出久根達郎「作家の値段」は、古本の値付けこそ作家の第二の評価であることをクリアに見せてくれる好著。そしてまた、近代文学における(わたしだけかもしれないけど)知られざるエピソードがてんこ盛りのお得な本でもある。トリビア風に、紹介します。
・作中で何度も母親を“殺した”寺山修司。現実には母親は修司よりも長生きし、息子の思い出を本に著している(「母の蛍 寺山修司のいる風景」)。
・今でこそ知らない者のない金子みすゞ。ある大学生が岩波文庫の「日本童謡集」の一篇「大漁」にショックを受け、古本屋をめぐって金子の本を収集する過程で彼女の弟とめぐりあい、彼が保管していた未発表原稿が活字化されることで初めてブレイクした。80年代に入ってからのこと。
・夏目漱石「坊っちゃん」は、最初に春陽堂から出版されたとき、「鶉籠(うずらかご)」というタイトル。
・日本で初めて文学全集を刊行したのは直木三十五。「トルストイ全集」だった。
・美智子皇后が中学時代、クラスで少女小説の廻し読みが流行した。皇后が熱中したのは松田瓊子(けいこ)の「七つの蕾」。松田は野村胡堂の娘。若くして亡くなったが、なつかしさに胡堂夫人に頼んで著書を借りて再読。そのお礼の薔薇が「プリンセス・ミチコ」。
・泉鏡花は、師の尾崎紅葉に内緒で相思相愛の芸妓と同棲した。激怒した尾崎が「俺を棄てるか、婦(おんな)を棄てるか」と迫った……お蔦・主税の心意気→「婦系図」のモデルとなった事件。鏡花は、師の逝去後、ただちに結婚した。
・石川啄木の「ローマ字日記」は戦前は未公開。昭和23年に初めて公刊されたが、全文が訳文とともに読めるようになったのは昭和52年に岩波文庫が創刊五十周年記念として文庫化してから。なぜなら内容が思いきりとんでもなかったからだ。
「予は 女のまたに手を入れて 手あらく その陰部をかきまわした。しまいには 5本の指を入れて できるだけ 強くおした。(略)なん千人の男とねた女! 予は ますます イライラしてきた。 そして いっそう強く手を入れた。 ついには手は手首まで入った」
……おわかりだろうか。日本初のフィスト・ファック描写を行ったのは、なんと石川啄木だったのである。