らんかみち

童話から老話まで

お大師さん泥棒

2008年06月21日 | 暮らしの落とし穴
 うちに来られたお大師さまは量産品だと貶めるつもりはないんですが、このタイプのお大師さまは当寒村にも何十体となくおわすはずです。もちろんただの偶像ではなく、十字架やイコンと同じで、皆がこの前に集いて般若心経を唱えるための、信仰の対象としてのアイドルなわけです。
 
 どういった使い方をするか具体的には、「今日は皆さんでお大師さまに○○をお祈りしましょう」と、5人組なんかのメンバーが集まって、
「不妄語、不綺語、不悪口、不両舌……」と、数珠を鳴らし終えた後は、
「○○さんところの姑はうんぬんかんぬん」とか、「うちの嫁はどうのこうの」なんて、ここぞとばかりにおしゃべりに興じるわけです。

 早い話が信仰に名を借りた井戸端会議で村の女性たちは親交を深めたんでしょう。今のお婆ちゃんたちが若いころは、洗濯機も冷蔵庫も無かったわけですから、子沢山の村の女性たちはにとって、こういった催しは貴重な息抜きだったにちがいありません。その名残がつい数年前まであり、何人かの持ち回りで行われていたようです。
 
 しかし物質的、時間的に余裕のある現代にいたっては、お大師さまの力にすがる必要もなくなって、「長い間うちがおだいっさん持っとったけど、手がだるくなったから、次あんたとこが持ってね」と、お鉢が回ってきた次第です。
 
 お大師さま信仰もかくして形骸化してしまったので、HAL家で打ち止めにしても、お大師さまをHAL家所蔵にしても、どこからも文句は出ないでしょう。でもそれはやっぱり罰が当たりそうに思えるので、こっそり菩提寺のどこかに紛れ込ませようかと目論んでます。