昨日は、山の会の月例山行――奥多摩の川苔山。8時2分に到着する電車に乗ってきた人が乗車して、バスは8時10分に発車する。9日前に下見に来たときには12人が乗車してきた。ところが昨日は、座席が全部ふさがるばかりか、立っている人をふくめて、満員という状態。月曜日と水曜日でこんなに違うのか。下車したとき車掌さんに聞くと、今日はことに多いそうだ。なぜだろう。下見のときに下車したのは6人であったが、今日は20人近くが川乗橋で降りる。単独行の人たちは、それぞれがさかさかと登山口へすすむ。3人とか4人の団体客が多い。私たちは6人。平均年齢は70歳。これから、コースタイム6時間15分の山歩きをしようというわけである。
下見からわずか9日しか経っていないのに、緑が広がっている。枯れ木を通して見えた山肌が、新緑に遮られてみえにくくなっている。ヤマザクラはまだ花をつけていて、彩が美しい。そちらこちらにミツバツツジが満開の濃い紅紫を咲かせている。振り返ると背中の方の山肌に、桜色が点在する。ところどころに白いサクラのような花が咲いていみえるのは、オオシマザクラだろうか。葉か花か、樹木の一部が赤く彩られた木々もあって、山笑う季節になったと喜んでいるようだ。
45分で細倉橋に着く。先行していた人たちが一休みしている。あとから来た若い人のグループが賑やかだ。ここでストックを出して、山道に入る。川乗谷沿いの道は、沢を下に眺めながらゆるやかに高度を上げる。随所にしっかりした木橋が設えられていて、整備に手間をかけていることがうかがえる。細い道の片側は切れ落ちて谷の流れが20mほど直下にみえる。後ろから先ほどの若い人グループがやってくるが、追い越してもらえるほど道幅がない。しばらくして、先行してもらう。「転落注意」の標識がある。ここで、落ちた人がいるように見える。9時59分、百尋ノ滝に着く。出発して1時間半、ちょうどコースタイムだ。50mほどの高さがあろうか。ド~ンと落ちて、広い滝つぼをつくる。落下する水量が多い。滝に近づくとしぶきが飛んでくる。「酸素が多いって感じだね」とKさん。
しばらく眺め、写真に収めて出発する。ここから急傾斜の岩場がつづく。分岐にある最初の階段を上っていると、30歳代の3人連れがやってくる。やはりにぎやかにおしゃべりしている。私が先頭に立ちMrさんがつづいて、順調に足を運ぶ。高度がたちまち上がり、標高1000mを超えるあたりで傾斜が緩やかになった。Mrさんに先頭を歩いてもらう。右手の下方に火打石谷の水音が聞こえる。だが、背の高いヒノキが林立して、沢の流れにまでは目が届かない。ところどころに色鮮やかなミツバツツジが花をつけて鮮烈な印象を刻む。陽が当たり、ひときわ赤紫が際立つ。カメラに収めていると、「行けばいくほどいいのが出てくるんですよね」とMrさんが茶化す。スミレが、枯葉のあいだから花を出している。茶色の鐘形の花を下に向けて幾輪も咲かせている草を見つける。ハシリドコロだとKwさんが教えてくれる。その脇にキクのような葉をいくつも広げた草があり、「これって、間違えて食よべると当たる毒草」と誰かが話している。トリカブトだろうか。
火打石谷の源流に降り立ち、それを渡って、一呼吸入れる。そこからは緩やかな上り。やはり枯葉が降り溜まった道をすすむ。左に川苔山の大きな山体が居座っているように迫る。分岐がある。どちらも「川苔山→」と表示している。Mrさんは上の道をたどる。「どうしてそちらを選んだの?」と聞く。「えっ、こちらが道なりでしょ」という。すぐ後ろを歩いていたMsさんが「上の道の方が近いよ」とMrさんを応援する。Kwさんが地図を出して、「ほらっ、ここの分岐にいるんでしょう。上の道が正解よ」と説明する。下の道を行くと、別ルートを通って川苔山に至る。Mrさんは「だってせっかく上ったのに、また下るのは、勘弁してよ」とそのまま進む。
両側から迫る谷あいの道をたどる。踏み跡があちらこちらにあるように見える岩礫帯。少し戸惑っていたけれども、調子よく進む。また急斜面の登りに転じ、その先に峠のものらしいスカイラインが見えてくる。下の方から、人の話し声が聞こえる。滝のところで追いついた3人組かもしれない。峠に出る。先行していた人たちが何人かやすんでいる。ベンチもある。くたびれたと、声が聞こえる。「あと10分、頑張りましょう」と声をかけ、Mrさんは出発する。山頂から降りてきた若い単独行者は、今朝いちばんに私たちの先へ行った人だ。彼は本仁田山を経て鳩ノ巣に下ると言っていた。挨拶をしてすれ違う。枯葉の溜まった広い稜線を踏んで、山頂へ着く。11時45分。出発して3時間15分、休憩時間を入れてコースタイムより15分早く到着している。上々。いくつかあるベンチはすでに先行者が占めている。滝への途中で追い抜いていった若い人たちも食事にしている。私たちもお昼にする。
富士山は雲に隠れて見えない。西の方に奥秩父の山々が見せる。雲取山も見えるが、どれがどれと特定できない。黄色い小粒の花がいくつもついた木が陽ざしの中に浮かぶ。アブラチャンといったっけ。その向こうに、白い穂をつけたような木の花が薄いベールをかぶったように見えて美しい。双眼鏡を出してみると、ネコヤナギの穂のようだ。後から登ってきた人たちが、てんでに座って、食事にかかる。ガスストーブを出して、お湯を沸かしてラーメンをつくっている若い男2人連れもいる。風もなく暖かい陽ざしが、何よりもうれしい。
30分ほどして、出発する。風が少し冷たくなった。寒冷前線が通過しているのだろうか。Khさんが先頭でとんとんと下る。「早すぎるわよ」とMrさんが後ろからこぼす。曲ヶ谷北峰の「古里駅→」へ進路をとるところで、Oさんが先頭に立つ。しばらくは急な下り。すぐ後ろ着いたMrさんが一歩ごとに愚痴をこぼしながら、それが笑いをとるのを確かめつつ、歩を進める。好調である。その先が、下りを苦手とするMrさんのロイヤルロードだと冷やかしていると、彼女はさかさかとOさんに続いて先達を務める。スミレがたくさん咲いている。葉の丸いのもあれば、細長いのもある。紫もあれば、白いのもある。Kwさんが名前を言ってくれるが、頭に入らない。いったん林道に降り立つ。木を伐りだしたのであろう。500mほども山腹を縫うように林道がつづき、その先で舗装路に出ていた。登山道はそこからまた、稜線沿いに緩やかな下り、樹林の中を歩く。
標高1000mほどのところで、ニリンソウが咲いているのを見つける。その脇に、カタクリが一輪咲いている。「おや、カタクリ」といって立ち止まると、皆さんカメラやスマホを取り出して撮影をはじめる。と、あっちにもあるよと、誰かが言う。目を転ずると、枯葉に覆われた斜面のあちらこちらに、カタクリが大輪の花をつけている。先へ進んでも、道の両側にカタクリがあることがわかる。陽ざしの当たるところのは、ひときわ輝きを増してみえる。「こんな群落が、こんなところにあるなんて……」と、感慨深げな声も上がる。しばらくは、撮影会だ。標高1000mの山中である。
いつしか先頭はMsさん、Mrさんがそれにつづく。2人は快適に飛ばしているように見える。2時間ほど歩いて「古里駅→」の標識で一休みし、「あと45分」と声をかけて下りはじめる。ここから急傾斜と言っていたが、大して気に求めず、足の運びは速い。ところどころの細い下り道に枯葉が大量に降り積もって、歩きにくい。へっぴり腰の人は、まるで枯葉と戯れて遊んでいるようにゆっくりと下っている。こうして古里駅へ着いたのは、3時5分。歩きはじめてから6時間35分の行動時間であった。お昼の時間を覗くと、歩行時間は6時間5分。コースタイムよりも10分速かった。われわれはまだ、この程度で歩けるということだ。