念版屋スケッチブック

日々のスケッチ、星のメモ帳

子供の歓声はうれしい_王子動物園

2011年04月30日 | 

         痩せたトラでもすぐそばまでくると歓声があがる。

 

土曜は神戸花鳥園から三ノ宮へ出てヤマダ電機でデジカメ用のSDカードを買った。

花鳥園でメモリーを使い切ってしまった(8GB)ので思い切って32GBを買った・・・2年程前には高くて手が出なかったが今は32GBでも1万円そこそこで買える。

南京街が近かったので寄り、そこから元町あたりから北野を通って新神戸近くのホテルまで歩いた。

翌24日(日)は王子動物園に朝から行った。

ホテルから近かったこともあるが、パンダがいるらしいというのが一番の理由です。

家族そろって動物園に来るのは娘が赤ん坊の時以来です。

娘は1才くらいのとき上野動物園でパンダを見ているのですが完全に忘れています。

季節的なものあるかもしれませんが、この動物園で見た動物たちの印象は『痩せていて貧弱、精神的に弱っている?』というのが正直な印象でした。

ただ来園者は小さな子供連れが多く、かわいい子供たちの歓声がうれしかったです。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

  

 

 

  

 

 

    

 

 

 

 

  

 

 

 

 


悲しい目?_神戸花鳥園

2011年04月26日 | 

 

 雨が降ったときはここと決めていた。

晴れれば行かなかったかもしれない。

いつも見る野鳥の目とちがい心なしか悲しい目をしていたように思える。

ここで産まれた鳥は自由さえ知らないのかもしれないが・・・。

小さめの画像を羅列します。

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 

 

  

 


神戸_雨のち晴れ

2011年04月24日 | 

 

  会員制のホテルのチケットを貰ったので神戸へ出かけてきた。

特に行きたいというわけではなかったが他の場所(嵯峨野や鹿児島など)に比べ手ごろで行ってみたいところもあったので神戸にきめた。

 

ポートアイランドからの六甲山はかすんではっきり見えませんでした。

 

一日目はあいにくの雨、二日目の最終は兵庫県立美術館へ。

以前、王子にあった近代美術館が震災後新しく建った兵庫県立美術館に併合されたようです。

ちょうど入れ替え時期で企画展(カンディンスキー)は26日からで「伊藤コレクション」しか見られませんでしたがかえってすいていてゆっくり見ることができました。

東京芸大で教わったこともある小磯良平は特別展示室もあり初期の作品群を拝見することができました。

戦後の作品は六甲アイランドにある『小磯良平美術館』にたくさんあるそうです。

先生の若い頃の精気に触れた思いです。

 

『撮影はダメですよね?』と尋ねると・・・『フラッシュをたかなければOK』と

ようやく日本もヨーロッパ並みになったかと感心する、しかし他の美術館ではどうだかわかりません。

 

 

 岸田劉生『自画像』

 

 

 

 小磯良平、若い頃の作品。

 

 

 

 小磯良平

 

 

 

 岡田三郎助

 

 

 

 上村松園(部分)

 

久しぶりに格調高く崇高なものに触れた思いです。

 

 

 

帰りの新幹線から


足慣らし_東浦までサイクリング

2011年04月10日 | 自転車

 

 いよいよ身体がなまってきたので、屋外へ繰り出すことにした。

三本ローラーもサボり気味なので、ロードバイクでひたすら走りに徹してくる勇気がなかった。

途中で鳥など撮って休みながら楽しく走ってきたかった。

レンズとデジ一眼は重くなるが、クロスバイクならぶら下げても走ってこれる。

広々としてあまり人がいない所で野鳥もたくさんいる場所・・・・・境川河口の東浦側ならそれほど遠くない。

途中、クロスバイクだと車道を走っていると被せてくる車がけっこういた・・・・歩道を走れと言わんばかりに。

 

Google Maps with 轍

Map上にも画像をたくさん添え付けしました。

往復の走行距離は 45kmほど

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

農道上でこちらを見るイタチ。

 

 

バン

 

 

帰りに桶狭間の池に咲く満開の桜・・・酒類をやらずに家族で花見をする人達が。

 


ごんぞう

2011年04月06日 | お勉強

 

 「ごんぞうの魂」という面白いタイトルがついた新日本紀行を予約録画しておいた。

私の最初のハンドル・ネームは「ごんぞう」でした・・・「ごんぞう」というハンドル・ネームは他にもいたようでまぎらわしいので「ごんべ絵」に換えたのです。

私が美大受験時代に通っていた予備校(美術研究所)で年上の女性受験生(浪人)たちから付けられたあだ名が「ごんぞう」だったのです。

ただ響きだけからだったのか、意味も判らず付けられたブサイクなあだ名でした。

 

今回のこの新日本紀行で「ごんぞう」の由来がわかりました。

日本の経済発展を担った北九州・洞海湾で働く、港湾荷役の人たちを「ごんぞう」と呼んだそうです。

昭和30年代の洞海湾は国内最大の石炭集積地であり、その石炭荷役で一旗上げようと全国から人が集まったようです。

『ごんぞう』という呼び名の由来は・・・酒飲みで喧嘩ばかりしていても不思議と人気のあったごんぞうという沖仲仕から出たとも言われています。

 

 

 

 

 

中には女性ごんぞうもいたようで 美和明宏の「ヨイトマケのうた」を地で行っているうなたくましさです。

 

 

親子3代ごんぞうをしてきた人の口から出る言葉はすがすがしかった。

「人は汗して働かな・・・」  「女房や子供も食わさにゃならん」  「ごんぞうしていた人は陸へ上がってもどんな仕事をしても辛くない・・・」

 

まともに働いてきたことがない私には耳が痛い言葉ではあるが・・・・エゴを捨て働き通してきた人の顔はすがすがしい・・・。

また私はハンドル・ネームを 『ごんぞう』 と名乗ることにしました。


チェーン交換

2011年04月02日 | 自転車

 

走行距離4000kmを越えてきたのでチェーンを交換することにした。

最近は時々チェーンが外れるのが気になっていた。

レースをやるわけでないし、ゆっくり走るので5000kmは持つと思っていましたが、気分転換にもなるし交換することにしました。

 

私のビアンキのロードバイクにはシマノのチェーンではなくKMCのチェーンが着いていた。

シマノ製より若干高い(4000円ほど)。

最初なので同じチェーンをつかうことにした。

 

このチェーンはピンではなくミッシングリンクで接続する。

しかし長さを決め取り付けるのにチェーンを切断しなくてはならない。

 

 

 

 

 

アウターxトップの状態でスプロケットの中心とテンションプーリーの中心が垂直線上にくるように長さを決めチェーンを切断。

 

ミッシングリンクをはめて接地してペダルを漕げば(負荷をかければ)リンクはロックされます。

今回はチェーンだけ・・・次回はチェーンリンクも交換しなくてはいけないかも。

 

その後3本ローラーを漕いだがギア2速分ほど軽くなったような感じです、

ギヤを入れ間違えているかと確認したほどです。