虎尾の会

幕末の草莽の志士清河八郎の会の名を盗用しています。主人は猫の尾も踏めません。

江戸川乱歩 

2010-01-11 | 読書
江戸川乱步全集を古本うしおに堂でも入荷した(数巻欠けているが)。

江戸川乱歩といえば、わたしが初めて知った作家の名前だ。

怪人二十面相、少年探偵団、昭和30年代に子供時代を過ごした者で、この言葉に胸をワクワクさせなかった者はいないだろう。

「ぼ、ぼ、ぼくらは少年探偵団、勇気りんりん瑠璃のいろー」これは、映画の少年探偵団の歌だ。

「とどろくとどろく、あの足音は-、ぼーくらの仲間だ 探偵団-」これはテレビ放送された少年探偵団の歌(このドラマはまだテレビ買ってなかったので、友人の家で見せてもらっていた。たしか、月光仮面のあと、午後7時からではなかったか?」(聞かれても知らんよな)。

そして、ポプラ社の「少年探偵団」シリーズの本だ。
転校ばかり繰り返して、ろくすっぽ漢字も勉強しなかっのだが、この本のおかげで、わたしは字が読めるようになったと思っている。なによりも表紙が胸をわくわくさせた。

はじめは読み通すのが難しかった。小学4年5年くらいに読めるようになった。
このシリーズ何冊か買って、カバーのマークかなんか送ると、BDバッジ(少年探偵団バッジ)をもらえた。もっと数をふやすと、少年探偵団手帳をもらえた。二つとも、手にした。小学校高学年時代は、わたしは完全に少年探偵団になっていた。

このころは東京でもはっしこの練馬区に住んでいて、まわりは原っぱや田んぼがいっぱいだった。けっこう、あちこちに洞穴はあった。

懐中電灯を手に持ち、ロープを腰にぶらさげ、マッチ、肥後守、ピストル(おもちゃ)をポケットに入れ、そして必ず野球帽をかぶって洞窟の探検にでかけた。

大人のあとを尾行したこともよくある。人の家の庭にしのびこみ、柿の木から柿を盗んだこともしばしば。探偵の修練だ。手品にも興味を持った。今でも、宝石をガラス玉とすりかえることはかんたんにできる。催眠術や腹話術も習いたかったが、これは子供だからできなかった(後年、習得した。笑)。

この怪人二十面相は、わたしの親父が子供のときからある。親から、ひ孫の時代まで読まれるなんて、ギネスものだろう。

ちょっと前まではブックオフ、で100円でいつでも買えたが、最近は値があがっているようだ。昔のシリーズは差別的表現がるということで出版は中止になり、新しい少年探偵団シリーズが出版されたからだろうか、かえって、昔の表紙のシリーズを大人が愛惜し、買いに走っているのかもしれない。表紙が同じ文庫本も出ていた。

今の子供も読むだろうか。時代設定は戦前から昭和30年代までだ。古い西洋館、不気味な時計塔なんて、どこにもないしなあ。アドバルーン、道化師だって、最近、見なくなった。ケータイももパソコンゲームもなく、夜がまだ怖い時代だった。

江戸川乱步のおかげで、わたしたちは実に夢のあるすばらしい少年時代を過ごせたと思っている。乱歩に感謝だ。

髭なし侍

2010-01-10 | 日記
髭面ももう十分経験したので、髭をそることにした。

江戸時代初期は戦国の遺風が残っていて髭を生やした侍もけっこういたようだけど、あとは幕末まで、浪人や学者、医者、隠居者をのぞいてはほとんど髭を生やしていない。

江戸末期になると、当世風の武士、もてる武士というのは、色白く、女形のような男だったそうで、髭面の侍なんてまず相手にされない。剣道なんてやるよりも三味線をひける方が尊敬された。平和な時代だ。

幕末の志士でも髭面はいない。西郷、高杉、坂本、清河、桂・・・みんなそうだ。
神官とか浪人者ではいたかもしれないが、少ない。

これが明治になるといっせいに髭を生やす。生やしていないのを見つける方が難しいくらいだ。西洋の真似だ。

髭は男性を象徴するもの。戦争の時代に流行るのかもしれないが、いっぽう、戦後はアメリカのヒッピーに見られるように、反戦、反体制の象徴としてはやされる場合もあり、おもしろい。

わたしは成長が遅くてなかなか髭がはえず、高校時代、あご髭をガリガリさわっている友人を見て驚異と羨望を感じていた。高校生でも立派な髭を生やすことができる。

髭の文化史とか、髭の世界史をあつかった本が出ていないか調べたが、これが不思議、ないようだ。だれか是非、髭の歴史を研究してほしい。


「龍馬伝」第二回

2010-01-10 | 映画・テレビ
「龍馬伝」第二回を見終わる。
福山の龍馬は新鮮だ。北大路欣也以来、いろいろな役者が龍馬をやってきたけど、今度の龍馬は今までとちがう、まったく新しい龍馬が生まれそうな予感。

埃ぽい道、雨が降るとどろどろの地面、薄汚れた下級武士の顔、ボロボロの着物、村や町並み、家の様子など、手をぬかず、かなり丁寧に撮影しているのもいい。

ここから、余談だけど、江戸時代の村の人や貧乏侍は、たぶん、あんなだったろうと思う。
近頃は、なんでもきれいになって、汚いものは目にふれなくなったけど(古本もそうだ)、昔は汚れたものいっぱいあった。

わたしの子供のころもそうだった、首筋は垢だらけ、髪の毛には砂、顔は埃だらけ。もちろん、幼児のころは鼻じるは垂れ流しで、年中、鼻に二本の鼻柱ができていた。ある日、突然、固くかたまっていた二本の鼻汁の柱がとれたとき、鼻から思い切り空気を吸えた。この日のことはとてもよく覚えている(笑)。

何の話だ。失礼つかまつった。

集英社版 日本の歴史 開国と倒幕

2010-01-08 | 読書
これは、1992年に刊行されているから比較的新しい。
カラーの絵や写真、図がたくさんあり、難しい漢字にはルビがふってあるし、堅くなりがちな歴史概説書を読みやすくしようとする工夫がある。

幕末史のプロローグは本によって様々だ。百姓一揆から語り始めるのもあるし、黒船ペリーから始めるのもあるが、この本は漂流民から話を始める。漂流民の運命は鎖国日本の立場をよくあらわすからだ。

この本で、他の本と特に違っているところは、ジョセフ彦と龍馬の関係にふれていることだ。これからの研究課題だとするのみで、詳しくは書いていないのだが、ジョセフ彦と龍馬の関係の可能性を語っている。

大いにある、と思っている。龍馬は河田小竜からジョン万次郎の話を聞いて海外に目を開かされたといわれる。

龍馬と彦は長崎に同時期にいたのだ。彦は長州藩と関わりをもち、グラバーとも交際がある。桂から龍馬への「彦と会うように」という手紙も残っているようだ。
龍馬が会わないわけがない。彦と龍馬、二人の関係が明らかになれば、また新しい龍馬の姿が見えてくるはずだ。

だが、どうも、彦は目立たない。ジョン万と比べても大違いだ。ジョン万は土佐に大きな銅像、アメリカにも関連記念施設がある。彦はさびしい。

彦は「新聞の父」といわれながらも、大新聞社が顕彰しようとした形跡もない。
これはどういうわけだ?なんでみんな無視するの?

播磨町あたりで、本格的な彦の掘り起こしが必要だ。NHK「龍馬伝」で彦を出してくれ!画期的な龍馬伝になる。

おっと、話がそれた。
この集英社版日本の歴史「開国と倒幕」を日本の古本屋で検索してみると、たった2件しか出なかった。これも、希少本になっているのです。


歴史ブームという時代もあった。

2010-01-07 | 読書
1960年代は文学全集ブームだったけど、同時に歴史ブームでもあり、1970代にかけていろいろな歴史全集が出版された。

いや、ほんとに、このころの大人は知的好奇心が旺盛。子供たちもその影響を受けたのか、昔、予備校教師をやっていた小田 実にいわせると、学力が一番高かったのは、あの70年代の子、全共闘世代だったそうだ。かれらは、たとえば、大逆事件なども知っていたが、今の子は(80年代の子か?)、余計なことは何も知らない、ひたすら教科書的知識だけ。学力とは、富士山のように裾野が広いものだ、いろいろな余計な雑学知識があってこそ、学力も高くなる、という話だった。

やはり一番売れてブームになったのは、中央公論の「日本の歴史」だろう。「小説よりもおもしろい」がキャッチフレーズで、ふつうの人たちがみんな歴史にむかった。「日本の歴史」の前に緑の表紙の「世界の歴史」が先だったか。

余談だけど(全部、余談ではないか)、村上春樹は中学か高校のころにこの「世界の歴史」を全巻、読んだ、とか平気な調子で書いていた。ちがうなあ。

わたしの高校の世界史の先生は、この「世界の歴史」、好きな巻どれでもいいから読ませ、あとで、みんなの前で気に入ったところを説明させていた。力がつくぞ、っていっていた。もちろん、希望者にだけど。そのころは、よしてくれ、と思っていた。サスケや忍者武芸帳ならすすんで説明するけどな。

中央公論社の「日本の歴史」をはじめ、70年代はいろいろな歴史全集が出た。それぞれに特徴や独特の視点があった。一般の会社員やOLが歴史を買う。歴史がベストセラーになる。なんとすてきな時代ではなかったか。今は、本屋で「日本の歴史」全集を見つけるのはむつかしい。世界文学全集を見つけられないのと同じだ。


それぞれの違いを書いてみようと画像を出したけど、時間がなくなったので今度にする(なんの時間だい)。

ただ、2000年代、今も歴史の全集はあることはあるが、わたしは買わない。
まず、高すぎる。手がでない。内容が、字面が、学術的、専門的すぎる。ふつうの人にもおもしろく読める歴史書ではない。

あの時代の歴史の本(たとえば、日本の歴史、世界の歴史)はふつうの人のための本だったと思う。学者にそういう本を書く意欲があったと思う。

画像の本は、今でも十分、存在価値があるが、残念なことに、希少本になりつつあります。

ほしい人は古本うしおに堂へ!


だれのための新聞か?OJT?

2010-01-07 | 新聞・テレビから
朝日、朝刊一面に主筆船橋洋一の長い文章。
「日本と世界」と題し、見出しは「試される政権の外交力」「大過渡期を生きる術学ぼう」。

論旨はとにかく日米関係が大事だ。「日米関係で大きくつまずくようだと民主党には外交を任せられない政党として国民に見限られる恐れがある」と書く(そんなことはないぜよ)。

そして、ここから、えらい人が壇上から聴衆に教え諭すように、世界情勢を語り出す(こういう方法はもう通用しないのに)。

「時あたかも、世界は激しく変動している」。おお、龍馬なら身を乗り出して耳を傾けるかもしれないが、たぶん、すぐに聞くのはあきらめるだろう。こんな調子が続くのだから。

「中印などの新興国へのパワーシフト(移動)とともに、米中がある主の共生関係へと変容するパワーフュージョン(融合)が生まれつつある」

おいおい、カッコして翻訳説明しなければならないような言葉をなぜ使うのだ?

「ぶっつけ本番のOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング=仕事をしながら訓練する)でやらざるをえない」

ここで笑ってしまった。「ぶっつけ本番でやらざるをえない」でいいじゃないか。
長い注釈入りの言葉をなぜ使うのか、理解に苦しむ。こういうわけをわからなくさせる言い回しが延々と続く。

「両国の関係は、「恐怖の均衡」による核のMAD(相互確証破壊)ならぬ、経済のMADE(相互確証破壊経済)などと呼ばれるようになった」。

これ、わかる人いるのですか?

最後の結びはこうだ。

「過渡期とは機会と危険が背中合わせに混在する時期である。飛び出してはならない。一辺倒も危ない。OJTでもいい。複眼で物事に処していく生きる術を学ぶことである」

また、OJTが出た(大笑)。今度は注釈なしだ。これを使いたかったのが主旨だったか。これから試験のとき、学生も「今日はOJTだ」と言うかな。

「生きる術を学ぶことだ」、と言ってくれてるけど、これはわたしたち庶民に言っているのではないことは明らかだ。政権に言っている。

かつて江戸時代、武士はやたら漢文を使い、漢文の読めない庶民との差を明らかにした。漢文を読み、漢文を書くのは知識人のステータスだった。
庶民にわからない言葉を使って平然としている。そこには庶民を相手にはしない傲慢さがあった。

ついでに、もう1本。
「政策ウォッチ」というコラムに「憲法改正」の見出し。
何を書いているのだろう。憲法改正への憂慮か?そうではない。参院選前に堂々と首相は理念を示せ、やれ!」と言っているのだ。記者は村松信次。
むろん、この記事もわたしたちに向けられたものではなく、政治家に向けられた記事だ。

主筆をはじめ、大新聞の幹部たちにとって、政治記事は、国民のために書くものではないようだ。

OJTで書いたので、まちがいがあったらごめんなさい(笑)。

知らしむべからず?

2010-01-06 | 新聞・テレビから
車のラジオで「藤井大臣は小沢さんとの間が原因で辞任した」といろんなキャスター(司会者)がしゃべっていたのを聞いた。そうなのかい。

新聞では、「体調不良」の見出しで、小沢さんの影、指摘している声も、とふれるだけ。ほんとのところはどうなんだ?

大新聞は番記者がいるくらいだから、ほんとのことは知っているはずだろ。でも、テレビほどにも自由にものがいえないのだろうか。大臣がやめる理由くらい、しっかり真相を伝える義務がある。

鳩山さんは、年頭の声明で憲法改正についてふれたそうだけど、これ、マニフェストにあったの?その後、新聞は、鳩山さんの憲法改正についても何もふれようとはしない。

なんのための新聞?知らしむべからず、のための新聞か。

画像は七宝寺の観音さん。でかい!

能勢の文人 「光秀奔る」

2010-01-05 | 日記
今日、車のタイヤを交換しに能勢の地黄の修理工場へ行った。

能勢地黄といえば、能勢陣屋があったところで、城跡もあり、かつては小さいが城下町として、能勢の中心地として栄えたにちがいない。能勢一揆の山田屋大助も、能勢からこの道を通って亀岡にぬけ、京都に出る計画だったが、能勢陣屋の手回しが早く、峠を固められて計画変更になった。
今は、人寂しい古い町(村?)並になっている。

事務所に入ると、机の上に画像の本が。「光秀奔る」(文芸社)。作家から贈呈された本のようだ。
これ、だれ?と聞くと、すぐ近くの酒屋さんが書いた本だという。
そういえば、あったあった。古い作りの家で看板に「摂丹の霧」とか書いてあった。まだ一度も入ったことがないが、そうか、この酒屋のご主人が歴史小説作家、家村 耕という人なんだ。

これまで、「摂丹の霧」「明智の娘ガラシア」の2冊、本を出して、今度で三冊目だ。この本、出版は2010年2月15日初版第1刷と書いている。まだ本屋さんには出ていないのだ。車屋さんは、ご近所なので、何冊も贈られたのか、わたしが、本を見ていたら、どうぞ、ともう1冊持って来てくれて、くれた。ラッキー(笑)。

こんなところに、光秀やガラシャに思いを寄せる文人が潜んでいたとは、能勢も実に奥深い。戦国はちょっと苦手で、あまり本を読んでいないのだけど、この本の帯を紹介する。

「戦国の嵐を駆け抜けた父娘 光秀とガラシャの生涯 明智光秀、晩年の七年間に起こった様々な事件やエピソードから浮き彫りにされる 光秀の真の人物像に迫る力作」。

本の中の挿絵(とても上手な風景画)もこの近くの人が描いたものだという。

今度、この店に酒を買いにいってみよう。そして「処分したい本はありませんかー、古本屋でござーい」と言ってみようかな(笑)。

期待できる「龍馬伝」

2010-01-03 | 映画・テレビ
NKH大河「龍馬伝」第一回を今、見終わった。
大いにいい。期待できる。

土佐の上士と下士の身分差別から語り始める視点もいい。
この視点は今回だけでなく、最後まで維持し続けてほしいと思う。

幕末史は、今まで、たいがい黒船ペリーの外圧から語られるけど、あの倒幕運動を支えた草莽たちには、この身分差別への無意識の反発のエネルギーがあったはずだ。清河八郎、またしかりだ。龍馬は、最後までこの身分差別へのこだわりがあったと思う。

大都会の江戸や大阪では、武士も町人と交わり、めったなことで無礼討ちなどできなかったけど、地方の藩はちがう。はっきりと差別があったと思う。

上士と下士でも差別があったのだから、武士と百姓はその身分差はもっとはっきりしている。宇和島藩などは、幕末になっても、武士は庶民を無礼討ちできたようだ。

その百姓でも、庄屋様に道で会うと、百姓は土下座しなければならなかったそうだ。江戸時代は身分社会だった。そこに視点をあてた時代劇はほとんどなかったけど、こうした視点をとりいれたのがいい。今回だけにしてほしくない。

カメラワークもなかなかいい。福山の龍馬もいい。吉村虎太郎や中岡慎太郎なども出してほしいのだが、まあ、欲をいえばきりがないか。
来週が楽しみだ。

謹賀新年 大阪摂津大仏

2010-01-01 | 日記
初詣。

今年は近場で、あまり人の来ない小さな神社へいこうと、豊能警察署、地横陣屋のあるあたりまで車を走らせた。そのへんから山に大きな大仏があるのが見える。ここはまだ行ったことがない。前から気になっていた。ここに決めた。

正確には釈迦ケ嶽七面山七宝寺というらしい。日蓮宗のお寺。昔から行場(霊場)として知られる。七宝寺は以前にきたことがあり、知っていた。黄金の巨大な十一面観音像が建っている。とにかく、石仏石像が多い。どれもけっこう新しそうだ。行者の修行をする場所は立ち入り禁止で、その場所の前には二対の天狗像が建っている。

大仏はそこからまた細い山道を登っていったところにある。
ここは初めてだ。いた、いた。大きい。山の頂なので、下界の村々(ほとんど田)が見渡せる。

七宝寺にはちらほら何人か参拝にきていたが、ここにはだれもいない。
これが大阪摂津大仏といわれる大仏だ。それにしても、建築費は莫大なものだと思うけど、よく建てたなあ。しかし、こういうのを建てるのは悪くはない。

正月、よそのお寺や神社は人でいっぱいだろうけど、ここでは、大仏さんを独り占めできる。願い事もきっとかなえてくれるぞ。能勢の名所になってもいいのだけど、あまり知られていないようだ。

能勢は妙見山もそうだし、日蓮宗が多い。(たぶん)キリシタンだった能勢頼次が徳川家康につかえたころから宗旨を日蓮宗に替えたそうだが、キリシタンと日蓮宗とはどんな関係があるのか、ないのか、ちょっと興味がある。


正月の社説

2010-01-01 | 新聞・テレビから
正月の社説をネタにして新聞の悪口を書くのも今年で5年目になる。

古本の言葉に「経年劣化」という言葉があり、わたしも自分の本によく使用したけど、まさに大新聞こそ「経年劣化」といいたい。

朝日の社説「激動の世界の中で より大きな日米の物語を」が見出し。

このおそらく船橋洋一が書いたと思われる文章を一読して、なにか頭に言葉が残る人がいるだろうか。腹にストンと落ちて、わかった気持ちになる人がいるだろうか。

世界のさまざの指導者と語らい、常に国際社会の最新情報を集め、世界を高所大所から見るクセのついた(?)、いわゆる論客という知識人の一つの行き着く言論がこれなのかもしれない。そこには、国民や、生活者としての実感が何一つ語られることがない。その言説はなんとなく、太平洋戦争時代の指導者の空々しい無責任な美辞麗句に似ているような気もする。

要するに、「日米同盟の堅持を」が主旨なのだが、強い主張に見えないように、余計な言葉をばらまいて煙に巻く。その点、主張の是非は別にしてまだ読売の社説のが端的でわかりやすい。

「いざというときに日本を一緒に守る安保と、憲法9条とを巧みに組み合わせる選択は、国民に安心感を与え続けてきた」

「日米の歴史的なきずなは強く、土台は分厚い。同盟を維持する難しさはあっても、もたらされる利益は大きい」などなど。日米という言葉は10回以上も使っている。

例年、新聞は正月の特集を組むけど、今年は特段に精彩がない。「日本、前へ」というルポ記事が特集だと思うが、なんだい、これは。

もうひとつの目玉は「どうなる?鳩山政権2010年大予想」だと思うが、鳩山政権を茶化した無責任な記事。これからどうなろうと知らないよ、という傍観者的視点がありあり。

「持論の改憲へ第一歩」の見出しもある。昨年末、鳩山総理は改憲への意向をラジオの収録で話した、という記事だけを報じたが、その後、それについての報道解説はなし。ここでも、改憲をしそうだ、と予想するだけ。で、それについてどう思うのだ?朝日は。

大新聞をはじめ、この国のメデイアは、日米同盟堅持、改憲賛成の立場だと思う。

せっかく、国民が選んだ鳩山政権、それを一番、いやがってるのはメデイアのようで、さかんに鳩山降ろしをやり、国民が選択した政権の不人気をあおる。鳩山びいきではないけど、不快になる。鳩山政権をつぶして、どうするのか。政界再編成、そして、念願の憲法改正?

どこにおすまいか知らないが、総理がだれであろうと、与党がどこであろうと、そんなことよりも、基本の道は憲法改正、まるでそう指示している黒幕がいるかのように、事は進みそうだ。

とにかく、今年の新聞の(朝日しか見てないが)、正月特集はなってない。やる気ゼロを感じた。