朝顔

日々の見聞からトンガったことを探して、できるだけ丸く書いてみたいと思います。

阿育王寺 初期仏教を保護したインドのアショカ王

2012-03-20 | 中国仏教寺院2012
普陀山島で宿泊した翌朝、船の都合で早朝7時に一番でホテル食堂で朝食をとって7時半にロビー集合。
ところが、海上が濃霧のため船が出航延期となってしまいました。



無為にホテルロビーで時間待ちをしていたところ、旅行社の代替アレンジと交渉が功を奏して、もっと近い別の港に向かう船とそこからのバスの手配ができたとのこと。急遽、港に駆けつけました。



乗船場待合室には、電気釜がずらっとならび、おかゆの朝食を売っています。一杯5元、約70円。



来るときよりは大型の船に乗り込みます。改札口から桟橋まで、ほとんどのお客が我先にと駆け足で進みました。

このあたりは、舟山列島と呼ばれて多数の島があります。最も大きな島へ橋が架かっている隣の島までは15分くらいの乗船時間でした。ちゃんとその港には別の貸し切りバスが待っていました。このあたりの臨機の変更は中国観光業者の進歩とケータイ電話のおかげでしょうか。

普陀山の観光売店で買った地図は古くて、道路橋や新設道路が書いてありませんが、その港からは道路と橋で寧波までつながっていました。

次に向かったのは、阿育王寺。



門前には、物売り、音楽演奏で寄付もらい、乞食も数人いました。普陀山ではゼロだったけれど。



江澤民が書いた寺の額が堂々と掲げられています。

中央政治が承認していることのアピールでしょうか。

インドで仏教を保護したアショカ王が、紀元前232年頃、世界各地に8400もの舎利殿を建て釈迦のお骨を納めたと伝えられていて、中国には19基があったそうです。現在残っているのはこのお寺だけです。アショカの名前を中国語に翻訳して、阿育王寺。



境内に入ってまず目をひくのは、この塔でした。奈良時代、日本へ渡来した鑑真、日本から留学した道元、雪舟も滞在したと記録されています。その雪舟の残したこの寺の絵には、この塔が三基描かれています。そこで最近、三つ目の塔が復元されました。



これが最新の塔。



釈迦の生涯を描いた大きなレリーフも新しく作られています。



ここでも参拝する人は盛んに長い線香に火を付けていました。



指さしてお堂の屋根を眺めている人々。



屋根の上に丸い鏡が取り付けられていて、それが光るのが見えると御利益があるそうです。



仏舎利を納めているお堂です。





コメント
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