その7.
「もし父が帰ってきてあなたを見たら?」
「おやじさんはまだ帰ってきやしない。バーベキュー・パーティに行ってるんだから」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「ティリー叔母さんの家だろ? ちょうどいま――ああ、一杯やってるところだな。坐ってくつろいでる」曖昧な口調でそう言いながら、町を越えた先にあるティリー叔母さんの裏庭を見通そうとでもいうように目を細めている。やがて情景がはっきりしてきたのか、大きくうなずいた。「ああ、坐ってるな。おまえの姉さんは青いワンピースを着てるだろう? それにハイヒールだ、かわいそうな女だな――おまえとはまるでちがう。おふくろさんは太った女を手伝って、トウモロコシに何かしてるところだ。トウモロコシをきれいにしている、ああ、皮をむいてるんだな」
「太った女の人ってだれ?」コニーはさえぎった。
「オレが知るかよ、そんな太った女のことなんて。世界中にはオレの知らない太った女がゴマンといるさ」アーノルド・フレンドは笑った。
「あ、きっとミセス・ホーンビィだわ……だれがあの人を呼んだんだのかしら」コニーは言った。軽いめまいを覚える。息づかいも激しくなっていた。
「あの女はちょっと太りすぎだな。太った女は好きじゃない。おまえみたいな子が好きなんだよ、ハニー」そう言うと眠たそうな笑顔を見せた。ふたりはしばらくスクリーンドアをはさんで見つめ合った。
彼はそっと言った。「なあ、おまえはこれからこうするんだ。まずドアを出てこっちに来る。それから前の座席にオレと一緒に坐る。エリーは後ろに坐るし、やつのことなんかどうだっていい。わかるな? これはエリーとのデートじゃない。おれはおまえとデートする。おれはおまえの恋人だ」
「何ですって? あなた、おかしいわよ」
「いいや、オレがおまえの恋人なんだ。それがどういうことだかいまはわからなくても、じきにわかるようになる」彼は言った。「オレにはそれがわかるのさ。おまえのことなら何でもわかるんだ。だがな、よく聞けよ、オレが恋人だってことは実にいいことで、オレよりいい男を探そうったって無理な話だ。それにこんなに優しい男もいない。オレは絶対に約束は守る。これは言っておく。オレはいつだって最初のときには、初めての子に対しては優しいんだ。おまえをぎゅっとだきしめてやったら、おまえはもう逃げだそうとしたり、何かのふりをしたりしなくてもよくなる。そんなことはできないとわかってくるからだ。そうしてオレはおまえのなかに、おまえが誰からも隠しているところに入っていって、おまえはオレになにもかも委ねる。オレを愛するようになるんだ」
「いいかげんにしてよ! あなた頭がおかしいんじゃない?」コニーはそう言うと、戸口から後ずさった。両手で耳をふさいだその格好は、恐ろしいことを聞いてしまった、自分には何の関係もないのに、と言わんばかりだった。「ふつうのひとはそんなこと言わない。あなた、狂ってる」と低い声で言った。胸に収まりきらないほど心臓が大きくなったような気がして、激しい動悸のせいで汗が全身から噴き出した。外に目を向けると、アーノルド・フレンドは、ちょっと立ち止まってから、ポーチに向かって足を踏み出そうとして、ぐらりと体が傾いた。だが、ぬかりのない酔っぱらいのように、なんとかバランスを取った。長いブーツをぐらつかせながらも、ポーチの柱をぐっとつかんだのだった。
「ハニー」彼は呼んだ。「聞こえてるか?」
「ここから出ていってよ!」
「おとなしくするんだ、ハニー。言うことを聞けよ」
「警察を呼ぶわよ」
彼はまたよろめき、口の端から短い呪いの言葉を素早く吐いた。彼女には聞かせるつもりはなかったらしいが、「クソッ」という悪態は不自然に響いた。そこでふたたび彼は笑顔を浮かべた。コニーはその笑みが広がるのを見ていたが、ぎこちない、まるで仮面の内側から浮かび上がってくるような笑みである。顔全部がお面なんだわ、と奇妙なことを思った。喉元は日焼けしているが、そこから急に白くなっている。まるで顔にしっくいを塗って、喉だけを塗り忘れたかのようだった。
「ハニー、聞いてくれ。こういうことだ。オレはいつだって本当のことを言うし、これは約束する。おまえを追いかけて家に入るつもりはない」
「だめに決まってるじゃない。警察を呼ぶわよ、もしあなたたちが――あなたたちが帰らなかったら」
「ハニー」彼はコニーの声にかぶさるように言葉を続けた。「ハニー、オレがそこに行くんじゃなくて、おまえがそこから出てくるんだ。何でだかわかるか?」
コニーはあえいだ。台所はまるでいままで一度も見たことがない場所のように思え、どの部屋に逃げ込んでも危ないような、自分を助けてはくれないような気がする。台所の窓はこの三年ほど、カーテンを引いたこともなく、流しには――恐らく――彼女が洗うことになっているはずの皿があった。テーブルの上に手をすべらせれば、きっとそこには何かねばねばしたものがこびりついているだろう。
「聞いてるのか、ハニー。おい」
「警察を呼ぶから」
「電話にちょっとでもふれてみろ。オレも約束は守らなくてもよくなるから、中へ入るぞ。それは困るだろう?」
(この項つづく)
「もし父が帰ってきてあなたを見たら?」
「おやじさんはまだ帰ってきやしない。バーベキュー・パーティに行ってるんだから」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「ティリー叔母さんの家だろ? ちょうどいま――ああ、一杯やってるところだな。坐ってくつろいでる」曖昧な口調でそう言いながら、町を越えた先にあるティリー叔母さんの裏庭を見通そうとでもいうように目を細めている。やがて情景がはっきりしてきたのか、大きくうなずいた。「ああ、坐ってるな。おまえの姉さんは青いワンピースを着てるだろう? それにハイヒールだ、かわいそうな女だな――おまえとはまるでちがう。おふくろさんは太った女を手伝って、トウモロコシに何かしてるところだ。トウモロコシをきれいにしている、ああ、皮をむいてるんだな」
「太った女の人ってだれ?」コニーはさえぎった。
「オレが知るかよ、そんな太った女のことなんて。世界中にはオレの知らない太った女がゴマンといるさ」アーノルド・フレンドは笑った。
「あ、きっとミセス・ホーンビィだわ……だれがあの人を呼んだんだのかしら」コニーは言った。軽いめまいを覚える。息づかいも激しくなっていた。
「あの女はちょっと太りすぎだな。太った女は好きじゃない。おまえみたいな子が好きなんだよ、ハニー」そう言うと眠たそうな笑顔を見せた。ふたりはしばらくスクリーンドアをはさんで見つめ合った。
彼はそっと言った。「なあ、おまえはこれからこうするんだ。まずドアを出てこっちに来る。それから前の座席にオレと一緒に坐る。エリーは後ろに坐るし、やつのことなんかどうだっていい。わかるな? これはエリーとのデートじゃない。おれはおまえとデートする。おれはおまえの恋人だ」
「何ですって? あなた、おかしいわよ」
「いいや、オレがおまえの恋人なんだ。それがどういうことだかいまはわからなくても、じきにわかるようになる」彼は言った。「オレにはそれがわかるのさ。おまえのことなら何でもわかるんだ。だがな、よく聞けよ、オレが恋人だってことは実にいいことで、オレよりいい男を探そうったって無理な話だ。それにこんなに優しい男もいない。オレは絶対に約束は守る。これは言っておく。オレはいつだって最初のときには、初めての子に対しては優しいんだ。おまえをぎゅっとだきしめてやったら、おまえはもう逃げだそうとしたり、何かのふりをしたりしなくてもよくなる。そんなことはできないとわかってくるからだ。そうしてオレはおまえのなかに、おまえが誰からも隠しているところに入っていって、おまえはオレになにもかも委ねる。オレを愛するようになるんだ」
「いいかげんにしてよ! あなた頭がおかしいんじゃない?」コニーはそう言うと、戸口から後ずさった。両手で耳をふさいだその格好は、恐ろしいことを聞いてしまった、自分には何の関係もないのに、と言わんばかりだった。「ふつうのひとはそんなこと言わない。あなた、狂ってる」と低い声で言った。胸に収まりきらないほど心臓が大きくなったような気がして、激しい動悸のせいで汗が全身から噴き出した。外に目を向けると、アーノルド・フレンドは、ちょっと立ち止まってから、ポーチに向かって足を踏み出そうとして、ぐらりと体が傾いた。だが、ぬかりのない酔っぱらいのように、なんとかバランスを取った。長いブーツをぐらつかせながらも、ポーチの柱をぐっとつかんだのだった。
「ハニー」彼は呼んだ。「聞こえてるか?」
「ここから出ていってよ!」
「おとなしくするんだ、ハニー。言うことを聞けよ」
「警察を呼ぶわよ」
彼はまたよろめき、口の端から短い呪いの言葉を素早く吐いた。彼女には聞かせるつもりはなかったらしいが、「クソッ」という悪態は不自然に響いた。そこでふたたび彼は笑顔を浮かべた。コニーはその笑みが広がるのを見ていたが、ぎこちない、まるで仮面の内側から浮かび上がってくるような笑みである。顔全部がお面なんだわ、と奇妙なことを思った。喉元は日焼けしているが、そこから急に白くなっている。まるで顔にしっくいを塗って、喉だけを塗り忘れたかのようだった。
「ハニー、聞いてくれ。こういうことだ。オレはいつだって本当のことを言うし、これは約束する。おまえを追いかけて家に入るつもりはない」
「だめに決まってるじゃない。警察を呼ぶわよ、もしあなたたちが――あなたたちが帰らなかったら」
「ハニー」彼はコニーの声にかぶさるように言葉を続けた。「ハニー、オレがそこに行くんじゃなくて、おまえがそこから出てくるんだ。何でだかわかるか?」
コニーはあえいだ。台所はまるでいままで一度も見たことがない場所のように思え、どの部屋に逃げ込んでも危ないような、自分を助けてはくれないような気がする。台所の窓はこの三年ほど、カーテンを引いたこともなく、流しには――恐らく――彼女が洗うことになっているはずの皿があった。テーブルの上に手をすべらせれば、きっとそこには何かねばねばしたものがこびりついているだろう。
「聞いてるのか、ハニー。おい」
「警察を呼ぶから」
「電話にちょっとでもふれてみろ。オレも約束は守らなくてもよくなるから、中へ入るぞ。それは困るだろう?」
(この項つづく)