陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ「平和的なおもちゃ」後編

2008-05-30 22:36:33 | 翻訳
(後編)


 ハーヴェイは書斎に引っ込むと、三、四十分のあいだ、小学校で使えるような歴史書の編纂は可能だろうかと考えていた。戦闘や虐殺、血なまぐさい陰謀や変死にはっきりとしたかたちでは触れないですませるのだ。ヨーク朝やランカスター朝、あるいはナポレオンの時代など、どう考えてもきわめてむずかしいだろうし、三十年戦争にまったくふれないとすると、歴史に穴を開けてしまうことになる。それでも、もしあの影響を受けやすい年頃に、子供たちがスペインの無敵艦隊やワーテルローの戦いにかまけるかわりに、更紗模様を考案するならば、多くのものが得られるにちがいなかろうに。

 そろそろ時間だ、と考えた。子供部屋に行って、彼らがあの平和的なおもちゃでどのように遊んでいるか見てやろう。ドアの前に建つと、エリックが命令を下している声が聞こえてきた。バーティも合間合間にアイデアを出して協力している。

「そいつはルイ十四世だ」エリックが言っていた。「膝丈の半ズボンをはいてる、叔父さんが日曜学校をこしらえた人だっていったやつ。ちっともルイ十四世っぽくないんだけど、仕方ない」

「もうちょっとしたら、絵の具を使って、紫の上着にしてやろうよ」とバーティが言った。

「そりゃいいな、それにヒールを赤くしてやろう。それはマダム・ド・マントノン、おじさんがミセス・ヘマンズって言ってたやつ。マダム・ド・マントノンはルイに、今度の遠征には行かないでくれ、って頼んだんだけど、ルイは聞く耳を持たなかったんだ。遠征にはサクス元帥を同行させたから、ぼくらも千人の兵隊を連れて行ったことにしよう。合い言葉は“Qui vive?(誰だ)”に対して答えは“L'etat c'est moi(朕は国家なり)”だ――ルイ十四世のお気に入りのせりふだったんだぜ。真夜中、マンチェスターに上陸して、ジャコバイトの共謀者が要塞の鍵を渡すんだ」

 ハーヴェイがドアの隙間からそっとのぞいてみると、市営集塵庫は、穴がいくつも開けられて、空想上の大砲の砲口が出せるようにしてあり、いまやマンチェスターの主要防衛拠点となっていた。ジョン・スチュアート・ミルは赤インクに浸されて、どうやらサクス元帥の代理となっているらしい。

「ルイは自分の軍隊にYWCAを包囲して、大勢の人を拿捕するように命令を出すんだ。『ひとたびルーヴルに帰れば、女たちはみな余のものじゃ』ってルイが叫ぶんだ。ミセス・ヘマンズにもう一度来てもらって、そこの女のひとりにしなくちゃ。その女は言うんだ。『決してそんなことはさせません』って。そう言って、サクス元帥の心臓を刺す」

「すごく血が出るよね」バーティが叫び、YWCAの正面に気前よく赤インクをぶちまけた。

「兵隊たちが殺到して、元帥を殺したことで、最高に残虐な復讐をする。百人の女が殺される」――ここでバーティが赤インクの残りを信仰厚い建物にぶっかけた――「そして生き残った五百人はフランス船に連行されるんだ。“わしは元帥を失った”ってルイは言う。“だが、徒手では帰らぬぞ”」

 ハーヴェイはそっと子供部屋を離れて、姉のところへ行った。

「エリナー」彼は言った。「実験は……」

「どう?」

「失敗だ。始めるのが遅すぎた」



The End