ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

『3Dプリンター』と『解釈』と。

2014-05-11 07:24:45 | 日記
3Dプリンターで樹脂製の拳銃を作った青年が、銃刀法違反容疑で逮捕されました。
動画投稿サイトに動画を載せていたので逮捕に至った、という経過であれば、
本人自身は、逮捕されるほどのことではないと安易に考えていたのかもしれません。

それにしても、技術の進歩とはすごいものです。
私の様な高齢者からすれば、もう仰天する以外にないのです。
以前テレビの番組で、3Dプリンターを使用すれば、製造業や医療分野では大
層役立つものであることなどが、報じられていたように記憶しています。

3Dプリンターを使用した樹脂製であれば、金属探知機で検知できないということですから、
銃などが作られてしまうと、社会的には新たな不安を呼び起こすことは確かでしょう。
「銃砲刀剣類所持等取締法」というものがあるわけですから、銃などは作ってはいけないことです。
もちろん使用してもいけません

それにしても、人間の持つ知識の産物としての技術は「両刃(もろは)の剣」です。
柳刃包丁を用いて板前さんは芸術品のような お刺身を造りますし、不埒ものなら
他人を殺めたりもできるのです。

銃刀法違反容疑で逮捕された青年は、拳銃を所持していた理由として、
〔自衛のための武器と お守り〕と供述しているとか。
古屋国家公安委員長は、3Dプリント銃関連で、
「ルール上の問題、法制上の問題も含めて対応していく必要がある」
と記者会見で語りました。

ところで、「武器」を「装備品」と読み替えて武器輸出を可能とするという政府のやり方は、
法的な問題にならないのでしょうか。
法以前の社会的倫理規範には悖る行為だと思います。

このところ、「集団的自衛権」問題が私たち国民から離れてしまって、政権与党内の
事務レベルのように報じられていますが、とても危惧を覚えています。
国民の将来に係わる重要な問題です。
憲法に関しては、しっかりと国会で論じてほしいと思います。

日本国憲法の第九条には、
【国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、
永久にこれを放棄する。また、その目的を達するため戦力は保持しない、
国の交戦権は、これを認めない。】
と、しっかり書かれています。

国の『最高法規』ですから、時の政権が勝手に解釈・変更してはいけないことなのです。
                                    〈ゴマメのばーば〉
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「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

2014-05-10 07:25:06 | 日記
NHK連続テレビ小説『花子とアン』を毎日見ています。
『ごちそうさま』も面白かったのですが、『花子とアン』も、楽しんでいます。

昨日9日の放映ですが、連子さまは 甲府の花子の実家を花子と一緒に訪ねました。
夜の囲炉裏端で、花子のお母(か)ぁは、火吹き竹で囲炉裏の火をおこしながら
『連子さぁ、いま、一人じゃぁ抱えきれねえもんを抱えこんでいるんじゃねぇだけ』
と連子に訊ねます。
連子は、自分の生い立ちなどを語り、『お母(か)ぁ』と、呼んでもいいかと甘えます。
すりよった連子を抱き寄せ、
『でぇじょうぶ、でぇじょうぶだよ』と言う花子の お母(か)ぁ。

涙が出ました。
私も幼い頃、心配ごとや、怖いこと、そして漠然とした「死」への不安などを抱え込んでいた時、
母は ただただ、
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と抱きかかえ、背中をポンポンとやさしく叩いてくれて
いたものでした。

戦時中、空襲警報発令以前の敵機来襲で、防空壕へ避難出来なかった時なども、
部屋の中で私や兄を抱え込み
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と言って、背中をトントンと叩いてくれていました。
ヅヅッヅドーンという爆弾の破裂音と地響き、パン・パン・パンという機銃掃射の音、
恐怖に身動き出来ないさなかにあっても、不思議に母の、
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
は、私を落ちつかせてくれたのです。

あの時の恐怖感はよみがえって来ませんが、トントンと身体に響いて来た安らぎは、
70年を経た今でもしっかり身体の中に取り入れられているのです。

3年前、大地震と原発事故にかかわる放射線への不安と恐怖のなかにあっても、
身体のどこかに、あの母の「だいじょうぶ、だいじょうぶ」が、音もなく響いていたように思えます。
ありがたいことです。

連子さまは、兵隊に志願したいという花子の兄に、与謝野晶子の、
「君死にたまふことなかれ」の詩集を与えます。
     《あゝをとうとよ、君を泣く、
      君死にたまふことなかれ
      末に生まれし君なれば
      親のなさけはまさりしも、
      親は刃(やいば)をにぎらせて
      人を殺せとをしえしや、
      人をころして死ねよとて
      二十四までをそだてしや。》

いつの時代でも、母は、いのちを「生かして」と願っているのです。
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「ふきのとうのてんぷらを食べながら、」

2014-05-09 07:31:27 | 日記
この季節の山菜が大好きです。
ふきのとうのてんぷらを食べながら、友人のことを思い出しました。
『季節のモノは健康にいいんだから』
と、いつも薦めてくれていました。

自然食、それも無農薬の野菜・穀類などを選んで食べていた友人でした。
親友でした。
もう、逝ってしまってから10年程になります。

『食べて見て』
と、時々 私に手渡してくれたクッキーらしきもの、ジュースらしきもの。
「これなーに」と、いながら口にしました。
不味さと一緒に思い出します。
クッキーは、コヌカの味がしましたし、ジュースらしきものは青臭く、
鼻をつまんで「ごくり」と飲むほかなかったのです。

栄養学的には優れモノだったのでしょうが、私は、好きになれませんでした。
食べると言うことは、健康を維持するという目的があるわけですが、
やっぱり、
お薬ではないので楽しく満足感が得られなくては、と私は思っています。

若い頃は、ヘビースモーカーの私でした。
健康には良くないと知りつつも止められなかったのです。
止めようとも思わなかったのです。
仕事を終えての一服、
目覚めの一服、
寝る前の一服、
よくもまあ、吸いました。
今は、ひょんなきっかけでタバコとは縁が切れてしまいました。
そんな私に友人は、親しいだけに厳しいクレームを付けたものです。

忠告が正しいことは よく判っていたのです。
でも、
「健康食品なら、もう結構よ」
と、私は拒絶し続けていました。

こんなにも早く逝ってしまうのなら、お世辞にでも、一度や二度くらいは、
「あぁ おいしいね」
「健康的 ヘルシーだね」
そう言って上げれば良かったと、悔む気持ちと共に時々思い出すのです。
友人は、
〈今頃じゃ間にあいません〉
と、あちら側で言っていることでしょう。

先月・4月27日の「福島民報」日曜論壇で、福島県立博物館館長の赤坂憲雄先生が、
里山の大切さや、自然エネルギーの重要さを述べられていましたが、その論評のなかで、
つぎの言葉が心に残りました。
     《自然エネルギーは、それ自体が正義というわけではない。あらゆる技術は、
      それをコントロールする倫理なしには、逸脱し暴走する》と。

そして気づいたのです。
何故、あれほど頑なに、私は友人の「健康食品論」へ拒絶反応を示したのかということに。
それは、友人が「健康食品」自体を〈正義〉と位置づけていたせいかもしれません。
私がそのように誤って受け止めたからかもしれないのですが。

きっと、友人は、
「ったく、理屈ばっかし言って」
と苦笑いしているに違いありません。
お世話になった良き友人でした。
                                 〈ゴマメのばーば〉
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《アイス》の歌

2014-05-08 07:21:55 | 日記
この四月から、私の所属している教会に新しい牧師先生が いらっしゃいました。
3年前の震災被害で牧師館が住めなくなってしまい、今年の春、新牧師館もできあがりました。
沢山の方々に支えられて新築が成ったので、感謝でいっぱいです。

先だっての礼拝説教のなかで、牧師先生が次の様な話をして下さいました。
以前 牧会をなさっていた教会に、幼い子どもが家族と共に集(つど)っていたそうです。
その児は、『アイスの歌』が大好きで、この歌になると大はしゃぎをしたそうです。

『アイスの歌』というのは、讃美歌21・484番『主われを愛す』なのですが、
多分、その子どもさんは、アイスクリームをイメージしていたのであろうかと、
ほほえましく感じながら説教を聞いておりました。
私は、説教を聴き終えてから、3年前のことを思い出しました。

《未曾有の地震の揺れもさることながら、幾度も、いくども押し寄せてくる余震に、
身体も心も、絶えず揺り動かされている様な不安の中で、あの時期を過していました。
原発事故に関しては、収束への道筋も示されないまま、連日、様々なメディアが、
異なった見解の放送合戦を呈していましたし、チェーンメールなども送られてきたのです。

とにかく、放射線は「自分の目で確かめる」という生物の本能的防御感覚が用を為しません。
それに、カタカナ表示の単位・計量が理解できないことへの不安も大きかったと言えるでしょう。
74年間生きてきて、戦争の災禍や不測の困難、罹病などにも遭遇しました。
それなりに、生きることへの しぶとさなども持ってはいる、と自負していたのですが、
不安に慄く情けない自分の姿に気づかされたのでした。

そうした不安の折、私は、独り口ずさんでいたのです。
    ♪主われを愛す 主は強ければ
     われ弱くとも おそれはあらじ
     わが主イェス わが主イェス
     わが主イェス われを愛す。
             (讃美歌21 484番)
若い頃から習いおぼえた讃美の歌、多くの先達が久しく歌い継いで来た讃美の歌が、
“ここに在るよ”と言うように立ちのぼって来て、こぼれる様に、呟くように、私は歌っていました。
そして眠ったのです。
余震も気にせず、ただひたすらに、ただ穏やかに。》

牧師先生は、
「神さまは、いつでもご自分の方から愛の手を差し伸べて下さっています。」
と語られ、
『アイスの歌』が好きだった〇〇ちゃんは、神さまに愛され、自分もまた
神さまを愛する大人に成長していると思います、と話して下さいました。

私は説教を聴きながら、
『あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ』
         (旧約聖書 伝道の書12・1 日本聖書協会1955年改訳)
を思い浮かべていました。
なんだか、自分が幼い子どもになった様な気がしたのです。
                                 〈ゴマメのばーば〉
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一にも二にも『不断の努力』を。

2014-05-07 07:28:15 | 日記
〈憲法問題をテーマに掲げる市民や団体のイベントに対し、後援を見直したり、
施設を使わせる際に内容に注文を付けたりする〉
こうした自治体が増えているそうです。
これは恐い話です。
直接的には、政治的中立を装っているだけに恐いことです。
自主規制という恐ろしさです。

かつて太平洋戦争へ突入して行った際も、行政の下部組織や個人が、このような形で
戦争体制に組み込まれて行ったのであろうと思います。
もちろん、現在の様に、世界や国内の政治状況について、国民の多数が情報を得ていたわけでは
ありませんから、国民一人一人の責にのみ帰するわけにはいきません。
でも自分の身近なところで波風を立てたくない、
僅かであっても不利益を被りたくないという意識が、とてつもない大きな災厄を
招き込む体制を容認し、加担してしまったという責任は免れないと思います。

いつの時代でも「お上」には逆らわない、逆らえない、こうした形での自己防衛は
容易になくならないのでしょう。
自己保全ということであれば、当面の上策ということにはなるでしょうから。
こうしたことは、単に自治体という機構だけでなく、私たち一人一人に
突きつけられた大きな課題だと思えるのです。
今後益々、問われてくることは必至です。

人は、自分に何らかの不利益を被ることさえなければ、いつでも正義という壇上から
「正論」を述べることができます。
義憤さえしてみせることができるのです。

現在の様に現政権の勢力が強力であればなおのこと、是非はともかく
強い流れの方に身を置きたくなってくるのでしょう。
〈背に腹は代えられぬ〉と言う諺もあります。
自分自身と如何に闘っていくのかということが、今、問われている気がいたします。

まず私と言う個人が、自分の置かれた場所や立場で、憲法第十二条にあるように、
    『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、
     これを保持しなければならない。』

ということを、肝に銘じなければいけないのではないでしょうか。
まず私自身が、省みなくてはならないのだと強く感じさせられました

「不断の努力」。
一にも二にも『不断の努力』を。
                                 〈ゴマメのばーば〉
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