その8.
コニーは戸口に駆け寄り、鍵を掛けようとした。指がふるえる。
「何で鍵なんて掛ける?」アーノルド・フレンドは優しい声で、コニーの顔の前で語りかけた。「ただのスクリーンドアじゃないか。こんなことをしても何にもならない」
ブーツの片方が奇妙な角度に曲がっていて、なかには足がないみたいだった。先が左を向いて、かかとのところでねじ曲がっている。
「網戸だろうがガラスだろうが、板だろうが鉄だろうが、それ以外のものだろうが、誰だってその気になりゃ破るのは簡単だ。誰にだってな。ましてこのアーノルド・フレンドにはわけはない。この家に火がつけば、おまえはオレの腕のなかに飛び込む。オレの腕のなかなら、まるで自分の家みたいに安心できる――おまえもわかっているように、オレはおまえの恋人だし、ふざけるのもほどほどにしたほうがいい。お行儀のいいはにかみ屋の女の子ならいいが、おかまいなしにふざけるのは好きじゃない」こうした言葉の一部は、リズミカルな、軽く歌でも歌うような調子で口に出され、コニーはこれもまたどこかで聞き覚えがあるように思った――去年聞いた歌が耳に残っているような。女の子がボーイフレンドの腕に飛び込んでから、ふたたび家に戻った、というような歌だ――。
コニーは裸足でリノリウムの床に立ったまま、彼をじっと見つめていた。「あなたは何が望みなの?」そっとそうささやく。
「おまえだよ」彼は答えた。
「何ですって?」
「あの晩、おまえに会ったとき思った。そうだ、あの子だ、とな。それ以上確かめる必要もなかった」
「でも父がじきに戻ってくるわ。わたしを連れに。わたし、まず髪の毛を洗わなくちゃならなかったから」気持ちのこもらない早口で言った。相手に聞こえるように、声の調子をあげることさえしなかった。
「いいや、おやじさんは戻ってこない、確かにおまえは髪を洗ったが、それはオレのためだったんだよ。ああ、きれいだし、キラキラしてる、それもオレのためなんだ。ありがとうよ、ハニー」ふざけてお辞儀をしながらそう言ったのだが、またしてもバランスを失いかけた。腰を曲げてブーツの具合を直している。どうやら足がブーツにぴったり合ってはいないらしい。おそらく何か詰め物をして、身長を高く見せようとしているのだろう。コニーは彼と、後ろの車のなかにいるエリー、コニーの右手のあたり、あらぬ方にじっと目を据えているエリーをにらみつけていた。そのエリーが、空中から言葉を引っ張り出しているような、まるでたったいまその言葉を発見したような口調で言った。「電話線を引っこ抜いてやろうか」
「口を閉じてろ。もう何も言うんじゃない」アーノルド・フレンドは言ったが、かがみ込んでいたために顔が赤くなっていた。ひょっとするとコニーにブーツを見られてはずかしかったのかもしれない。「おまえには関係ない話だ」
「何なの? あなたたち何をしてるの? 何がほしいの?」コニーは言った。「警察に電話したら、あなたたちつかまるんだから。逮捕されちゃうわよ」
「おまえが電話に手を触れさえしなければ、約束はそのままだ。オレは約束を守るつもりだ」彼はまた体をまっすぐにすると、肩をそびやかした。まるで映画の主役のように、何か重大なことを宣言するかのようなしゃべりかただ。だがその声はひどく大きく、コニーの後ろにいる誰かに話しかけているようだった。「オレは自分の家じゃないところに入っていくつもりはない。おまえがオレのところに出てきたらいい、やるべきことをやればいいんだ。おまえはオレがだれだかわからないのか?」
「あなた、おかしいわよ」彼女は小さな声で言った。戸口からあとずさったが、ほかの部屋に逃げたくはなかった。そんなことをしたら、ドアから入ってくる許可を与えるようなものだとでもいうように。「あなたは何を……おかしいんだわ……」
「はぁ? 何を言ってるんだ、ハニー」
彼女の目は台所をさまよった。ここが、この部屋がいったい何だったのかも思い出せなかった。
「こういうことだ、ハニー。おまえは出てきて、おれたちと一緒に車に乗る。楽しいドライブに出かけるんだ。だがな、もしおまえが出てこなかったら、おまえの家の人たちが戻ってきて、みんなにわかってもらえるまで、おれたちは待つつもりだ」
「電話、引っこ抜いた方がいいか?」エリーが言った。ラジオを耳から離してしかめっつらをしている。ラジオがなければ空気の量が多すぎるとでも言いたげだった。
「黙ってろと言ったろうが、エリー」アーノルド・フレンドは言った。「聞こえなけりゃ補聴器を使えよ、わかったな。しっかりしろ。この小さな女の子はちっとも悪くはないし、じきにオレの言うことも聞くようになる。だからエリーは自分の面倒だけみてろ。この子はおまえのデート相手じゃない、いいな? オレにかまうんじゃない。でしゃばるな。手を出すな。じろじろ見るな。あとをついてくるな」早口のそっけない言い方で、以前習ったことはあるが、どの言葉も流れ去ってしまって、いまとなってはどんな言い方をすればよいのか定かではない、だから、目をつぶったまま、新しい言葉をつぎつぎと使ってみるというしゃべりかただった。
「境界線を越えて入ってくるな、シマリスの穴をにぎりつぶすな、オレの糊の臭いをかぐな、オレのアイスキャンデーを食うな。その油染みた手を引っ込めとけ!」彼の目が曇り、じっとコニーをのぞきこんだ。コニーはまた、テーブルのとことまで後ずさりした。
「やつのことは気にしないでいい。ひどいやつなんだ。のろまで。いいな? オレはおまえのものだし、オレが言ったように、こっちにレディみたいに出て来て、オレに片手をあずけてくれたら、誰も痛い目に遭わずにすむ。つまり、おまえの禿頭の親父もおまえのお袋さんも、ハイヒールを履いたおまえの姉さんも、何かの目に遭うようなことにはならないってことだ。なにしろおまえは言うことを聞くからな。あの人たちを巻きこまないようにしないとな」
(この項つづく)
コニーは戸口に駆け寄り、鍵を掛けようとした。指がふるえる。
「何で鍵なんて掛ける?」アーノルド・フレンドは優しい声で、コニーの顔の前で語りかけた。「ただのスクリーンドアじゃないか。こんなことをしても何にもならない」
ブーツの片方が奇妙な角度に曲がっていて、なかには足がないみたいだった。先が左を向いて、かかとのところでねじ曲がっている。
「網戸だろうがガラスだろうが、板だろうが鉄だろうが、それ以外のものだろうが、誰だってその気になりゃ破るのは簡単だ。誰にだってな。ましてこのアーノルド・フレンドにはわけはない。この家に火がつけば、おまえはオレの腕のなかに飛び込む。オレの腕のなかなら、まるで自分の家みたいに安心できる――おまえもわかっているように、オレはおまえの恋人だし、ふざけるのもほどほどにしたほうがいい。お行儀のいいはにかみ屋の女の子ならいいが、おかまいなしにふざけるのは好きじゃない」こうした言葉の一部は、リズミカルな、軽く歌でも歌うような調子で口に出され、コニーはこれもまたどこかで聞き覚えがあるように思った――去年聞いた歌が耳に残っているような。女の子がボーイフレンドの腕に飛び込んでから、ふたたび家に戻った、というような歌だ――。
コニーは裸足でリノリウムの床に立ったまま、彼をじっと見つめていた。「あなたは何が望みなの?」そっとそうささやく。
「おまえだよ」彼は答えた。
「何ですって?」
「あの晩、おまえに会ったとき思った。そうだ、あの子だ、とな。それ以上確かめる必要もなかった」
「でも父がじきに戻ってくるわ。わたしを連れに。わたし、まず髪の毛を洗わなくちゃならなかったから」気持ちのこもらない早口で言った。相手に聞こえるように、声の調子をあげることさえしなかった。
「いいや、おやじさんは戻ってこない、確かにおまえは髪を洗ったが、それはオレのためだったんだよ。ああ、きれいだし、キラキラしてる、それもオレのためなんだ。ありがとうよ、ハニー」ふざけてお辞儀をしながらそう言ったのだが、またしてもバランスを失いかけた。腰を曲げてブーツの具合を直している。どうやら足がブーツにぴったり合ってはいないらしい。おそらく何か詰め物をして、身長を高く見せようとしているのだろう。コニーは彼と、後ろの車のなかにいるエリー、コニーの右手のあたり、あらぬ方にじっと目を据えているエリーをにらみつけていた。そのエリーが、空中から言葉を引っ張り出しているような、まるでたったいまその言葉を発見したような口調で言った。「電話線を引っこ抜いてやろうか」
「口を閉じてろ。もう何も言うんじゃない」アーノルド・フレンドは言ったが、かがみ込んでいたために顔が赤くなっていた。ひょっとするとコニーにブーツを見られてはずかしかったのかもしれない。「おまえには関係ない話だ」
「何なの? あなたたち何をしてるの? 何がほしいの?」コニーは言った。「警察に電話したら、あなたたちつかまるんだから。逮捕されちゃうわよ」
「おまえが電話に手を触れさえしなければ、約束はそのままだ。オレは約束を守るつもりだ」彼はまた体をまっすぐにすると、肩をそびやかした。まるで映画の主役のように、何か重大なことを宣言するかのようなしゃべりかただ。だがその声はひどく大きく、コニーの後ろにいる誰かに話しかけているようだった。「オレは自分の家じゃないところに入っていくつもりはない。おまえがオレのところに出てきたらいい、やるべきことをやればいいんだ。おまえはオレがだれだかわからないのか?」
「あなた、おかしいわよ」彼女は小さな声で言った。戸口からあとずさったが、ほかの部屋に逃げたくはなかった。そんなことをしたら、ドアから入ってくる許可を与えるようなものだとでもいうように。「あなたは何を……おかしいんだわ……」
「はぁ? 何を言ってるんだ、ハニー」
彼女の目は台所をさまよった。ここが、この部屋がいったい何だったのかも思い出せなかった。
「こういうことだ、ハニー。おまえは出てきて、おれたちと一緒に車に乗る。楽しいドライブに出かけるんだ。だがな、もしおまえが出てこなかったら、おまえの家の人たちが戻ってきて、みんなにわかってもらえるまで、おれたちは待つつもりだ」
「電話、引っこ抜いた方がいいか?」エリーが言った。ラジオを耳から離してしかめっつらをしている。ラジオがなければ空気の量が多すぎるとでも言いたげだった。
「黙ってろと言ったろうが、エリー」アーノルド・フレンドは言った。「聞こえなけりゃ補聴器を使えよ、わかったな。しっかりしろ。この小さな女の子はちっとも悪くはないし、じきにオレの言うことも聞くようになる。だからエリーは自分の面倒だけみてろ。この子はおまえのデート相手じゃない、いいな? オレにかまうんじゃない。でしゃばるな。手を出すな。じろじろ見るな。あとをついてくるな」早口のそっけない言い方で、以前習ったことはあるが、どの言葉も流れ去ってしまって、いまとなってはどんな言い方をすればよいのか定かではない、だから、目をつぶったまま、新しい言葉をつぎつぎと使ってみるというしゃべりかただった。
「境界線を越えて入ってくるな、シマリスの穴をにぎりつぶすな、オレの糊の臭いをかぐな、オレのアイスキャンデーを食うな。その油染みた手を引っ込めとけ!」彼の目が曇り、じっとコニーをのぞきこんだ。コニーはまた、テーブルのとことまで後ずさりした。
「やつのことは気にしないでいい。ひどいやつなんだ。のろまで。いいな? オレはおまえのものだし、オレが言ったように、こっちにレディみたいに出て来て、オレに片手をあずけてくれたら、誰も痛い目に遭わずにすむ。つまり、おまえの禿頭の親父もおまえのお袋さんも、ハイヒールを履いたおまえの姉さんも、何かの目に遭うようなことにはならないってことだ。なにしろおまえは言うことを聞くからな。あの人たちを巻きこまないようにしないとな」
(この項つづく)