その6.
「なあ、何を考えてるんだ?」アーノルド・フレンドは聞いた。「車に乗って、髪の毛が風に吹かれてぐしゃぐしゃになったらどうしよう、なんてなことか?」
「そんなことじゃない」
「オレの運転がヘタだとでも?」
「なんでそんなことがわかるのよ」
「素直じゃない子だな。なんでそうなんだ?」彼は言った。「オレがおまえのフレンドだってわからないのか? おまえが向こうに歩いていくとき、オレが出したサインを見なかったのか?」
「どんなサイン?」
「オレのサインだ」
そういうと彼は空中にXの字を書きながら、コニーの方へ身を乗り出した。ふたりのあいだはおそらく三メートルほどのものだったろう。手が元の位置に戻ってからも。宙のXの文字はまだそこにあるように、目に見えさえするように思える。コニーはスクリーン・ドアが閉じるにまかせ、自分は内側に立ったまま、身動きひとつしないで、自分のラジオと男の子のラジオが入り交じって聞こえる音楽に耳を澄ませた。アーノルド・フレンドをじっと見つめた。彼は固さの残るままで落ち着いた格好をしていた。余裕がありそうな風を装って、片手を所在なげにドアの取っ手にかけていたが、そうやって自分を落ち着かせようとしているようにも見えたし、もう動くつもりがないかのようにも見えた。
彼が身につけているほとんどのものにコニーは見覚えがあった。太股や腰の線をあらわにしている細身のジーンズも、グリースを塗ったようなブーツも、ぴったりしたシャツも、どこか信用ならないにこやかな笑顔さえも、男の子たちが言葉にしたくないような思いを伝えようとするときの、のんびりとした夢見るような笑みなのだった。こうしたものすべて、彼女は見たことがあったし、彼の歌うようなしゃべり方のなかにある、かすかにからかうような、冗談を言っているような、にもかかわらず真剣で、どこか憂鬱そうな響きも知っていたし、ずっと後ろで流れている音楽に合わせて、拳をぶつける仕草も覚えがあった。だがこうしたものすべてがひとりの人間に一緒になっていたわけではなかった。
急にコニーは口を開いた。「ねえ、あなた何歳なの?」
彼の笑みが消えた。そのために彼が子供ではなく、ずっと年長の――三十代かもっと上――に見えた。そのことに気がついたとたん、彼女の胸の鼓動は速くなった。
「バカなことを聞くじゃないか。おまえと同い年には見えないか?」
「まさかそんなわけがないわ」
「ふたつかみっつ、上かもな。十八だ」
「十八歳ですって?」彼女は疑わしそうに言った。
コニーを納得させようと、にっこり笑ってみせると、口の両側にしわが刻まれた。大きな白い歯をしている。口をいっぱいに広げて笑ったので、目が細くなり、コニーはなんて濃いまつげなんだろうと思った。濃くて黒くて、タールか何かを塗ったみたいだわ。するといきなり、とまどったような表情になって、肩越しにエリーを振り返った。
「あいつな、ちょっと危ないやつなんだ」彼は言った。「暴れるわけじゃない。ただ、イカれてるのさ。ほんもののな」エリーはまだ音楽に聴き入っている。サングラスのせいで、いったい何を考えているのか、見当もつかなかった。明るいオレンジ色のシャツは、ボタンが半分しかかかっておらず、胸がのぞいていたが、白い、血色の悪い胸で、アーノルド・フレンドのような筋肉などまったくなかった。シャツの襟を全部立てていて、顎より高い位置にきている襟の先で、顎を保護でもしようとしているかのようだった。トランジスタラジオを耳に押し当て、直射日光を浴びながら、恍惚とした表情で坐っていた。
「変わったひとみたい」コニーは言った。
「おい、彼女が、おまえが変わってるってさ! 変わってるんだってよ!」アーノルド・フレンドが怒鳴った。エリーの注意を引こうと車を叩いた。エリーが初めて振り向き、コニーは彼もまた子供ではないことに衝撃を受けた――白い、つるりとした顔、頬はかすかに赤く、静脈が透けて見えるかのようで、その顔は四十歳の赤ん坊だった。コニーはそれを見て、めまいの波が押し寄せてくるように感じていた。いま感じている衝撃を鎮め、何もかも、正常に戻すような何ごとかを待つかのように、彼の顔から目を離すまいとした。エリーの唇は、自分の耳元で炸裂する音に合わせてつぶやいているかのように、もぐもぐとずっと動いていた。
「ふたりとも帰った方がいいと思うわ」コニーは消え入りそうな声で言った。
「何でだ? どうしてだよ」アーノルド・フレンドは大きな声で言った。「オレたちはおまえをドライブに連れて行くためにここに来たんだ。日曜なんだぜ」いまの声は、ラジオで聞いた男の声だった。同じ声だわ、とコニーは思った。
「今日は一日中日曜だってこと、おまえは知らないのか? な、おまえが夕べ一緒にいたのが誰であろうが、今日、おまえはアーノルド・フレンドと一緒にいるんだし、それを忘れちゃいけない。こっちへ出てこいよ」彼は言ったが、最後の言葉は、別の声に変わっていた。いささか抑揚の乏しい、外の暑さがとうとうこたえてきたとでもいう感じだった。
「行かないわ。やらなきゃいけないことがあるんですもの」
「おいおい」
「ふたりとも帰った方がいいわ」
「おまえが一緒に来るまではここを離れるつもりはない」
「わたしが絶対に行かないって言っても?」
「コニー、遊びはやめだ。つまり――オレが言いたいのは、冗談はよせってことなんだ」彼はそう言いながら頭をふった。疑い深そうに笑ってみせる。サングラスを頭にかけたが、実際にかつらをかぶっているかのように慎重に持ち上げ、つるを耳にかけた。コニーは彼を見つめていたが、まためまいの波が押し寄せ、恐怖がこみあげてきて、一瞬彼の姿が焦点を結ばず、金色の車を背に立っている姿がぼやけた。彼は確かに車で私道に入ってきたが、彼は本当はどこからかやってきたのでも、これからどこへ行くのでもない、ただ自分が彼のことや、音楽のことを空想するのがくせになってしまっていたから、何もかもが半分現実になってしまったのだ、と考えていた。
(この項つづく)
「なあ、何を考えてるんだ?」アーノルド・フレンドは聞いた。「車に乗って、髪の毛が風に吹かれてぐしゃぐしゃになったらどうしよう、なんてなことか?」
「そんなことじゃない」
「オレの運転がヘタだとでも?」
「なんでそんなことがわかるのよ」
「素直じゃない子だな。なんでそうなんだ?」彼は言った。「オレがおまえのフレンドだってわからないのか? おまえが向こうに歩いていくとき、オレが出したサインを見なかったのか?」
「どんなサイン?」
「オレのサインだ」
そういうと彼は空中にXの字を書きながら、コニーの方へ身を乗り出した。ふたりのあいだはおそらく三メートルほどのものだったろう。手が元の位置に戻ってからも。宙のXの文字はまだそこにあるように、目に見えさえするように思える。コニーはスクリーン・ドアが閉じるにまかせ、自分は内側に立ったまま、身動きひとつしないで、自分のラジオと男の子のラジオが入り交じって聞こえる音楽に耳を澄ませた。アーノルド・フレンドをじっと見つめた。彼は固さの残るままで落ち着いた格好をしていた。余裕がありそうな風を装って、片手を所在なげにドアの取っ手にかけていたが、そうやって自分を落ち着かせようとしているようにも見えたし、もう動くつもりがないかのようにも見えた。
彼が身につけているほとんどのものにコニーは見覚えがあった。太股や腰の線をあらわにしている細身のジーンズも、グリースを塗ったようなブーツも、ぴったりしたシャツも、どこか信用ならないにこやかな笑顔さえも、男の子たちが言葉にしたくないような思いを伝えようとするときの、のんびりとした夢見るような笑みなのだった。こうしたものすべて、彼女は見たことがあったし、彼の歌うようなしゃべり方のなかにある、かすかにからかうような、冗談を言っているような、にもかかわらず真剣で、どこか憂鬱そうな響きも知っていたし、ずっと後ろで流れている音楽に合わせて、拳をぶつける仕草も覚えがあった。だがこうしたものすべてがひとりの人間に一緒になっていたわけではなかった。
急にコニーは口を開いた。「ねえ、あなた何歳なの?」
彼の笑みが消えた。そのために彼が子供ではなく、ずっと年長の――三十代かもっと上――に見えた。そのことに気がついたとたん、彼女の胸の鼓動は速くなった。
「バカなことを聞くじゃないか。おまえと同い年には見えないか?」
「まさかそんなわけがないわ」
「ふたつかみっつ、上かもな。十八だ」
「十八歳ですって?」彼女は疑わしそうに言った。
コニーを納得させようと、にっこり笑ってみせると、口の両側にしわが刻まれた。大きな白い歯をしている。口をいっぱいに広げて笑ったので、目が細くなり、コニーはなんて濃いまつげなんだろうと思った。濃くて黒くて、タールか何かを塗ったみたいだわ。するといきなり、とまどったような表情になって、肩越しにエリーを振り返った。
「あいつな、ちょっと危ないやつなんだ」彼は言った。「暴れるわけじゃない。ただ、イカれてるのさ。ほんもののな」エリーはまだ音楽に聴き入っている。サングラスのせいで、いったい何を考えているのか、見当もつかなかった。明るいオレンジ色のシャツは、ボタンが半分しかかかっておらず、胸がのぞいていたが、白い、血色の悪い胸で、アーノルド・フレンドのような筋肉などまったくなかった。シャツの襟を全部立てていて、顎より高い位置にきている襟の先で、顎を保護でもしようとしているかのようだった。トランジスタラジオを耳に押し当て、直射日光を浴びながら、恍惚とした表情で坐っていた。
「変わったひとみたい」コニーは言った。
「おい、彼女が、おまえが変わってるってさ! 変わってるんだってよ!」アーノルド・フレンドが怒鳴った。エリーの注意を引こうと車を叩いた。エリーが初めて振り向き、コニーは彼もまた子供ではないことに衝撃を受けた――白い、つるりとした顔、頬はかすかに赤く、静脈が透けて見えるかのようで、その顔は四十歳の赤ん坊だった。コニーはそれを見て、めまいの波が押し寄せてくるように感じていた。いま感じている衝撃を鎮め、何もかも、正常に戻すような何ごとかを待つかのように、彼の顔から目を離すまいとした。エリーの唇は、自分の耳元で炸裂する音に合わせてつぶやいているかのように、もぐもぐとずっと動いていた。
「ふたりとも帰った方がいいと思うわ」コニーは消え入りそうな声で言った。
「何でだ? どうしてだよ」アーノルド・フレンドは大きな声で言った。「オレたちはおまえをドライブに連れて行くためにここに来たんだ。日曜なんだぜ」いまの声は、ラジオで聞いた男の声だった。同じ声だわ、とコニーは思った。
「今日は一日中日曜だってこと、おまえは知らないのか? な、おまえが夕べ一緒にいたのが誰であろうが、今日、おまえはアーノルド・フレンドと一緒にいるんだし、それを忘れちゃいけない。こっちへ出てこいよ」彼は言ったが、最後の言葉は、別の声に変わっていた。いささか抑揚の乏しい、外の暑さがとうとうこたえてきたとでもいう感じだった。
「行かないわ。やらなきゃいけないことがあるんですもの」
「おいおい」
「ふたりとも帰った方がいいわ」
「おまえが一緒に来るまではここを離れるつもりはない」
「わたしが絶対に行かないって言っても?」
「コニー、遊びはやめだ。つまり――オレが言いたいのは、冗談はよせってことなんだ」彼はそう言いながら頭をふった。疑い深そうに笑ってみせる。サングラスを頭にかけたが、実際にかつらをかぶっているかのように慎重に持ち上げ、つるを耳にかけた。コニーは彼を見つめていたが、まためまいの波が押し寄せ、恐怖がこみあげてきて、一瞬彼の姿が焦点を結ばず、金色の車を背に立っている姿がぼやけた。彼は確かに車で私道に入ってきたが、彼は本当はどこからかやってきたのでも、これからどこへ行くのでもない、ただ自分が彼のことや、音楽のことを空想するのがくせになってしまっていたから、何もかもが半分現実になってしまったのだ、と考えていた。
(この項つづく)
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