石仏散歩

現代人の多くに無視される石仏たち。その石仏を愛でる少数派の、これは独り言です。

138東京都北区の石造物-10-志茂4丁目

2020-01-12 09:54:20 | 石造物巡り

▽志茂熊野神社(志茂4-19-1)

 とにかく参道が長い。

鳥居は、享和4年造立の石鳥居。

神木の梛の木は、南国に自生する樹木で、伊豆半島が北限と言われ、東京で生育するのは奇跡だそうだ。

溶岩の上の狛犬は、真っ白で新しい。

平成11年に作りなおされたばかり。

岩の中腹にいる子獅子と対を成している。

本殿右奥の古めかしい神社の前には、

「大山阿夫利神社」の石碑が立っているが、

このほか、浅間神社、大六天神社、十二社神社が合祀されている。

境内は広いのに石造物は少ない。

唯一大きな石碑は「日露戦役記念碑」。

本殿左には、水神社もある。

熊野神社と他の末社はすべて、南面しているが、水神社だけは、荒川に向いて北面している。

昔は、荒川の渡し場にあったもので、渡しがなくなって、ここに移されてきた。

▽真言宗智山派・帰命山阿弥陀院西蓮寺(志茂4-30-4)

 山門前右に石仏群。

六地蔵と地蔵4基だが、地蔵の内2基は庚申塔。

元禄15年(1702年)

享保5年(1720)

六地蔵の脇におわすのは、馬頭観音庚申塔。

宝暦7年(1957)

山門は閉じられていて、入れない。

通用門に向かうが、ここにも六地蔵がおわす。

本堂は改修中のようで、工事用テントで覆われている。

西蓮寺といえば、なんといっても板碑群だろう。

本堂内に2基、墓地に1基、本堂前に8基が並んでいる。

中でも最大の板碑は「弘安九年(1285)正月晦日阿弥陀一尊種子」。

区内2番目の古さだが、惜しむらくは、上部が欠けていること。

もともとこの寺にあったものとどこかから移されてきたものと混在しているようです。

墓地の1基は、歴代住職の墓域にある。

主尊に大日如来の真言と大日経の偈を刻んだもので、文明12年(1480)9月28日の銘がある。

 ▽庚申堂(志茂4-30-11)

西蓮寺を出て、右へ進むと丁字路の右にお堂がある。

「庚申堂」の提灯が下がっている。

西蓮寺の境外仏堂で、寺が管理しているので、きちんと整備されている。

庚申塔の写真を撮ろうと思うが、扉があかない。

格子の間にレンズを突っ込んで撮った写真が下のもの。

痩せてまるで骸骨のように悲惨な有様なのは、功徳があった場合、塩を奉納する習慣があったから。

塩によって像容が崩れた石仏は各所にある。

▽橋戸子育て地蔵堂(志茂4-43-2)

 東十条の地蔵堂二つもそうだったが、ここ橋戸子育て地蔵堂も商店街の管理下にある。

手入れが行き届いていて、気持ちいい。

お堂の中のお地蔵さんの説明文があるので、添付しておく。

右から2番目が子育て地蔵か。

元禄13年(1700)造立の庚申塔。

珍しいのは、その隣の庚申塔。

大日如来の化身と言われる大霊権現を主尊とするものだが、同じものが他にあるとは思えない。