陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ジョイス・キャロル・オーツ「これからどこへ行くの、いままでどこにいたの?」

2008-05-02 22:11:55 | 翻訳
その2.


 いつもショッピングセンターをショートパンツをはいて、手首のブレスレットをじゃらじゃらいわせながら、ぺたんこのバレエシューズを引きずるように舗道を歩いていくふたりの姿は、おなじみの光景になっていたにちがいない。おかしな人や気になる人とすれちがうたび、身を寄せ合って、ひそひそとささやいてはこっそり笑い合うのだった。

コニーは人目を引く濃いブロンドの髪を長く伸ばしていたので、一部を頭の上でおだんごに丸め、残りはそのまま後ろに垂らしていた。ジャージ素材のボタンのないブラウスを着ていたが、家でその格好をしているときと外にいるときは、ちがったふうに見えた。コニーの何もかもがそうしたふたつの面、家での顔と家以外の場所で見せる顔を持っているのだ。歩き方にしても、家では子供らしくぴょこぴょこと歩くのだが、そうでないときは、物憂げな、人によっては、頭の中で音楽でも聴いているのではないかとさえ思えるような歩き方だった。口も、たいていのときは血色の悪い、うすら笑いが張り付いているような口元だったのだが、夜、外に出たときはピンク色に輝いているのだった。笑い声も、家では皮肉っぽい、うんざりしたような響きがあったが――「あはは、おっかしいー」――それ以外の場所では、甲高く神経質そうな、ブレスレットのかざりが鳴る音のような笑い声だった。

 買い物をしたり映画に行ったりすることもあったが、混み合う車をよけながらハイウェイを走って横断して、もう少し年かさの子供たちがたむろするドライブインレストランに行くこともあった。そのレストランは大きなビンの形をしていて、実際よりはいささか角張ってはいたが、ともかくビンのキャップにあたる場所では、ハンバーガーを高々と掲げて歯をむき出して笑う男の子の人形がくるくる回っていた。

真夏のある晩、勇をふるったふたりが息せき切って大通りを渡ったところで、車の窓から身を乗り出して、声をかけてくる者があった。ただの男の子だったが、ふたりがあまり良い印象を持っていない高校の生徒である。無視してやったので、ふたりはすっかりいい気分になった。駐車したり、ぐるぐる回ったりする車の迷路を抜けて、明かりのともった誘蛾灯のようなレストランに近づいていく。その顔は喜びと期待にあふれ、まるでこれから入っていくのが夜の闇に浮かび上がる聖堂、探し求めた安息と祝福を与えてくれる場所であるかのようだった。カウンターの席に腰かけて、かかとのところで足を交差させる。興奮のためにほっそりした肩をこわばらせ、あらゆるものをすばらしく変えてしまう音楽に耳を傾けた。音楽はいつも背景に流れていた。まるで教会でのミサのように。音楽は確かに拠り所といってよかった。

 エディーという男の子が話しかけてきた。スツールに後ろ向きに腰をおろすと、勢いよく半回転させては止め、また反対方向に回す。しばらくしてコニーに、おなか空かない? と聞いた。何か食べてもいいわ、とコニーは答え、立ち上がり際に連れの腕を軽く叩くと――コニーを見上げた顔には、平気よ、と言わんばかりのおどけたような表情が浮かんでいた――、十一時に通りの向こうで落ち合おうね、と約束した。

「あんなふうにあの子を残して行くの、いやだな」コニーは心からそう言ったのだが、男の子の方は、すぐに相手ができるさ、と答えた。それからふたりは彼の車に向かったが、そのあいだ、どうしてもコニーの目は、車のフロントガラスや周りの人の顔にさまよってしまうのだった。コニーの顔は喜びに輝いていたが、それはエディーとも、この場所とさえも何の関係もなかった――だが、音楽のせい、となら言えたかもしれない。胸を張って深々と息を吸いこみ、生きていることの純粋な喜びを感じる。その瞬間、ほんの十数メートルほど先にいる顔に、ちらりと目がいった。ぼさぼさの黒い髪をした男の子が金色に塗り直した旧型のコンパーティブルに乗っている。コニーをじっと見つめていたが、急に唇が広がってにやりと笑った。コニーは相手を見ていた目を細め、つんとソッポを向いたが、どうしてもそちらにもういちど目を遣らずにはいられなかった。まだこっちを見てるわ。彼は一本の指を振って笑いながら言った。「おまえはじき、オレのものさ、ベイビー」コニーは顔をふたたび背けたが、エディーは何一つ気づいてはいなかった。

 エディーとは三時間ほど過ごした。レストランでハンバーガーを食べ、ずっと汗をかいている紙コップに入ったコーラを飲んでから、路地を一キロあまり奥へ入っていった。エディーと別れたのは十一時五分前で、ショッピング・センターのなかでは映画館だけがまだ開いていた。コニーの友だちはそこで男の子と話をしている。コニーは近寄っていって、友だちとにっこりと笑い合った。「映画はどうだった?」コニーが聞くと、相手は「知ってるはずよ」と答える。友だちの父親の車に乗り込んで、眠くはあったがご機嫌な気分で、暗くなったショッピングセンターや空っぽの広い駐車場、もうネオンサインも消えて気味が悪くなった光景を、振り返って見ずにはいられない。向こうのドライブインレストランでは、何台もの車が疲れも知らず、ぐるぐると円を描いている。その距離では、音楽は聞こえなかった。

(この項つづく)