(中編)
イースターの土曜日、ハーヴェイ・ボウプは大きくな、いかにもいいものが入っていそうな赤い段ボールの箱の包みを、期待で目を輝かせている甥っ子たちの前で解いた。
「叔父さんはね、あなたたちに最新型のおもちゃを持ってきてくれたのよ」エリナーがもったいをつけてそう言ったので、子供たちはてんでに、ぼくはアルバニア軍だと思うな、きっとソマリアのラクダ部隊だよ、と固唾を呑んで待ち受けた。エリックは後者の偶然を期待していた。「馬に乗ったアラブ人が入ってるんだ」とささやく。「アルバニア軍はカッコいい軍服を着てるし、朝から晩まで戦闘を続ける。おまけに夜だって、月さえ出れば戦うんだ。だけど国土が岩だらけだから、騎兵はいない」
蓋を開いたとき、最初に目に飛び込んできたのは、カサカサ音をたてる大量の紙くずの詰め物だった。とびきりおもしろいおもちゃはいつだってここから始まるのだ。ハーヴェイはてっぺんの詰め物を押しのけると、四角い、これといった特徴もない建物を取り出した。
「要塞だ!」バーティが歓声をあげた。
「ちがうさ、アルバニアのムプレトの宮殿だよ」エリックは言ったが、「ムプレト」などという珍しい称号を知っているのが得意でしょうがないらしい。「窓がないだろ、これは外部から王族に対して発砲できないようになってるんだ」
「これは市営の集塵庫だよ」ハーヴェイはあわてて言った。「町のガラクタやごみをここに集めておくんだ。そこらに転がしておくと、町の人の健康が損なわれるだろう?」
おそろしいまでの沈黙のさなか、ハーヴェイが取り出したのは、小さな鉛の人形で、黒い服を着た男である。
「これは名だたる文民、ジョン・スチュワート・ミルだ。彼は政治経済学の大家だよ」
「なんで?」バーティが聞いた。
「たぶん、彼がそうなろうと思ったんだろう。政治経済学は有益な学問だと思ったんだよ」
バーティは意味深長なうなり声をあげたが、そこには“たで食う虫も好きずきだからな”という彼の感想がこめられていた。
さらに四角い建物が出てきたが、今度は窓も煙突もついている。
「キリスト教女子青年会(YWCA)のマンチェスター支部の模型だ」とハーヴェイが言った。
「そこにはライオンがいる?」エリックが希望を託すように聞いた。ローマ古代史を読んでいたので、キリスト教徒がいるようなところであれば、ライオンが数頭いても理にかなっているだろうと思ったのである。
「ライオンはいない」ハーヴェイは答えた。「ここにもうひとり文民がいる。ロバート・レイクスだ。日曜学校の創設者だよ。この模型は市営の洗濯場だ。この小さな丸っこいものは衛生的なパン工場で焼いたパンだよ。この鉛の人形は衛生検査官で、こっちは地方議員、こっちは地方自治体の職員だ」
「その人、何するの」うんざりしたようにエリックが聞いた。
「自分の部署に関連した仕事をやるんだ」ハーヴェイが答えた。「この溝のある箱は投票箱だよ。選挙のときは投票用紙をこの中に入れる」
「ほかのときには何を入れるの?」バーティが聞いた。
「何も入れない。あと、これはいろんな仕事道具だ。手押し車に鍬、それにたぶんこの何本もあるのは、ホップをはわせる支柱なんだろうなあ。これはミツバチの巣箱の模型、こっちのは換気扇だ、下水施設の換気をするんだな。市営の集塵庫がもうひとつ出てきたと思うだろう、だが、こっちは美術学校と公営図書館の模型だ。この小さな鉛の人形は、ミセス・ヘマンズ、女流詩人だよ。こっちはローランド・ヒル、ペニー郵便制の創設者だ。そうしてこれがサー・ジョン・ハーシェル。高名な天文学者だ」
「で、ぼくらはこの民間人の人形で遊ぶの?」エリックが聞いた。
「もちろん。これは全部おもちゃだからね。遊ぶためにある」
「だけど、どうやって?」
これはなかなかの難題だった。「このなかのふたりにイギリス議会の議席を争わせたらどうだろう」とハーヴェイは言った。「選挙をして……」
「腐ったタマゴをぶつけたり、乱闘して、大勢の人が頭を割られるんだね!」エリックが歓声をあげた。
「それから、みんな鼻血を出したり、酔っぱらったりもするんだ」バーティがそれに合わせた。ホガース(※イギリスの風刺画家)の絵を注意深く見ていたのである。
「そういうのではないんだ」ハーヴェイは訂正した。「そういうのとは全然ちがう。投票用紙を投票箱に入れて、市長がそれを数える――そして、どちらが多く得票したか発表する。ふたりの候補者は、市長に向かって、議長を務めてくれたことのお礼を言ってから、お互いに対しては、気持ちの良い、不正のないやり方で行われた選挙戦だった、と言って、お互い相手に対する敬意を表明して別れるんだ。すごく楽しいゲームだし、おまえたちも遊んでごらん。ぼくが子供のころにはこんなおもちゃはなかったよ」
「いまはそれで遊ばない」エリックは、叔父が見せた熱意のかけらさえ見せずに言った。「たぶん、休暇中の宿題をやった方がいいと思うんだ。今度は歴史だよ。フランスのブルボン王朝についていろんなこと勉強しなきゃ」
「ブルボン王朝ぁ」ハーヴェイの声は不満の意がにじんでいた。
「ルイ十四世のことを調べるんだ」エリックは続けた。「ぼくはもう主要な戦闘の名前は全部覚えたよ」
断じてこういう事態はいけない。「もちろん彼の在位中にも戦闘はいくつかあっただろう。でも、おそらくその文章は、かなり大げさに書いてあるだろうな。当時、ニュースなんてものは、信頼できるようなものではなかったし、そもそも従軍記者なんてものがいなかったんだからね。だから将軍だろうが隊長だろうが、自分たちが関わったちょっとした小競り合いを、天下分け目の戦闘の規模まで大げさに言うんだ。ルイは確かに有名だった。だが、風景式庭園の設計者としてだな。ヴェルサイユの設計は実際たいしたもので、ヨーロッパ中にそっくりなものができるほど、高く評価されたんだ」
「デュ・バリー夫人(※ルイ十五世の愛妾)のこと知ってる?」エリックが聞いた。「この人も首をちょん切られたんじゃなかったっけ?」
「この人も庭造りを愛した人だった」ハーヴェイはそう言って逃げを打った。「実際、有名なデュ・バリーという種類のバラは、この人の名前を取ったんだ。ところで、おまえたち、いまはちょっと遊んで、勉強はもうちょっとあとにしたらどうかな」
(人気のない「平和的なおもちゃ」はどうなるのか。それは明日明らかに!)
イースターの土曜日、ハーヴェイ・ボウプは大きくな、いかにもいいものが入っていそうな赤い段ボールの箱の包みを、期待で目を輝かせている甥っ子たちの前で解いた。
「叔父さんはね、あなたたちに最新型のおもちゃを持ってきてくれたのよ」エリナーがもったいをつけてそう言ったので、子供たちはてんでに、ぼくはアルバニア軍だと思うな、きっとソマリアのラクダ部隊だよ、と固唾を呑んで待ち受けた。エリックは後者の偶然を期待していた。「馬に乗ったアラブ人が入ってるんだ」とささやく。「アルバニア軍はカッコいい軍服を着てるし、朝から晩まで戦闘を続ける。おまけに夜だって、月さえ出れば戦うんだ。だけど国土が岩だらけだから、騎兵はいない」
蓋を開いたとき、最初に目に飛び込んできたのは、カサカサ音をたてる大量の紙くずの詰め物だった。とびきりおもしろいおもちゃはいつだってここから始まるのだ。ハーヴェイはてっぺんの詰め物を押しのけると、四角い、これといった特徴もない建物を取り出した。
「要塞だ!」バーティが歓声をあげた。
「ちがうさ、アルバニアのムプレトの宮殿だよ」エリックは言ったが、「ムプレト」などという珍しい称号を知っているのが得意でしょうがないらしい。「窓がないだろ、これは外部から王族に対して発砲できないようになってるんだ」
「これは市営の集塵庫だよ」ハーヴェイはあわてて言った。「町のガラクタやごみをここに集めておくんだ。そこらに転がしておくと、町の人の健康が損なわれるだろう?」
おそろしいまでの沈黙のさなか、ハーヴェイが取り出したのは、小さな鉛の人形で、黒い服を着た男である。
「これは名だたる文民、ジョン・スチュワート・ミルだ。彼は政治経済学の大家だよ」
「なんで?」バーティが聞いた。
「たぶん、彼がそうなろうと思ったんだろう。政治経済学は有益な学問だと思ったんだよ」
バーティは意味深長なうなり声をあげたが、そこには“たで食う虫も好きずきだからな”という彼の感想がこめられていた。
さらに四角い建物が出てきたが、今度は窓も煙突もついている。
「キリスト教女子青年会(YWCA)のマンチェスター支部の模型だ」とハーヴェイが言った。
「そこにはライオンがいる?」エリックが希望を託すように聞いた。ローマ古代史を読んでいたので、キリスト教徒がいるようなところであれば、ライオンが数頭いても理にかなっているだろうと思ったのである。
「ライオンはいない」ハーヴェイは答えた。「ここにもうひとり文民がいる。ロバート・レイクスだ。日曜学校の創設者だよ。この模型は市営の洗濯場だ。この小さな丸っこいものは衛生的なパン工場で焼いたパンだよ。この鉛の人形は衛生検査官で、こっちは地方議員、こっちは地方自治体の職員だ」
「その人、何するの」うんざりしたようにエリックが聞いた。
「自分の部署に関連した仕事をやるんだ」ハーヴェイが答えた。「この溝のある箱は投票箱だよ。選挙のときは投票用紙をこの中に入れる」
「ほかのときには何を入れるの?」バーティが聞いた。
「何も入れない。あと、これはいろんな仕事道具だ。手押し車に鍬、それにたぶんこの何本もあるのは、ホップをはわせる支柱なんだろうなあ。これはミツバチの巣箱の模型、こっちのは換気扇だ、下水施設の換気をするんだな。市営の集塵庫がもうひとつ出てきたと思うだろう、だが、こっちは美術学校と公営図書館の模型だ。この小さな鉛の人形は、ミセス・ヘマンズ、女流詩人だよ。こっちはローランド・ヒル、ペニー郵便制の創設者だ。そうしてこれがサー・ジョン・ハーシェル。高名な天文学者だ」
「で、ぼくらはこの民間人の人形で遊ぶの?」エリックが聞いた。
「もちろん。これは全部おもちゃだからね。遊ぶためにある」
「だけど、どうやって?」
これはなかなかの難題だった。「このなかのふたりにイギリス議会の議席を争わせたらどうだろう」とハーヴェイは言った。「選挙をして……」
「腐ったタマゴをぶつけたり、乱闘して、大勢の人が頭を割られるんだね!」エリックが歓声をあげた。
「それから、みんな鼻血を出したり、酔っぱらったりもするんだ」バーティがそれに合わせた。ホガース(※イギリスの風刺画家)の絵を注意深く見ていたのである。
「そういうのではないんだ」ハーヴェイは訂正した。「そういうのとは全然ちがう。投票用紙を投票箱に入れて、市長がそれを数える――そして、どちらが多く得票したか発表する。ふたりの候補者は、市長に向かって、議長を務めてくれたことのお礼を言ってから、お互いに対しては、気持ちの良い、不正のないやり方で行われた選挙戦だった、と言って、お互い相手に対する敬意を表明して別れるんだ。すごく楽しいゲームだし、おまえたちも遊んでごらん。ぼくが子供のころにはこんなおもちゃはなかったよ」
「いまはそれで遊ばない」エリックは、叔父が見せた熱意のかけらさえ見せずに言った。「たぶん、休暇中の宿題をやった方がいいと思うんだ。今度は歴史だよ。フランスのブルボン王朝についていろんなこと勉強しなきゃ」
「ブルボン王朝ぁ」ハーヴェイの声は不満の意がにじんでいた。
「ルイ十四世のことを調べるんだ」エリックは続けた。「ぼくはもう主要な戦闘の名前は全部覚えたよ」
断じてこういう事態はいけない。「もちろん彼の在位中にも戦闘はいくつかあっただろう。でも、おそらくその文章は、かなり大げさに書いてあるだろうな。当時、ニュースなんてものは、信頼できるようなものではなかったし、そもそも従軍記者なんてものがいなかったんだからね。だから将軍だろうが隊長だろうが、自分たちが関わったちょっとした小競り合いを、天下分け目の戦闘の規模まで大げさに言うんだ。ルイは確かに有名だった。だが、風景式庭園の設計者としてだな。ヴェルサイユの設計は実際たいしたもので、ヨーロッパ中にそっくりなものができるほど、高く評価されたんだ」
「デュ・バリー夫人(※ルイ十五世の愛妾)のこと知ってる?」エリックが聞いた。「この人も首をちょん切られたんじゃなかったっけ?」
「この人も庭造りを愛した人だった」ハーヴェイはそう言って逃げを打った。「実際、有名なデュ・バリーという種類のバラは、この人の名前を取ったんだ。ところで、おまえたち、いまはちょっと遊んで、勉強はもうちょっとあとにしたらどうかな」
(人気のない「平和的なおもちゃ」はどうなるのか。それは明日明らかに!)