第三日目の記録を読みかえしていて、谷川俊太郎の「伝えたいことがない」という詩句の一節を思い出した。私は伝えたいことがあって書いているのではない、とおもう。
「言い当てたいことがある」ので書いているとでもいおうか。
急登を上って疲労困憊し、その因が、歩くペースが初めパッパで中ヘトヘトだったとか、カロリー補給を忘れていたとか、前日のお酒が祟ったとか記したが、それを誰かに伝えたいわけでもない。というか、もし伝えたいとしたら、ワタシに伝えたいとでもいおうか。
書きながら、あのときのワタシの身の裡の感触を言い当てたいのだが、ペースやカロリー補給といった型にはまった表現しか出て来ない。「あのときの感触」というのは、上りながら思っていたことではない。
歩いているときは、次の右足を何処に置くか、段差が大きいが、左は無理。右は滑りそうだ、右上の笹を摑んで身体を持ち上げよう、と思い巡らしてそうするが、摑んだ笹が手指をすり抜けて落ちそうになり、急いで左手の平を上の地面にぺたりと着いて身を保つという、細かくいうと一つひとつの些末な所作に夢中であった。
あるいは、左は千メートル以上も崩れ落ちている山肌剥き出しの崖、その縁を20センチほどの幅の、踏み跡のついた砂地が上へと続いている。右に摑まる樹木はない。左のストックを落とすような気がして、ストラップを腕に通す。右のストックを短く持って、身の平衡を保ちつつ左足を踏ん張る。そのときの足の踏ん張りが利かないと、身体が右へ傾き、ますます滑りやすくなる。身体を起こし、重心を足底に置くようにして右足を踏ん張る。
ま、かように歩一歩を何時間も続けているときの感触。それは、心身一如といつもいっているワタシの、そのとき、その瞬間に身の裡に湧き起こっていたモヤモヤというか、摑み所のない、でも何か普段とは違うことに懸命になっているワタシの感触。それを言い当てたいと思っているのだ。そう思う。
ふと思いついてスマホを覗き、オモシロいことに気づいた。
歩数計を見ると、第二日目の歩数が約19090歩、14.1km。第三日目の歩数が約19091歩、14.1kmと、ほぼ同じであった。二日目は3時間ほどの行動時間だったのに対して、三日目は9時間を超えている。それがほぼ同じ歩数だったという。
では、あの三日目にワタシの感じたリミットの感触は何であったのか。オモシロいと思いながら、そう考えている。それを言い当てたい。
足の置き場や身のバランスの取り方を言い当てたいわけでもない。でもそのときワタシはすっかり一匹のケモノになって、斜面の傾きや足場、笹や樹木の摑み処とも一心同体になっていたのだと振り返る。そうか、自然と一体になる感触って、ああいうのだと、言葉にすると収まりはつくが、でもちょっと抽象化が過ぎる。
ケモノになったというばかりでもない。山の達者・同行者Kがほんの一、二歩あとについていてくれるというのは、もし言葉すれば絶大な安心感になっただろう。ただそれをワタシはほとんど意識しないで歩くことができた。父と子という関係もあったろうが、ほとんど言葉を交わさなくとも、なんとなく通じ合っているという安定した感触。これは、心強いバイプレーヤーが感じさせるものであった。
ほとんど単独行ばかりであった最近私の山行。何かあるかもしれない、あったときにはどうするかという軽い緊張感を、いつも伴って歩いている。その軽い緊張感をバイプレーヤーに預けて、その分、身と心が軽くなっているのではないか。いうまでもなく、それがバイプレーヤーに依存するようになると、バランスや歩度を保つワタシの身が緩んで危なくなる。黙って歩いていても、少しも不都合がないというバイプレーヤーの存在が、絶大な安心感と身の安定をもたらしている。
この安心感というのは、自己肯定感ではないか。ケモノになる、それを自己肯定する。その感触は、実存の感触であり、八十路爺の「自然(じねん)」である。こう言うと、いくぶんかでも「言い当てる」ことに近づいたかな。そんな感じでいる。
「言い当てたいことがある」ので書いているとでもいおうか。
急登を上って疲労困憊し、その因が、歩くペースが初めパッパで中ヘトヘトだったとか、カロリー補給を忘れていたとか、前日のお酒が祟ったとか記したが、それを誰かに伝えたいわけでもない。というか、もし伝えたいとしたら、ワタシに伝えたいとでもいおうか。
書きながら、あのときのワタシの身の裡の感触を言い当てたいのだが、ペースやカロリー補給といった型にはまった表現しか出て来ない。「あのときの感触」というのは、上りながら思っていたことではない。
歩いているときは、次の右足を何処に置くか、段差が大きいが、左は無理。右は滑りそうだ、右上の笹を摑んで身体を持ち上げよう、と思い巡らしてそうするが、摑んだ笹が手指をすり抜けて落ちそうになり、急いで左手の平を上の地面にぺたりと着いて身を保つという、細かくいうと一つひとつの些末な所作に夢中であった。
あるいは、左は千メートル以上も崩れ落ちている山肌剥き出しの崖、その縁を20センチほどの幅の、踏み跡のついた砂地が上へと続いている。右に摑まる樹木はない。左のストックを落とすような気がして、ストラップを腕に通す。右のストックを短く持って、身の平衡を保ちつつ左足を踏ん張る。そのときの足の踏ん張りが利かないと、身体が右へ傾き、ますます滑りやすくなる。身体を起こし、重心を足底に置くようにして右足を踏ん張る。
ま、かように歩一歩を何時間も続けているときの感触。それは、心身一如といつもいっているワタシの、そのとき、その瞬間に身の裡に湧き起こっていたモヤモヤというか、摑み所のない、でも何か普段とは違うことに懸命になっているワタシの感触。それを言い当てたいと思っているのだ。そう思う。
ふと思いついてスマホを覗き、オモシロいことに気づいた。
歩数計を見ると、第二日目の歩数が約19090歩、14.1km。第三日目の歩数が約19091歩、14.1kmと、ほぼ同じであった。二日目は3時間ほどの行動時間だったのに対して、三日目は9時間を超えている。それがほぼ同じ歩数だったという。
では、あの三日目にワタシの感じたリミットの感触は何であったのか。オモシロいと思いながら、そう考えている。それを言い当てたい。
足の置き場や身のバランスの取り方を言い当てたいわけでもない。でもそのときワタシはすっかり一匹のケモノになって、斜面の傾きや足場、笹や樹木の摑み処とも一心同体になっていたのだと振り返る。そうか、自然と一体になる感触って、ああいうのだと、言葉にすると収まりはつくが、でもちょっと抽象化が過ぎる。
ケモノになったというばかりでもない。山の達者・同行者Kがほんの一、二歩あとについていてくれるというのは、もし言葉すれば絶大な安心感になっただろう。ただそれをワタシはほとんど意識しないで歩くことができた。父と子という関係もあったろうが、ほとんど言葉を交わさなくとも、なんとなく通じ合っているという安定した感触。これは、心強いバイプレーヤーが感じさせるものであった。
ほとんど単独行ばかりであった最近私の山行。何かあるかもしれない、あったときにはどうするかという軽い緊張感を、いつも伴って歩いている。その軽い緊張感をバイプレーヤーに預けて、その分、身と心が軽くなっているのではないか。いうまでもなく、それがバイプレーヤーに依存するようになると、バランスや歩度を保つワタシの身が緩んで危なくなる。黙って歩いていても、少しも不都合がないというバイプレーヤーの存在が、絶大な安心感と身の安定をもたらしている。
この安心感というのは、自己肯定感ではないか。ケモノになる、それを自己肯定する。その感触は、実存の感触であり、八十路爺の「自然(じねん)」である。こう言うと、いくぶんかでも「言い当てる」ことに近づいたかな。そんな感じでいる。
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