陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ「シャルツ=メッテルクルーメ式教授法」後編

2008-05-27 22:23:14 | 翻訳
(後編)

* * *

「あなたたち、こんなところで何をしているの?」翌朝、ミセス・クォーバールは、階段のてっぺんに陰気な顔をしてすわりこんでいるアイリーンと、後ろの出窓にオオカミの毛皮をかぶって腰かけて、おもしろくなさそうな顔をしている妹のヴァイオラを見つけて聞いた。

「わたしたち、歴史の授業を受けてるの」と思いもよらない答えが返ってきた。

「わたしがローマっていうことになってるの。で、あそこにいるヴァイオラは、メスのオオカミなのよ。っていってもほんとのオオカミじゃなくて、ローマ人があがめたオオカミの銅像なの――なんであがめたのか忘れちゃったけど。でね、クロードとウィルフリッドはみすぼらしい女の人を探しに行ったの」

「みすぼらしい女の人ですって?」

「そうよ。お兄ちゃんたちはその人たちを連れてこなくちゃならないの。いやだ、って言ったんだけどね、ホープ先生がパパのファイブズ(※イギリスの寄宿学校で行われたスカッシュに似た球技)のバットを持ってきて、行かなきゃこれで九発お尻をひっぱたいてやるわよ、って言ったから、行かなきゃならなくなったのよ」

 怒鳴り声が庭の方から聞こえたので、ミセス・クォーバールは大慌てでかけつけた。この瞬間にも恐ろしい体罰が加えられているのかもしれない、と思うといてもたってもいられなかったのである。

だが、大声でわめいているのは、おもに門番小屋の小さな女の子ふたりで、その子たちを家の方向に引きずったり押し立てたりしているのは、はあはあ言いながら髪を振り乱したクロードとウィルフリッドなのである。あまつさえ捕らえられた少女たちの弟が、効果的とは言えないまでも、攻撃の手をゆるめないために、ふたりの任務はさらに困難の度を増している。

家庭教師はファイブスのバットを手に持ったまま、石の手すりに平然たる面もちで腰をおろし、戦場の女神のごとく一場を冷静かつ公平無私に仕切っていた。

「かあぁぁちゃんに言いつけてやるぅぅ」と怒りに満ちたコーラスが門番小屋の子供たちによって繰りかえされるが、門番のおかみさんは、耳が遠いため、目下洗濯に余念がない。不安そうなまなざしを小屋に注いでから(善良なるおかみさんは、ある種の難聴者に特権として与えられている、きわめて好戦的な資質のもちぬしであったのだ)ミセス・クォーバールは、人質と格闘している息子たちを救助に駆けつけた。

「ウィルフリッド! クロード! すぐにその子たちを離しなさい! ホープ先生、これはいったいどういうことなんですの?」

「古代ローマ史です。サビニ女の略奪をご存じじゃございません? 子供たちが歴史を自分で体験することによって理解するのがシャルツ=メッテルクルーメ式教授法なんです。記憶に刻みつけられますからね。当然のことながら、あなたの結構なお節介のおかげで、ご子息がサビニ女たちは最終的には逃亡したのだと一生誤って理解したとしても、わたしの責任ではありません」

「あなたは大変聡明で、現代的な方なんでしょう、ホープ先生」ミセス・クォーバールは厳しい口調で言った。「でも、つぎの汽車でここを出ていってくださるようお願いします。あなたの荷物は到着次第、そちらに送りますから」

「どこへ落ち着くことになるかなるかわかるまで、数日はかかると思います」首になった家庭教師は言った。「電報で住所をお知らせしますから、それまで荷物を預かっておいてください。トランクがふたつか三つと、ゴルフクラブが数本、あとヒョウの子が一頭いるだけですから」

「ヒョウの子ですって!」ミセス・クォーバールは喉の奥で妙な声を出した。この途方もない女は出ていったあとさえ、困惑の余波を残していく運命にあるのか。

「もうね、子供とは言えなくなってきてるんです、おとなになりかけ、と言った方がいいのかしら。毎日ニワトリ一羽、日曜日にはウサギ、それがいつものエサです。生の牛肉をやると気が荒くなってしまって。ああ、わたしのために車のご用意はしていただかなくて結構です。散歩しながら行ってみたいんです」

 そうしてレディ・カーロッタは元気良くクォーバール家の地平から去っていったのだった。

 本物のホープ先生が登場して(到着予定の日を一日間違えていたのである)、その善良な女性が未だ経験したことのないほどの騒動に直面することとなった。クォーバール一家がまんまと一杯食わされたことはどう考えても明らかだったが、それがわかって、みんながほっとしたことも事実である。

「ずいぶん大変な目に遭ったんでしょうね、カーロッタ?」彼女を招待した家の女主人が、やっと到着した客に向かってそう言った。「汽車に乗り遅れて、見ず知らずの場所で一泊しなきゃならなかっただなんて」

「あら、そんなことなかったわ」とレディ・カーロッタは言った。「ちっとも大変な目になんて遭ってないのよ――わたしはね」


The End


この話の背景にはローマの建国伝説があります。(※参照王政ローマ
アイリーンがやっているのはローマ神マルスを待つ巫女のシルウィアで、ヴァイオラがやっているのは、ロムルスとレムを育てるオオカミ(笑)なんでしょうね。
ロムルスとレム、ではなく、クロードとウィルフリッドは、サビニ女の略奪を実演させられている。

You Tube でこれのドラマ化を見ることができます。「サビニ女」はメイドになっちゃってますが。とってもイギリスらしい英語の発音を聞くことができます。
http://www.youtube.com/watch?v=e2G0U0VUI9g


関係ないんですがYou Tubeのこのページを開くと、横にニルヴァーナの"About A Girl"のMTVのアンプラグドの映像がアップしてあって、その昔、何度も何度もこれを見たことを思い出しました。この曲もよく聴いた。カート・コバーン、このときはまだ生きてたんだよなあ……。