陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ジョイス・キャロル・オーツ「「これからどこへ行くの、いままでどこにいたの?」その5.

2008-05-05 22:54:00 | 翻訳
その5.

「コニー、嘘を言っちゃいけない。今日はオレとドライブに行くために時間を空けておいたんじゃないか、自分だってわかってるだろう」笑いながらそう言った。やがて笑いの発作もおさまって、体をまっすぐに起こしたが、そのようすは、すべてがお芝居だったことを示していた。

「どうしてわたしの名前を知ってるの?」いぶかしげにコニーは尋ねた。
「だってコニーだろ」
「かもしれないし、そうじゃないかも」
「おまえはオレのコニーさ」そう言いながら指を振った。もうレストランの裏手で会ったときの彼の記憶も、ずいぶんはっきりとしてきていた。すれちがったとき、自分がはっと息を呑んだことや、彼を見たときの自分が、おそらくどんな目をしていたかということを思い出して、コニーの頬は熱くなった。このひとはわたしを忘れないでいてくれたんだ。

「エリーとオレはおまえのために特別にここまで来てやったんだ」彼は言った。「エリーは後ろへ坐ってるから気にしなくていい。さあ、どうする?」
「どこに行くの?」
「どこに、ってどういうことさ?」
「わたしたち、これからどこに行くの?」

 彼はコニーをじっと見つめた。サングラスを外すと、目の周りの皮膚が白く、日陰ではなく、日の光のなかで見る穴のようだった。親しみをこめた目は、光を反射するガラスの破片のようにきらめいている。彼は微笑んだ。どこか、決まった場所に向かってドライブする、などということは初めて聞いた、とでもいうように。

「ただ車を走らせるんだ、コニー」
「わたしの名前がコニーだなんて、一言も言ってない」
「だけど知ってるんだ。おまえのことなら、名前だろうがなんだろうが、全部知ってるのさ」アーノルド・フレンドは言った。身動きせず、まだ自分のぽんこつの車に身を預けたままだ。「おまえには特別に興味があるのさ、かわいい女の子だもんな、だからおまえのことならなんだってわかるんだ――おまえのおやじとおふくろと姉さんがいま出かけてるってことも、どこへ行ったかってことも、いつぐらいまで帰ってこないかってことも、夕べおまえが一緒にいたのは誰かってことも、おまえの親友の名前がベティだってこともな。そうだろ?」

 彼の声は、何の変哲もない、小さな声で、ちょうど歌を口ずさむようなしゃべり方をする。その笑顔は、何も怖いことはない、と言い聞かせるようだった。車の中ではエリーがラジオの音量を上げて、わざわざふたりの方に目をやることもしなかった。

「エリーは後ろに坐ってりゃいい」アーノルド・フレンドは言った。さりげなくあごをしゃくって自分の連れを示した。エリーなどものの数ではないから気にしないでいい、とでも言うように。

「うちの家族のこと、どうしてわかったの?」コニーは聞いた。
「まあ聞けよ。ベティ・シュルツだろ、トニー・フィッチに、ジミーとナンシーのペッティンガー兄妹」詠唱するように続けた。「レイモンド・スタンレー、それからボブ・ハッター」
「その子たちをみんな知ってるの?」
「みんな知ってる」
「うそ、冗談ばっかり。あなた、ここらへんのひとじゃないでしょ」
「ここらへんのひとさ」
「なら――いままでなんで会ったことがないの?」
「会ったことがあるに決まってるじゃないか」自分のブーツに目を落としたそのようすは、ちょっとムッとしたようにも見えた。「忘れちまっただけだ」

「もしかしたら会ったかもしれない」コニーは言った。
「だろ?」上げた顔は輝いていた。うれしそうな顔をだった。エリーのラジオから流れてくる音楽に合わせて、足でリズムを取りながら、両の拳を軽く合わせ始めた。コニーは笑顔になっている彼から、目を車の方へそらしたが、その車の色があまりに明るいので、じっと見ていると目がいたくなりそうだ。名前を見た。ARNOLD FRIEND(アーノルド・フレンド)。そこから前のフェンダーに目を移すと MAN THE FLYING SAUCERS(空飛ぶ円盤の男)という見慣れた言葉が書いてあった。去年、子供たちのあいだでの流行り言葉だったが、今年はもう誰もそんなことを言わなくなっていた。コニーはそれをしばらくじっと見ていた。まるでそこには自分が未だ知らない意味がこめられているとでもいうように。

(この項つづく)