陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ジョイス・キャロル・オーツ「「これからどこへ行くの、いままでどこにいたの?」その4.

2008-05-04 22:49:18 | 翻訳
その4.

 コニーは台所に行って、勝手口にそろそろと近づき、スクリーン・ドアを開けて、裸足のつま先を丸めるようにして、階段をおりていった。車の中には男の子がふたりいたが、そのとき、運転席にいる方が見えた。もじゃもじゃの黒い髪は、かつらかと思うほど妙ちきりんだ。彼はコニーににやっと笑いかけた。

「遅かったかな、オレ」彼が言った。

「あなたいったいだれよ」コニーは聞き返した。

「オレに出てってほしいわけじゃないんだろ?」

「あなたがどこのだれかも知らないのよ」

 コニーはふくれっつらでそう言い、興味があるとか喜んでいるとかという印象を与えないように慎重にふるまったのだが、彼の方は頭の良さそうな、抑揚のない早口で話した。コニーは後ろにいるもう一人の男の子の方にことさら時間をかけて目を遣った。明るい茶色の髪をしていて、額にひねった前髪を垂らしている。もみあげをはやしているせいで、きつい、機嫌の悪そうな顔になっていたが、コニーの方をほんのちらりとも見ようとはしなかった。ふたりともサングラスをかけている。運転席の方の彼はミラータイプのサングラスをかけていて、なにもかもがミニチュアサイズになって映っていた。

「乗らないか」

 コニーは気取って少しだけ笑みを浮かべると、髪の毛をゆるく一方の肩にまとめた。

「オレの車、いいだろう? 最近、塗り替えたんだ」彼は言った。「な?」

「どうかした?」

「おまえ、かわいいな」

 コニーはいかにもいらいらしたふうを装ってドアの蠅を追い払った。

「オレのこと信用できない? それとも何かあるのか?」

「だから、わたし、あなたがだれかってことも知らないのよ」コニーは怒ったように言った。

「おい、エリー、ラジオをつけてくれよ、おれのは壊れてるんだ」自分の連れの手を持ち上げて、彼が持っている小さなトランジスタラジオをコニーに見せた。やがて音楽が聞こえてきた。さっきまで家の中で聞いていたのと同じ番組だった。

「ボビー・キングでしょ?」

「オレはいつもボビー・キングを聞いてる。ほんと、すごいぜ」

「そうね、いいわよね」コニーは仕方なく認めた。

「そうさ、あいつはすごいんだ。どこで勝負をかけたらいいかわかってるんだ」

 コニーの頬が少し赤くなったのは、サングラスのせいで、この男の子がいったいどこを見ているのかわからなかったからだった。好きになってもいいのか、いかれたヤツなのか判断がつかないために、ドアのところでぐずぐずしたまま、外に出ていくか、中に引っ込むか決めかねていた。コニーは尋ねた。「その車にはなんて書いてあるの?」

「読めないのか?」ドアを慎重に開けたが、その仕草はまるでドアが外れるのを恐れているかのようだ。同じように慎重な動作で出てきたかと思うと、両の足をしっかりとふんばって地面に立った。サングラスに映った小さな金属の世界が、ゼラチンが固まったようにぷるぷるとふるえ、その真ん中にコニーの明るいグリーンのブラウスがあった。

「まず、ここに書いてあるのがオレの名前だ」と言った。サイドボディーにタールのような黒い文字でARNOLD FRIEND(アーノルド・フレンド)とあって、その横に丸いニコニコわらっている顔が描いてある。それを見てコニーは、カボチャみたい、と思った。サングラスさえかけてなきゃ、だけど。

「自己紹介をしよう。オレはアーノルド・フレンド、ほんとうにそういう名前なんだが、おまえのフレンドでもある、で、車の中にいるのがエリー・オスカー、ま、シャイなやつだ」エリーはトランジスタラジオを肩の上にのせて、バランスをとった。

「この数字は秘密の暗号だ」アーノルド・フレンドは説明した。33、19、17と数字を読み上げ、眉を持ち上げて、コニーの反応を探ろうとしたが、コニーは別に何とも思わなかった。後部フェンダーがへこんでいてそのまわりのけばけばしい金色の車体に、こう書いてあった。“イカれた女ドライバーにやられた”。コニーはそれを見て笑ってしまった。アーノルド・フレンドはコニーが笑ったことに喜んで、コニーを見上げた。

「反対側にはもっといろいろ書いてあるんだ。そっちも見たくないか?」
「見たくない」
「なんで?」
「なんでわたしが見なきゃいけないの?」
「車にいろいろ書いてあるのが見たくないのか? こいつに乗りたくない?」
「わかんないわ」
「なんで?」
「だってやらなきゃいけないことがあるんだもの」
「何をやらなきゃいけないんだ」
「いろいろ」

 コニーが何かおもしろいことを言いでもしたかのように、声を上げて笑い、腿を叩いた。彼の立ち方は変わっていて、車に背をもたせかけているのに、バランスを取っているように見えた。背は高くない。隣に並べば、コニーよりほんの数センチ高いぐらいだろう。コニーは彼の服の着こなしがステキだと思った。みんながそんな格好をしていたのだが。細身の色のあせたジーンズを、くしゃくしゃのブーツのなかにたくしこみ、ベルトを食い込むほどきつくしめていたので、どんなに細身かよくわかった。プルオーバーの白いシャツは少し汚れていて、腕や肩を薄いがしっかりした筋肉がおおっているのが見えた。おそらくきつい仕事をしているのだろう、荷物を持ち上げたり運んだりするような。首にまで筋肉がついているようだった。なんとなく、どこかで見たことがあるような顔立ちをしている。一日か二日、髭を剃っていないのだろう、あごやほほにはわずかに影ができていた。高い、鷹のような鼻をしていて、コニーが獲物で、それに飛びかかろうとしているかのように、ひくひくと動かしたが、もちろんそれは冗談のつもりだったのだろう。

(この項つづく)