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hiroshi hara: saxophoniste

日々の思考の断片

リガチャー水洗い

2018-10-14 05:27:30 | sax関係
リガチャーを水洗いして、ネジ部分に油を差した。





果たしてリガチャーにとって良いのか悪いのかはわからないが、ネジの締め付けがとても滑らかになって気分は良い。

診て

2018-09-03 05:30:49 | sax関係
メーカーやモデルなど、自身に合った良い楽器を選ぶことは大事だが、その後のメンテナンスはもっと大事だろう。





サクソフォンの世界は狭いので、どこで、誰にメンテナンスしてもらっているのか、この写真のように楽器を見るだけでわかってしまうことがあり、それもまた興味深いものだ。

自由な楽器

2018-06-28 06:31:34 | sax関係
昨年秋、同僚先生からソプラニーノを譲っていただいた。








これまでにも年に数回、ソプラニーノを吹く機会があり、その都度お借りしていた。


いつもお借りしていたその楽器は、随所に改造が施されて、私も大変気に入っていたが、しかしその楽器は自分のものではないのだから、やはりどこかで踏ん切りをつけなければならなかった。








ソプラニーノは発展途上の楽器と言われているが、それは「音程が悪い」というよりは、自由度が高過ぎる事にあって、しかしそんな事はヴァイオリンのそれとは比較にならないだろう。






一番の問題は「音色」で、あまりに小さなマウスピース、リガチャーとリードは良し悪しや相性が大変デリケートだ。


そしてサクソフォン特有の管の太さ、高音楽器ゆえの管の短さは、どの音域も「生音」と言って良く、その条件で他の楽器と融合できる音色を引き出すのは至難の技だ。






自分自身の楽器を手にした事によって、どこまでできるかわからないが、この楽器を追求して行く準備がようやくできできた。

2本ケース

2018-05-03 03:33:48 | sax関係
昨日同様、シンフォニックファンファーレ東京のリハーサル。




そして昨日に引き続きソプラニーノの話。




bamのソプラノのトレッキングケースにはソプラニーノも入れることができるという噂を聞き、私も試してみて、3本持ちも少しだけ楽になった。

ソプラニーノスタンド

2018-05-02 05:34:24 | sax関係
シンフォニックファンファーレ東京のリハーサルが始まった。




今回、私は3本使用することになり、特に曲中でソプラノとソプラニーノを持ち替えるため、スタンドが必要となり、市販されていないソプラニーノのスタンドを製作することに。






昨年、野原孝さんからご教示いただき、私も下倉楽器さんのご協力を元に、クラリネット用のスタンドの先にコントラバスのエンドピンを差し込んで完成。






本当はベルが当たる部分にフェルトを巻けば完璧だが、ひとまずはこれで申し分ない。

ジョイント

2018-02-17 07:21:27 | sax関係
「アクタス」から「ノナカ・ミュージック・ハウス」と店名変更となって未だに慣れないが、なにか新しい略称などないかと考えているところで、今日はバランス調整をしていただいた。



前からネックと本体のジョイント部分のネジを締めても、演奏中に少し強めに力が入るとずれてしまうので、ジョイントを少し固くしてほしいとお願いしたところ、ネジの部分は手をつけず、ジョイント部分に少しだけ細かな傷を付けて、ジョイントの摩擦を強くしていただいた。





見た目にはほとんどわからないが、抜き差しがジャリジャリした感覚になり、演奏中もしっかりと固定され、私なら考えもつかなかった発想に驚いた。

クレストンのソナタ

2018-01-19 04:29:44 | sax関係
土曜日の演奏会で、久しぶりにクレストンのソナタを演奏することになった。


学生の実技試験などでレッスンすることは多いが、実は自分自身はこれまで3〜4回しか演奏しておらず、最後はたしか尚美の先生になってから、体験入学ミニコンサートで原田恭子さんと演奏したが、それが何年前だったか、もう思い出せない。



ミュールの録音の中で、そういえばこの曲だけしっかりと聴いたことがなかったと思い聴いてみた。


「力強い第一主題」と評されるが、その中にも甘さ、優雅さが、「優美な第二主題」には凛々しさと自由さ、その後の展開部にいたっても、表に感じられる曲想の中に色々な情報が込められていた。
それだけではなく、良くも悪くも「ソリスト」という印象の強いミュールが、ピアノとの対話を思わせるやり取りも感じられ、それにも驚き新鮮だった。

まるで今さっき楽譜をもらったかのような気楽さと、何気なく演奏しているように感じられるが、その中に音やフレーズへの流儀というか、信念のようなものも感じられる演奏。


この作品の発表当初はあまり脚光を浴びなかったそうだが、ミュールのこの録音を機に世界中に知られることになった。
それは作品の魅力をまさに十二分に引き出しているからに他ならない。

シェラックとタンポ

2017-11-29 04:24:13 | sax関係
アクタスに伺って、楽器選定と、思いがけず調整もしていただけた。




今日は「ミ」を交換。





これまでの物とは違うシェラック(タンポ用接着剤)を使ったとのこと。



とあるオーボエ奏者曰く、オーボエでも様々な仕様のタンポやシェラックがあり、ご自身で色々付け替えて試したところ、どれも少しずつ音に違いが出るとのこと。


ただし奏者自らが試し始めると迷走するとも話していた。

私で

2017-07-20 05:00:27 | sax関係
洗足レッスンの日






私は私で、基礎練習と次の本番の準備。




サクソフォンの技術に必要な要素は3つあり、それは息づかい、メカニカルな腕と手の動き、そしてアンブシュア(口腔内も含)であろうと考えており、基礎練習ではそれらに注意しながら進めているつもりだが、私としては3つ同時に意識するのはとても難しく、日毎に気になる要素に焦点を当てながら練習している。


今日は前歯を置く位置、下の歯の位置、すなわちマウスピースをくわえる深さと角度を上下前後左右と考えながら。
リードの個体差はもちろん、使用するほどに変わり行くリードと唇のコンディション、唇周辺の筋肉など。


練習するほどに、私の骨格、歯や唇の形は、おそらくサクソフォンを吹くには適していないのではと思ってしまうが、それでも無意識に対応していることに意識を巡らせて、そして未だ気づいていないことに気づけるよう、頭を使ってがんばるだけだ。

落ち着いて

2017-07-07 06:22:15 | sax関係
東京音大レッスン。






来週、台湾で演奏会を仰せつかり、これまで学生と一緒に練習してきたボザのエチュードから4曲ほどを取り上げようと、久しぶりな曲も練習し直している。





写真の禅問答表記は、学生時代には意味がわからなかった。

フランス語"calme"は、辞書の第1義は確かに「静かに」なのだが、他には「落ち着いて」という意味があり、転じてここでは「甚だしくない速度で」と捉えることができる。



ちなみにフランス語でマウスピースのことを、"bec(ベック)"と言うが、実はこの語の第1義は「くちばし」で、フランス人であっても管楽器のことを知らない人にとっては、「マウスピース何使ってるの?」なんて会話は、意味がわからないどころか、激しく勘違いするのではないかと心配してしまう。

スコアを見て

2017-02-26 05:29:14 | sax関係
午前中は横浜の中学校のレッスン。

定期演奏会に向けての準備と、新体制になって基礎練習を熱心に行っていた。


午後は洗足へ。



ラーションのスコアを見ながら譜読みしたが、譜ミスの多さに驚く。


第一楽章、カデンツ後でトリルマークが落ちている。
(ちなみに被献呈者のラッシャーはこの部分をトリルではなくフラッターで演奏しているのだが。)



第二楽章序盤、音ミス



終盤、臨時記号が落ちている



第三楽章、第一ヴァイオリンの間奏が始まるまでは良いが、



ページをまたいだ際、その第一ヴァイオリンの旋律が上のサクソフォンのパートに移動してしまっている。




百歩譲ってパート譜が間違えているのならともかく、出版の際に校正の目を最も光らせるスコアがこの状態では、作曲者が気の毒な上に出版社の信頼に影響するのではないだろうか。

今回はソロパートしか確認していないが、他のパートにもまだミスがあるかもしれない。

開放の指使い

2017-02-03 00:00:45 | sax関係
今日は東京音大レッスン。

レッスンの前にフェスティバルのA会員ステージに向けての合わせ。

さらにその前にピアノの弘中さんと昼食をご一緒した。




夕方からいつものレッスン、その後は閉館まで練習。
譜読みはだいぶ進み、指も舌も追いつくものの頭が回りきらない。


写真はデュボワの協奏曲第二番の第2楽章のパッセージ。
フラジオ音域の「ラ」と「ラ♯」はどちらも開放の指使いで取ることに決めた。

メトロノーム練習

2017-02-02 00:03:10 | sax関係
デュボワの協奏曲第二番の練習に行き詰まり、メトロノーム練習をしてみた。


この練習をしたのは受験生の頃以来かもしれない。


受験の頃は譜読みが遅く、また練習のやり方も効率が悪く、ゆっくり流れる、あり余った時間の中で、譜読みと技術練習を一緒くたにしてがんばっていた。

メトロノームを使って難しい箇所を反復練習し、集中して力んで、それでも無理して吹いていると、いずれできる様になり、それが疲労感と共に目に見える達成感となっていたものだが、「なぜできなかったのか」、「なぜできる様になったのか」を深く考えなくなっていることに気づいた。

そこから「練習することとは」を考えて、楽譜に書かれた「音」、「リズム」、「アーティキュレーション」を分解して、その都度「音楽の流れ」、「楽器の都合」、「柔軟な奏法」を理解しながら練習を進めることを学び、それら全てを一緒くたにして、または何も考えずに、メトロノームの叩く拍節に帳尻だけ合わせることに疑問を感じ、それ以来、練習にメトロノームは使わなくなってしまった。


10代の私は、一緒くたにしてさらい込む無理にも耐えられる柔軟な身体だったのかも知れないが、今同じ事をしたら身体も頭もついてこないだろう。

そんな今の私がなぜに再びメトロノーム練習しているかと言えば、今は時間が無く、練習の何たるかを考えるよりも、少しは無理を押して目の前の楽譜を吹けるようにすること、そして少しくらい目に見える達成感が無いと心が折れそうだと感じて試した次第。

音程と音色

2016-08-15 06:26:33 | sax関係
今日はコンクールの審査のため鎌倉芸術館へ。



近くて大変ありがたいが、なんと年明けから改修工事が始まり、致し方無いことではあるが、利用者にとっては、その間どこを利用すれば良いか悩むところだ。



閑話休題。
高校生から一般まで、色々な演奏を聴きながら、「音程」と「音色」の関係を考えていた。

私自身の経験から書くと、ソプラノやソプラニーノは、音程の微調整の為、たとえマウスピースを1~2mm入れても抜いても、さほど音程が変わる訳ではなく、それ以上に息やアンブシュアのさじ加減で如何様にもなるもので、そしてテナーやバリトンはその逆となり、アンブシュアで音色は変えられても、音程は響きの中に埋もれてしまって微調整するのは意外に難しい。
だからテナーやバリトンは日頃から楽器の音程の癖にも敏感になるし、チューニングも高音楽器より入念になる。

それらの中間に位置するアルトは、チューニング、もしくはアンブシュアの微調整どちらからの働きかけでも平均的に音程を修正することができるのだが、どちらをどの程度使っていくかは、実はとてもデリケートな話だ。

際たる部分は、やはり開放の「ド#」だろうか。
音程補正の為の替え指もいくつか存在するが、その音を微調整するためのアンブシュアも実は存在する。
どちらの方法も一長一短あって、替え指を使えばその音だけは修正されるが、周辺の音は変わらず連結がギクシャクすることに、そしてアンブシュアを変えれば、周辺の音色もろとも変わってしまうことになり、せっかく好みの音色を引き出せるアンブシュアを獲得しても、それと「音程」とを天秤にかけなければならないという可能性もある。

ここでは奏法の良し悪しを書いているのではなく、ましてや楽器やマウスピースの違いという訳でもなく、「どのような奏法とアンブシュアを選ぶのか」、そして音程と音色のバランスを、「どこで折り合いをつけるのか」ということであり、それは奏者それぞれの特性と嗜好の分かれるところなのだろう。