ジェンダーからみるカンボジア

カンボジア社会について、ジェンダー視点から色々な情報をお届けします。

クメールルージュ時代に結婚(RF8)

2015年10月05日 | CHILDHOOD in KR

 

ボーカエヴチャッでインタビューをしていたら、学生の一人に近寄ってきた3人組。

「クメールルージュの子どもグループ?話すよ!』って行ってくれた男性は、妻も子どもグループにいた人。

すでにノルマは達成していたんだけれど、話してくれる人がいるならやめられない。「雨が降ってくると困るから・・・・」ということで、彼らの豪邸まで車で移動して、インタビュー開始。

↓わたしは妻のインタビューを学生と進める

トボンクモムにいたとき、72−75年はクメールルージュの演芸部にいて、ダンスとかしてたんだけれど、75年にコンポンチャムに移動させられて、苦労を重ねる。

↓インタビューさせてもらった豪邸は大自然の真ん中にぽつんとある

会議で、殺害する人を選んでいたのを覚えてたり、CODE7で厳しく統制されていたなど、さすが本拠地にいた人は色々知ってるなと感心。

↓こちらは夫、どんな話がきてたのやら・・・・

 

合計25名のインタビューをとって、無事ミッション終了。

 

 

 

 

 

 


食べるために従った娘(RF7)

2015年10月05日 | CHILDHOOD in KR

 

今回は、タケオ出身の人がとっても多かった。

ボーカエブでは調査継続が難しので、別の村に移動することに。

↓どこの村が住民が多いか聞いてるところ

とりあえず、ボーカエブチャを目指す。

 

↓夜食べものを盗んで空腹をしのいだ

 

インタビューしてたら、妹さんの夫がやってきて、「子どもグループにいた?」って聞いたら「いた」。

まだインタビューをおえてないお嬢さんグループがいたので、電話で呼び出して、この人のインタビューもとってもらう。

↓酔っ払ってたんじゃないかな・・・・


少女兵(RF6)

2015年10月05日 | CHILDHOOD in KR

 

 

今回最大の成果は、少女兵へのインタビュー。

 

↓強制的に軍の施設につれていかれて、訓練をうけた

格闘技を学んだ経験や、食べ物や薬はたくさんあった話、解放で山につれていかれて兵士から「女子は村へ帰れ」と言われ、大きな銃をかついで胸まで水につかって川をわたって逃げた話・・・・

子ども兵の調査もできそうだな、って思えたのである。

 

 


牛をなくして殴られた思い出(RF5)

2015年10月05日 | CHILDHOOD in KR

 

 

小さいとき、父親から殴られた少女。

↓牛の世話をしてたのに、牛が何処かに行ってしまったそう

小さいときにうけた家庭での暴力の経験が、自分の子育てにどう影響しているか、クメールルージュ時代との関連は、という視点をみたくて、暴力に関する質問はけっこう設定した。

孫たちとわきあいあいインタビューを受けてくれて、聞いてて楽しい話もたくさんあった女性。

 

 

 

 


クメールルージュ時代にプノンペンの病院で入院(RF4)

2015年10月05日 | CHILDHOOD in KR

 

ボーカエブの市場でRF3をインタビュー中に、 ふらふらっと覗きにきて、「何やってるの?クメールルージュ?子どもグループ?わたしもいたわよ!」ってことで、さっそく学生を電話で呼んで、インタビューをとってもらうことになった女性。携帯電話があるってほんとに便利。

↓いとこか叔母がクメールルージュの医者だった

キューサムパンとか、指導者の名前がどんどん出てきて、直接会話したわけではないけれど、病院で有名人をみたそうな。

静かなプノンペンにいって、一週間入院していた。食べ物はたくさんあって、軍の指導者ばかりがいたそう。

 

78年後半で、いとこにプノンペンにとどまるように言われたんだけれど、こわくて、村に戻った。

78年にプノンペンを訪問したって、珍しい経験。もっといろいろ聞きたかったけれど、病期だったしあまり覚えてないそうで、まあそんなものだろうと思うのである。

 

 

 


クメールルージュ時代ずっと寺に隠れてた子どもたち(RF3)

2015年10月05日 | CHILDHOOD in KR

 

 

 「戦争期に子どもだったんですけれど、ずっと寺に隠れてたっていう女性が・・よくわからないんです・・・・」という電話連絡を受けて、さっそく現場に向かう。携帯電話ってほんと便利。今回は、学生の一人がボランティア参加してくれて、インタビューのコーディネートをずっとしてくれたので、仲間での連絡体制もばっちり。

↓タケオで、ずっと寺に隠れてた、妹といっしょだった

寺で水浴びをしていた時、兵士が子どもたちの足をもって木に投げつけて殺すのを目撃。こわくてすぐに逃げた。なんども何度も泣いた彼女、子どもだったのに妹の面倒をみながら2年以上隠れてて、どんなにこわい思いをしたのか、想像を絶するのである。

このインタビューは、2時間以上。かなり混乱していたので、ゆっくり何度も聞き直したり、休憩したり。

でも、最後まで、学生たちはとても頑張った。

 

 

 

 


強制結婚させられそうになった少女(RF2)

2015年10月05日 | CHILDHOOD in KR

 

 

今回は子どもの調査だからと思って、「親が強制結婚させられましたか」という項目はつくったけれど、本人の結婚については聞いてなかった。

合計25名インタビューをとったうち、強制結婚させられそうになった女性は一人、結婚したカップルが1組、合計3名が結婚に関係してた。

↓1978年後半に、強制結婚させられて、拒否した

まだ15歳くらいだったのに、「妻にしたい」と男性側から要望されたそう。拒否したら、強制労働させられて、そのまま解放となった。