ある事情で不在だった兄が帰ってきて、妹にある提案をする。一蹴された兄は「いいんだ」と言って妹と目を合わせようとしない……
これ、寅さんのお話じゃなくて、北朝鮮から病気療養のために帰国した兄(井浦新)が、在日の妹(安藤サクラ)に、心ならずも諜報活動に協力するように求めた場面。設定もすごいが、井浦と安藤の演技が抜群。そうだよな、兄妹とはこんな関係だと観客を深く納得させ、現在の北との関係の異様さを際立たせる。
「かぞくのくに」は、自身も在日であるヤン・ヨンヒが脚本を書き、監督した上質のホームドラマであり、だから卓越した政治映画にもなっている。
総連の重役である父(津嘉山正種)のすすめで、兄は北朝鮮の帰国事業に参加する。わたし、この“事業”が80年代まで続いていたとは知りませんでした。兄はほぼその最後の帰国者なのだろう。叔父が「こんなことなら新潟の(赤十字)センターで、おれが殴ってでも止めればよかったんだ」と述懐するように、この事業は多くの悲劇を呼んだ。
妹は朝鮮語の講師として生活していて、卒業した生徒に「先生、ソウルで会いましょう?」と誘われても「あたし、韓国には行けないんだ」と返答するしかない。兄に行動の自由がないように、妹もどこにでも行ける立場にない。そんな妹に、兄はある夢を託す。
すばらしい映画だ。そして、くり返しになるけれど、そのすばらしさこそが北朝鮮という存在の異様さを強調している。
北の体制の象徴として、兄に同行する(つまり監視する)同志(ヤン・イクチュン)が登場し、彼自身も惑っていることがかすかに描かれる。しかし彼もまた母国に家族をかかえ、裏切ったらどのような制裁が待っているかを熟知している。
いまは医師夫人として恵まれた生活を送る初恋の女性(京野ことみ)と会った兄は、彼女の「駆け落ちしちゃおうか!」という誘いにのることもできない。彼もまた、現実を知っている。彼らの諦念のすべてを、ラストで妹は引き受ける。安藤サクラの弾けっぷりは怖いくらいだ。
第86回キネマ旬報ベストテン第一位。安藤サクラはこの年、主演女優賞と助演女優賞をダブル受賞している。もちろん史上初。納得。岩代太郎の音楽の美しさも特筆もの。
最新の画像[もっと見る]
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます