ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

あったかーい電話。

2020-07-29 06:06:14 | 日記
教会の先輩であるKさんから「本」を送っていただきましたので、お礼の手紙を昨日出しましたところ、本日、Kさんから「手紙のお礼」の電話がかかって来ました。
私が教会の礼拝を暫く休んでおりますので、お見舞いと言うか、私に〈元気になって、また会いたい〉とのエールだったと思います。
耳が遠くなって、腰も痛みが出て来て歩きにくくなった、目も・・・と、話されていましたが、電話の声はしっかりとした明るいトーンで彩られていました。
「じゃぁ、お元気で また会いましょう」
と、挨拶を交わして受話器を置きましたが、「お礼の手紙」へ、「お礼の電話」。
なんだか、心があったかーくなって来ました。
Kさんは、ご自分も読んで感動し、得るところがあった「本」(「コヘレトの言葉を読もう」小友 聡著)を私に送って下さったのですが、お年を召された分だけ深い「読み」をなされたことと、推測いたします。
以前、「読書コミュニティ―ネットワーク」主催の講演会で、講師の岡田淳氏から
《ひとは自分の掘った井戸の深さで本を読む》
と教えて頂きましたが、きっとKさんは、それを地で行ったことでしょう。

孫が夕方電話で、「これから夕食の買い出しに行く」と言っていました。
黒田三郎の詩が、ふっと心に浮かびました。
シングルファーザーではありませんが、共働きの夫婦です。
食事の支度も買い物も、パパも上手にこなしています。

     『夕方の三十分』
                  黒田三郎
     コンロから御飯をおろす
     卵を割ってかきまぜる
     合間にウィスキーをひと口飲む
     折紙で赤い鶴を折る
     ネギを切る
     一畳に足りない台所につっ立ったままで
     夕方の三十分

     僕は腕のいいコックで
     酒飲みで
     オトーチャマ
     小さなユリの御機嫌とりまで
     いっぺんにやらなきゃならん
     半日他人の家で暮したので
     小さなユリはいっぺんにいろんなことを言う

     「ホンヨンデェ オトーチャマ」
     「コノヒモホドイテェ オトーチャマ」
     「ココハサミデキッテェ オトーチャマ」
     卵焼をかえそうと
     一心不乱のところに
     あわててユリが駈けこんでくる
     「オシッコデルノー オトーチャマ」
     だんだん僕は不機嫌になってくる

     化学調味料をひとさじ
     フライパンをひとゆすり
     ウィスキーをがぶりとひと口
     だんだん小さなユリも不機嫌になってくる
     「ハヤクココキッテヨォ オトー」
     「ハヤクー」

     かんしゃくもちのおやじが怒鳴る
     「自分でしなさい 自分でェ」
     かんしゃくもちの娘がやりかえす
     「ヨッパライ グズ ジジイ」
     おやじが怒って娘のお尻をたたく
     小さなユリが泣く
     大きな大きな声で泣く

     それから
     やがて
     しずかで美しい時間が
     やってくる
     おやじは素直にやさしくなる
     小さなユリも素直にやさしくなる
     食卓に向かい合ってふたり坐る
                (詩集「小さなユリと」から)

私たち夫婦も共働き夫婦でした。
労働組合の役員をしていた連れ合いは忙し過ぎて留守がち。
年子で生まれた子供たちを、それぞれが負んぶしてデモにも参加。
カレーを沢山 たくさん作り置きして 子どもたちに食べさせたり・・・・・・
でも、忙しくはあっても、たしかに、
  《やがて/しずかで美しい時間が/やってくる》
のです。
                      〈ゴマメのばーば〉
コメント (2)
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