陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

乾いた九月 ウィリアム・フォークナー その3.

2005-09-05 21:53:45 | 翻訳
(承前)

 マクレンドンは怒気もあらわな強ばった顔を理髪師に向けた。だが理髪師も目をそらさない。ふたりはまるで異なる人種のように見えた。ほかの理髪師たちも、仰向けにしたお客の上で手を止めている。「おまえは白人の女がいうことよりも、黒ん坊の言葉を信じるというわけだな」マクレンドンはいった。「このクソッタレの黒ん坊贔屓が」

 三番目の理髪師が立ち上がってマクレンドンの腕をつかんだ。この男も兵隊上がりだった。「おいおい、ことをはっきりさせようじゃないか。だれか実際に何があったのか、知ってる者はいないのか?」

「はっきりさせるだって? 冗談じゃない」マクレンドンは腕をふりほどいた。「このオレについてこようってやつは、立ってくれ。そうじゃないやつは……」あたりをねめつけながら、マクレンドンは袖で顔をぬぐった。

 三人の男立ち上がった。セールスマンが椅子の中で身を起こした。「おれもいくぞ」そういうと、首のまわりの布をぐいっと引っ張る。「こんなぼろ布どっかへやってくれ。おれも一緒にいくぞ。そりゃ、ここの人間じゃない。だがおれたちのおふくろや、女房や妹たちが……」その布で顔を拭うと、床にたたきつけた。マクレンドンは立ったまま、ほかの者たちをののしる。すると、もうひとりが立ち上がり、そちらへ寄っていった。残った者は、落ち着かなげな顔ですわっていたが、互いに目を合わせないようにして、ひとりずつ立ち上がると、マクレンドンの側についた。

 理髪師は床から布を拾い上げ、ていねいに畳んだ。「みなさん、そりゃいけません。ウィル・メイズはそんなことはしない。あたしはやつを知ってんだ」

「いくぞ」マクレンドンがいった。向きを変える。後ろのポケットには、ごついオートマティック銃の台尻がのぞいていた。一同が出ていく。スクリーン・ドアが閉まるバタンという音が、静まりかえった空気のなかひどく大きく響いた。

 理髪師はカミソリを丁寧かつすばやくぬぐって片づけ、奥に駆け込むと壁にかかった帽子を取った。「できるだけ早く帰ってくるよ」と、ほかの理髪師に声をかける。「そんなことさせるわけには……」駆けるようにして出て行った。残ったふたりの理髪師は、後を追って戸口に向かうと、跳ね返ってきたドアをつかまえ、そこから身を乗り出して、通りを走っていく仲間を見送った。外は澱んで死んだようだった。舌の付け根に金気の味が残った。

「やつに何ができるってんだ」ひとりがそういうと、もうひとりは「まったくひでえ話だ」と息をひそめた。「おれなら喜んでウィル・メイズになるね、ホークになるくらいなら。マクレンドンをあんなに怒らせちまったんだからな」

「まったくもう、どえらいことだぜ」二番目の男はひっそりといった。
「あんた、ほんとにウィルがあの女にやったと思うか?」と最初の理髪師は聞いた。

(この項つづく)