
 この言説自体は、つねに揺れ動く「空虚なシニフィアン」にすぎない。それは、「反ブラック企業」や「反貧困」にもなり得るし、「反規制」や「既得権批判」にもなり得る。だからこそ、言説は社会運動実践の地平にある。

 (6)「既得権」批判の言説は、人々を「既得権者」への敵対者にまとめあげるだろう。
 その結果、規制緩和が実施され、職場内の不均等な権力関係は強化されて、若者の過労死に対する企業の責任を免罪される。
 他方、「若者の使い潰し」と再定義した上での「反ブラック企業」という言説は、多くの人々を不当な労働への敵対者に再編する。
 こうした敵対性の再編は、社会の権力関係を変化させることで、現実の変革を成し遂げる。
 <例>残業代不払いは違法である、といくら主張しても社会の権力関係が変わらなければ、大多数の違法企業は従わない。だが、「反ブラック企業」という敵対関係に社会が編成されるならば、「支払わせる権力関係」が構築されるのだ。

□今野晴貴「ブラック企業はなぜ社会問題化したか ~社会運動と言説~」(「世界」2014年6月号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【ブラック企業】の定義は社会運動がつくりあげた ~言説~
【【ブラック企業】が社会問題として認知されるまで ~社会運動~
【ブラック企業】赤字49億円! 「瀬死」のワタミから人もカネも消えた
【ブラック企業】奨学金という貧困ビジネス ~学生の苦難(3)~
【ブラック企業】全身就活 ~学生の苦難(2)~
【ブラック企業】ブラックバイト ~学生の苦難(1)~
【ブラック企業】激変する若年労働者市場 ~労使間の話し合いが不可欠 ~
【ブラック企業】調査対象の8割で違法行為 ~厚労省初「ブラック企調査」~
【ブラック企業】対策講座 ~騙されないための心得~
【ブラック企業】対策講座 ~就活~
【社会】ブラック企業大賞2013 ~ワタミフードサービス~
【社会】「ブラック企業」への反撃 ~被害対策弁護団が発足~
【社会】「ワタミ」の偽装請負 ~渡辺美樹・前会長/参議院議員~
【社会】学校もこんなにブラック ~公教育の劣化~
【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負
【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負・その後 ~裁判~
【本】ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~
【本】ブラック企業の実態
【社会】若者を食い潰すブラック企業 ~傾向と対策~
【本】ブラック企業の「辞めさせる技術」 ~違法すれすれ~
【心理】組織の論理とアイヒマン実験 ~ブラック企業の心理学~
【社会】第二回ブラック企業大賞候補 ~7社1法人~
【社会】ブラック企業における過労死、ずさんな労務管理 ~ワタミ~
【社会】ブラック企業の見抜き方 ~その特徴と実例~