最終回
アーノルド・フレンドは、よく通る優しい声、まるで舞台に立ったような声で言った。
「おまえが生まれた場所は、もうここではないし、おまえが行くつもりでいた場所はもうなくなってしまった。いまおまえがいるそこは――おまえの父親の家のなかは――しょせん、段ボールの箱みたいなものに過ぎないし、オレにとっちゃ壊すぐらい、いつでもできる。おまえだってそんなことぐらい、始めからわかっていただろう。聞いてるな?」
考えなくちゃ。コニーは思った。どうするか決めなきゃいけないんだわ。
「気持ちのいい原っぱに行こうか。田舎の方に行けばいい匂いだってするだろうし、こんなにいい天気なんだ」アーノルド・フレンドは言った。「しっかり抱いててやるよ、そうすれば逃げだそうとしなくてもすむ。愛がどんなものか、愛があるとどうなるか、教えてやるよ。こんな家なんてどうなったっていいじゃないか! 大丈夫だって、まちがいない」
彼が爪でスクリーンドアをひっかく音が聞こえたが、コニーは身震いを感じなかった。昨日なら震え上がったはずなのに。「さあ、胸に手を当てて、ハニー。感じるだろ? オレたちがもっとよく知り合いさえしたら、はっきり感じるようになる。オレの言うことを聞くんだ、とびきり優しい子になるんだよ、おまえみたいな女の子は、優しくてきれいで、言いなりになる以外にはないんだから――家の連中が戻って来る前にここを出よう」
彼女は心臓が激しく鼓動するのを感じていた。手ですっぽり包んでいるような感じだ。生まれて初めて、心臓が自分のものではないような、自分とは関係のないのに、鼓動をし、同じように自分のものとは思えない体のなかで動いているような感じがした。
「家の人たちを傷つけたくはない」アーノルド・フレンドは続けた。「さあ、起き上がるんだ、ハニー。自分で立てるな」
コニーは立った。
「よし、こっちに向くんだ。それでいい。オレのところまでやってくるんだ――エリー、そんなものあっちへ置いとけよ、そう言っただろう? この間抜けめが。おまえはほんとうにひでえ抜け作だな」アーノルド・フレンドが言った。怒っているのではない、呪文の一部だ。おだやかな呪文だ。「さあ、台所を抜けて出ておいで、ハニー、その笑顔を見せておくれ、さあ、おまえは勇気のある優しくてかわいい女の子じゃないか。いま連中は外の火であぶったトウモロコシやホットドッグを食べてるところだ。連中にはおまえのことなんてひとつもわかっちゃいないし、これまでだってそうだった。おまえは連中なんかよりはるかに上等な人間だし、連中はだれひとりおまえにこんなことをしようとしたこともなかったろう?」
コニーは足の下のリノリウムを感じた。冷たい。目にかかった髪を払った。アーノルド・フレンドはためらいがちに柱から手を離し、彼女に向かって腕を拡げた。肘を向かい合うように曲げて手首の力を抜き、おずおずとした抱擁であることを示していた。だがそこにはいささか侮っているような、コニーに意識を取りもどさせたくながっているようなところがあった。
コニーは網戸に手を伸ばした。自分が、まるでどこかほかの安全な場所の戸口にいるかのように、ゆっくりとドアを押して開け、自分の体と長い髪が、アーノルド・フレンドが待っている日差しのなかに出ていこうとするのを見つめていた。
「オレのかわいい青い目の女の子」と彼は言い、半ば歌うように溜息をついた。その言葉は、コニーの茶色い目とは何の関係もなかったが、同じように、彼の周囲に広がる日の光に満ちた広大な世界に吸い込まれていく――コニーがこれまで見たこともなければ、気づくこともなかったほど広い世界――ただこれから自分がそこへ向かって歩き出そうとしていることだけはわかる世界。
アーノルド・フレンドは、よく通る優しい声、まるで舞台に立ったような声で言った。
「おまえが生まれた場所は、もうここではないし、おまえが行くつもりでいた場所はもうなくなってしまった。いまおまえがいるそこは――おまえの父親の家のなかは――しょせん、段ボールの箱みたいなものに過ぎないし、オレにとっちゃ壊すぐらい、いつでもできる。おまえだってそんなことぐらい、始めからわかっていただろう。聞いてるな?」
考えなくちゃ。コニーは思った。どうするか決めなきゃいけないんだわ。
「気持ちのいい原っぱに行こうか。田舎の方に行けばいい匂いだってするだろうし、こんなにいい天気なんだ」アーノルド・フレンドは言った。「しっかり抱いててやるよ、そうすれば逃げだそうとしなくてもすむ。愛がどんなものか、愛があるとどうなるか、教えてやるよ。こんな家なんてどうなったっていいじゃないか! 大丈夫だって、まちがいない」
彼が爪でスクリーンドアをひっかく音が聞こえたが、コニーは身震いを感じなかった。昨日なら震え上がったはずなのに。「さあ、胸に手を当てて、ハニー。感じるだろ? オレたちがもっとよく知り合いさえしたら、はっきり感じるようになる。オレの言うことを聞くんだ、とびきり優しい子になるんだよ、おまえみたいな女の子は、優しくてきれいで、言いなりになる以外にはないんだから――家の連中が戻って来る前にここを出よう」
彼女は心臓が激しく鼓動するのを感じていた。手ですっぽり包んでいるような感じだ。生まれて初めて、心臓が自分のものではないような、自分とは関係のないのに、鼓動をし、同じように自分のものとは思えない体のなかで動いているような感じがした。
「家の人たちを傷つけたくはない」アーノルド・フレンドは続けた。「さあ、起き上がるんだ、ハニー。自分で立てるな」
コニーは立った。
「よし、こっちに向くんだ。それでいい。オレのところまでやってくるんだ――エリー、そんなものあっちへ置いとけよ、そう言っただろう? この間抜けめが。おまえはほんとうにひでえ抜け作だな」アーノルド・フレンドが言った。怒っているのではない、呪文の一部だ。おだやかな呪文だ。「さあ、台所を抜けて出ておいで、ハニー、その笑顔を見せておくれ、さあ、おまえは勇気のある優しくてかわいい女の子じゃないか。いま連中は外の火であぶったトウモロコシやホットドッグを食べてるところだ。連中にはおまえのことなんてひとつもわかっちゃいないし、これまでだってそうだった。おまえは連中なんかよりはるかに上等な人間だし、連中はだれひとりおまえにこんなことをしようとしたこともなかったろう?」
コニーは足の下のリノリウムを感じた。冷たい。目にかかった髪を払った。アーノルド・フレンドはためらいがちに柱から手を離し、彼女に向かって腕を拡げた。肘を向かい合うように曲げて手首の力を抜き、おずおずとした抱擁であることを示していた。だがそこにはいささか侮っているような、コニーに意識を取りもどさせたくながっているようなところがあった。
コニーは網戸に手を伸ばした。自分が、まるでどこかほかの安全な場所の戸口にいるかのように、ゆっくりとドアを押して開け、自分の体と長い髪が、アーノルド・フレンドが待っている日差しのなかに出ていこうとするのを見つめていた。
「オレのかわいい青い目の女の子」と彼は言い、半ば歌うように溜息をついた。その言葉は、コニーの茶色い目とは何の関係もなかったが、同じように、彼の周囲に広がる日の光に満ちた広大な世界に吸い込まれていく――コニーがこれまで見たこともなければ、気づくこともなかったほど広い世界――ただこれから自分がそこへ向かって歩き出そうとしていることだけはわかる世界。
The End