「(十善戒を)百歩の間持(たも)つすら 仏になるとのたまえば 萬行中の易行なり 唯 ひたすらに守るべし」(慈雲尊者の和讃終わり) 十善戒を持つは菩提心を起すなり、菩提心を起すは 仏に供養するなり、仏に供養するは自他の滅罪生善 浄安楽の種植なり。 百歩の間の善行も増長縁(増上縁のこと、他の物事が生ずることを助 ける働きをする縁)と加持力を被り漸漸に仏道 成就すと、のたまえり。 須らく少時も惜しみて三 . . . 本文を読む
問、禅門の宗師の語をみれば先ず自心を悟りて後、やうやく旧業・余習を尽して余力あらば他人に及ぼすべしと、すすめられたり。しからば経の中に自未得度先度他とするは菩薩の願なりといへるに背かずや。(大般涅槃経に「憐愍世間大醫王 身及智慧倶寂靜無我法中有眞我 是故敬禮無上尊發心畢竟二不別 如是二心先心難自未得度先度他 是故我禮初發心初發已爲人天師 勝出聲聞及縁覺如是發心過三界 是故得名最無上・・」と)答、慈 . . . 本文を読む
「高野春秋」「(嘉祥二年849)二月已巳春二月廿一日、伝燈大法師位壽寵、出京而し奏して言ふ、『伊勢国多度郡太神宮法雲寺を以て真言別院と為、即ち国家護持し兼て太神の威を奉餝せむ』。
天皇は嵯峨天皇第二皇子仁明天皇。
日にちは違いますが、『続日本後紀』嘉祥二年正月辛巳(二十六日)条 にも「傳燈大法師位寿寵言。以伊勢国多度大神宮法雲寺。為真言別院。即為護国家。兼奉飾大神者。依請許之。 . . . 本文を読む
日本後紀 / 延暦十八年(799)「二月乙未(二十一)条・・・ 贈正三位・民部卿兼造宮大夫・美作備前国造・和気朝臣清麻呂薨ず。・・・宝字八年大保恵美忍勝叛逆伏誅 連及び当斬の者、三百七十五人なり。 法均切諌す。 天皇之を納れ死刑を減じ処するに流徒を以てす。 乱止りての後、 民苦飢疫し草間に棄子す。一を遣りて収養し八十三児を得、 同じく名けて養子となす 葛木首を賜ふ。 (後略)(二月二十一日、贈正三 . . . 本文を読む