朝顔

日々の見聞からトンガったことを探して、できるだけ丸く書いてみたいと思います。

金閣寺

2015-03-10 | 京都の文化(冬)
「金銀苔」ツアーの最後、金閣寺に着きました。



ガイドの三浦さんの趣味、巨木探しとして、この「イチイガシ」を説明してくれました。

境内に入ってすぐの門の横に、普通はだれも気がつかない場所に、こんな大きな木がそびえています。

もう一つの一位樫(いちいがし)は、



参拝券を販売している小屋の向かい側にあります。京都指定天然記念物、樹齢700年。土壌、水を選ぶ木なので、かつては京都にはもっと多くあったようですが、現在は非常に少ないとのこと。奈良の春日大社境内にはもっと多くのイチイガシがあると聞きました。

今回のツアーでは意図的に金閣寺の閉まる少し前の時間を狙ったそうですが、



まだまだ多くの観光客がいて、外国語が飛び交っていました。



この人工的に整形された松は、陸舟の松。樹齢600年、義満の盆栽から移植されたものと伝わり、西を向いて西方浄土に向かう思いが表現されています。



西日に照り映えて、その金色が美しく「鏡湖池」に反射していました。、



この池にある「葦原島」、日本国をかたどった島で「豊葦原瑞穂国」が名前の由来です。

この写真の島の水際に並ぶのが「三尊石」です。仏像の三尊仏のように、中央に背の高い主石(中尊石)を、左右に低い添石(脇侍石)を配して構成されます。銀閣、西方寺の池にもあって、説明を受けたのですが、忘れてこのブログでは掲載していません。代わりに、好事家のブログをリンクしておきます。

細川石、畠山石、赤松石といったかつての有力武将達が競って献上した奇岩名石が各所に配されています。



わけても、この松の木の小島の左手前にある石は、「九山八海石」(くせんはっかいせき)といって、須弥山を囲む九つの山と八つの海という仏教世界観を表現した銘石です。

この石を義満は、中国で探して運ばせたという話と、一方、元々は銀閣寺にあった九山八海石を織田信長が取り上げてその後所在が転々として最後にここに収まったという説があります。

ピントの合ったきれいな九山八海石の写真がネットにあったので、引用しておきます:


(引用:http://muso.to/teienn-kinnkaku.htm ・・この中田勝康さんのウェブは日本庭園にマニアックなサイトです)




白い砂の庭から池に向かって、数個の四角い黒い石が並んでいます。

これは夜泊石(よどまりいし)です。西方寺(苔寺)にありました。そちらの方が作庭としては古いのです。



「鯉魚石」、これも西方寺の枯山水にあります。水の流れる滝石組で、この手前に座禅石がありました。(カメラ電池切れ)



上の場所から金閣を展望しました。以前は手前の木々が茂っていて見えなかったのですが、最近、観光客サービスとしてか伐採したので展望がよくなったとのことです。

やはり、専門知識のある人に案内してもらうと、一層楽しく歴史や伝統文化を知ることができます。

実りある一日でした。「まいまい京都」さん、ガイド三浦豊さんに感謝。

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