日守麟伍の和歌(うた)日記 Ringo Himori's Diary of Japanese Poetry

大和言葉の言霊の響きを求めて Quest for the sonancy of Japanese word

『古語短歌物語 花の風』第二巻より

2010年10月04日 | 日記
二の巻、戯れ

あるとき女が、「暇な時に読んでください」と言って、書き留めた文章を置いて帰った。男は数日後、「読んでくれと言われたのだから」と自分に言い聞かせ、人の日記をのぞくような後ろめたさを感じながら、女の文書を読んだ。男は切なかった。
感想のついでに、男はこれまでに詠んだ和歌から、数首を女に書き送った。

数日後、女からは、歌の出来ばえのよさを称える、嬉しそうな書き出しの返信がきたが、途中から急に文章が咎めるような調子に変わって、「このような言葉では、私の心に届きません。まして魂には」と書かれていた。言葉遣いから、数回に分けて書かれたものらしかった。
「喉元に匕首を突きつけられる」という時代がかった言い回しが、男の頭に浮かんだ。女が本気を見せたのは、これが最初だった。
文面には、好意と悪意が交錯していた。

さだめある ふるきみたまと おぼゆれど いとけきいもを いかにかわせん
定めある 古きみ魂と 覚ゆれど 幼き妹を 如何にかはせむ

(私と深い縁のある、古い魂をもった人と思われますが、まだ幼さの残るあなたに、どう接すればいいのでしょうか)

男は何日かかけて、自制した返事を書いた。
 
「歌をお褒めいただき、うれしく思いました。拙い歌、と謙遜すべきところですが、自分でも意外なほど、いい歌が詠めたような気がします。考えられる理由としては、詠みかける相手の魂が優れているからか、あるいは私の前生は、あなたと同様に小さな歌人だったのでしょうか。あなたの魂に届くほどの力がないのは、もともとの才能の限界と、あれこれを遠慮してのことでした。覚悟を伴わない気持ちなど、仄めかすべきでなかったかもしれません。……」

いもこうる おもいいかにか とどかんと わがむらきもの こころおののく
妹恋ふる 思ひ如何にか 届かむと 我がむらきもの 心慄く

(あなたを恋い慕う思いは、どのように届くだろうかと、私の心は慄きます)

 女から返事はこなかった。男は女に正直な気持ちを書き送ったことを、後悔しなかった。自分の思いを燃焼させることが、この出会いの意味だろうと思ったからだった。

よよをへて たぐりあいたる たまのおを またいつのひか みうしのうべき
世々を経て 手繰り合ひたる 魂の緒を またいつの日か 見失ふべき

(長い時間を経て、ようやくあなたという魂にめぐり会いました。この運命の糸は、いつまでもけっして見失うことはありません)
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