ゆるりたり 銀杏の落つる 葉音して
梅士 Baishi
俳諧の心得とは、枝葉をそぎ落とした禅の境地であろう
か。
奥山の古寺に立たずんで、銀杏の落ちる葉音にはっとす
る、そういう、ゆるりとした時間が俳諧の楽しみである。
世捨て人とは言え、捨てる世があればこその孤高である。
されど、山を下りれば俗世がある。
俗世があればこそフィガロの結婚もあり、その俗世がモ
ーツァルトの芸術にもなる。
異次元あればこそのこの世であろうことよ。
さて、「11月のある日」も今日で終わる。
11月を脱ぎ棄てて、明日からは師走である。
季節はまさにイノベーション。
神も仏もあの世さえも信じないと言う無粋は、もうい
い加減に日本から掃き出したいものである。
悪魔の出城、新潮社の佐藤なにがしとかいう社長には、
エル・カンターレ直々に「人間失格」が宣告された。
部下も同罪である。
なんとも恐ろしいことだ。
死刑になるほうがよほどましである。
新弔社も文ゲイ春秋社も、悪徳で飯を食う恥さらしは糞
飯ものである。
蛙の面にションベン、新弔社の面に糞というが、日本か
ら出て行けといいたい。
穢いから・・・。
落ちる先はいずれ地獄であろうが、閉門の上日本追放と
いうのがせめてもの慈悲であろう。
その後の生計については、厚顔無恥の国、チャイナに渡
って、習近平らのスキャンダルねつ造記事で稼ぐがよい。
まさに、チャイナは宝の山であろうことよ。
もっとも、糞くらえでは済まないのがチャイナでしょ
うけどね。
信仰を侮辱し、ましてや地球神として敬われているエル
・カンターレを侮辱するとは何事か!
これがイスラム教であるならば、新潮社のごとき木端は、
文字通り木端微塵にされていることであろう。
キリスト教であっても、ただでは済むまい。
マカロニマフィアは世界中にいるのだ。
イスラエルやイランのほんとうの敵は、日本のマスコミ
企業である。
心底、その信仰を侮辱している者たちだからである。
イスラエルという国の存立については、もう一度領土保
全と賠償という形で決着し、お互いの信仰をこそ讃え合う
べきなのだ。
神の下の自由という理念に目覚め、神の国を実現するべ
く、宗教の反省とイノベーションということも避けては通
れない。
宗教を貶めてはならない。
地救神エル・カンターレに気づいて、反省行に入ってい
ただきたいものだ。
転生輪廻の法こそは、調和と公平の法であるということ
も知るべきである。
もうすぐクリスマスであるが、信仰こそは人間たる資格
である。
信仰に目覚めていただきたい。
幸福の科学に目覚めていただきたい。
信仰に目覚めるだけで、救世の光となることであろう。
メリー・クリスマス!
立憲女王国・神聖九州やまとの国
幸福実現党応援隊・ 梅士党