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■『すぶんろこ』とは、コロンブスの逆転の発想

■日本国独立宣言!「日本国憲法」無効宣言、日本軍再構築宣言!

+ 花すすき・・・ 本質を見誤るな 「いじめと自殺」「刑事責任論」「防衛論」

2006年10月30日 07時36分32秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 


 花すすき   穂先に灯す   夕陽かな


   馬糞 Bafun
  

 

 

 

 

 

 秋山をくぐりぬける頃は、すっかりつるべ落としの夕暮れ

だった。

  視界が開けると、すすき穂が夕陽に輝いている。

 ほっと心が和む。すすきの花は黄金色なのだった。

 黄金で思い浮かぶのが、山上憶良の歌である。

 

 

 

 (しろがね)も  金(くがね)も玉も  なにせむに 


 勝れる宝  子にしかめやも 
  

 

  山上憶良

 

 

 

 さてさて、現代日本の宝はどうなってしまったのだろうか。

 山上憶良は遣唐使の随員でもあり、聖武天皇が皇太子の

時の「侍講者」として教育に関わったこともある。

 晩年、筑前守として赴任していたときも、教育改革を進め

ていたのかもしれない。

 

 

【生徒の自殺連鎖問題】

 性の風俗が乱れ、数百万人もの堕胎の果ての少子問題。

 心貧しい家庭と崩壊した学校で引き起こされる「いじめ」犯罪と、

いじめられた生徒の自殺、それをあおるマスコミと自殺の連鎖・・・。

 

 「いじめ」弱いものを侮辱し、その魂を深く傷つける犯罪である。

 そうした犯罪を、秩序を守るべき学校が隠し通し、結果、犯罪を助

長している。

 もはや、学校は無法地帯である。

 徹底的に犯罪捜査すべきである。

 

 しかし、犯罪被害者であるいじめられた生徒ととはいえ、自殺も犯

罪の実質を持つ。

 殺しだからである。

 その意味で、自殺は犠牲ではない。

 

 自虐の犯罪的行為であり、恥であることを教えなければならない。

 親の教育責任も問われている。

 親が、いじめ犯罪を放置し、子供を守らなかった学校関係者を人で

なしと非難し、責任追及するのは当然のことである。

 

 しかし、いじめによる自殺は、単なる被害ではない。

 わが子であっても、自殺はやってはいけないことを訴えるべきである。

 

 そうした自殺を、「犠牲者」として美化してあおっているのがマスコ

ミである。

 その罪は重い。

 これに関わった者たちは、まず間違いなく阿修羅の地獄に堕ちる

であろう。

 

 

【間違っている刑事責任論】

 

 凶悪な犯罪になればなるほど、正常な精神で行えるはずがないと

して、決まって責任能力のない非犯罪という主張がなされる。

 しかも、犯罪に追い込んだのは、社会が悪いからだと責任転嫁す

るのである。

 

 しかし、罪の意識のない犯罪者ほど厄介なものはない。

 犯罪成立の責任要件として「刑事責任能力」が必要とされ、あのサ

リン大量殺人事件の松本でも、責任能力がないというのが弁護活

の柱だった。

 

 凶悪犯罪を犯したのは誰のせいだというのか。

 精神状態が問題ではない。

 侵したことの責任はまさに自己責任である。

 社会の安全秩序を護るためにも、制裁としても、悪行の
報いを受

けるべきである。

 それが責任である。

 

 人権とは世のため、人のために生きる権利であって、世の中を害

した者が主張できる権利ではない。

 物事の本質を見誤ってはならない。

 

 

【防衛問題について】

 北朝鮮の切迫した脅威に対して、日本独自の防衛軍事力を強化

すべきだと言う中川議員の発言が党内でも問題になっているらしい。

 これも、本質を見誤ってはならない。

 

 北朝鮮の悩乱した支配者が何をしでかすか分からない危険な状況

に対して十分に備えるべきは当然であろう。

 チャイナがどう言おうと関係ない。

 チャイナは北朝鮮の擁護者なのだ。

 日本の敵である。

 

 問題は、「核武装を含めて」という発言だろう。

 核武装は選択肢の中にはない。

 この点の誤解は解かなければならないことだ。

 

 核問題については、アメリカ主導による、全面的核廃絶こそが最

上の戦略である。

 それに従わないと言うなら、空爆も正当化されるであろう。

 その標的が北朝鮮である。

 六カ国協議など、もはや問題ではない。

 

 核保有を国際政治の切り札とすることは絶対に許されない。

 これを明示して国際的合意を獲得することが、日米協力し
て主導

すべき課題である。

 安倍総理の使命であろう。

 

                              Bafun 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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+ 鬼杉千秋 ・・・ 異質の謙虚、同質の純粋  苦楽中道

2006年10月29日 16時35分17秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 

 

 千秋を   刻みし山の   一日暮れ

 

   馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

 

【鬼杉余情】

 「鬼杉」の樹齢は1200年だという。

 とういうことは、鬼杉の杉坊主が根を伸ばし始めたのは、平安時

代創始の頃だ。

 すなわち、桓武天皇による784年の長岡京遷都ないし、794年

の平安京遷都の頃である。

 英彦山は、おそらく、この頃から、山岳修行の山として知られてい

たのではないか。

 修験道が確立したのは、鬼杉が既に大木として隆盛を誇っていた

頃であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 英彦山の天狗の鼻は鬼杉の様かもしれない。

 途中から折れてしまったが、それでも38Mの高さを誇っていると

いうから、やはり鼻高々というべきか。

 

 鬼杉には迷惑な話かもしれない。

 千秋一日のごとく1200年の風雪に耐えてきたであろうから。

 

 その上空を飛行機が飛び、衛星が飛んでいる。

 しかし、さらに上空には、億万年の光をたたえる星がきらめいている。

 鬼杉の千年も、星のまばたきのようであろう。

 

 数千年の歴史といえども、人間、謙虚でなければならない。

 天狗は、そのことを悟らねばならないのだ。

 力自慢、業自慢、自慢、我慢の修行では、徳は育たない。

 

 仏陀の「苦楽中道の教え」とは何を意味するだろうか。

 思うに、肉体をまとってこの世に生きながらも、その目指す先には

あの世の人生がある。

 心の世界の実在がある。



 中道とは、すなわち、この世とあの世を貫く人生観と言うべきもの

ではないだろうか。

 この世にあっても、あの世に通用する人生でなければならない。

 あの世にあっても、この世に耐える修行を忘れてはならない。

 

 この世は異質の世界である。

 謙虚でなければならない。



 あの世は同質の世界である。

 純粋でなければならない。

 

 鬼杉の木霊は、1200年の老骨を星空にさらして、苦楽中道の悟り

を伝えたかったのかもしれない。

 永遠と無常の狭間に、平安の杉が立っている。

 

                                梅士 Baishi

 

 

 

 

 

 

 鬼山に 出でし月かも 仁王立つ 


 鬼杉の目の 古の星


 
    白川 馬草 Magusa

 

 

 

 鬼の目にも涙と申しますけれど、鬼杉は1200年も生きて、御神木

として祀られているわけでもありません。

 修験の山に仁王立ちして、鬼のようだといわれます。

 

 そんな鬼杉が木霊となって、秋の夜空に涙している姿が思い浮か

んでまいります。


 星に感じて流す涙は、心を洗う永遠の純粋です。

 天狗さんたちも、もらい泣きしているかもしれませんね。

 

                                    Magusa 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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+ 英彦山の赤天狗・・・ 生涯スポーツ  英彦山修験道の鬼杉コース

2006年10月27日 20時15分32秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 


 英彦山の   天狗の鼻も   紅くなり

        馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

 

 

【生涯スポーツ・修験の道】


 

 修験の山で知られる英彦山に着いたのは午後3時頃であった。

 「一時間もあればぐるっと回れるだろう・・・。」

 案内図を見定めて山道に入った。

 「日暮れまで二時間半ほどか・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 飲料水が尽きた頃、すれ違った登山の夫婦が声をかけてくれた。

 「ここから先はまだ険しいですよ」

 こちらの道ももう少し大変ですよ・・・。

 いや、知らぬが仏かな。

 お互いさまか・・・。

 

 なるほど、行けば行くほど、もう引き返すのは嫌だと思うほどの難

所、アップダウンの連続だった。

 ときに走り、時によじ登った。

 せっかく登りつめたのに、また下った。

 

 

 

 

 

 

 見上げる杉木立を紅い天狗が面白がってついてきているようだった。
 

 天狗に笑われてはならじと、また走った・・・。

 

 

 



  

 

 ・・・ ハァ~ ハァ~ ハァ~

 

 


 

 

 

 

 とうとう、「鬼杉」でへとへとになった。

 5時になっていた。


 屋久杉を思わせる貫禄の古代杉だ。

 鎌倉か、平安か・・・都に隔たる山中ではあるが、現代が青二才に

感じられる。

 歴史や伝統の存在感である。

 

 

 

 

 

 

 下山道を「しゃくなげ荘」まで降りた。

 温泉が目当てだった。

 汗びっしょりだったから・・・。

 

 (あっ、着替えがない・・・)

 ああ、最悪の修験道!

 人生を感じさせる修行だったなぁ・・・。

 

 生涯スポーツ!

 

 

 

 

 

 

 天狗の下駄からのぞいた空は、秋晴れだった。

 

 

 

 

 それから3日間、ロボコップになった。

 しかし、自分の身体が実感できると言うのは、気持ちよい。

 

 不機嫌を追放せよ。

 微笑みは愛である。

 運動不足を追放せよ。

 試練は楽しめるものである。

      

                           Bafun 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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+ 大紫の朝顔・・・ 企業の社会貢献責任と福祉の民営化

2006年10月27日 14時06分28秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 朝顔や   大紫の   幕を閉じ

    馬糞 Bafun

 

 

 

 朝顔が咲き納めた。

「見事な大紫の大輪だった。」

「一世一代の大見得を切って、花舞台の幕を引いた」

「最後の大花火のように、歓声があがった」

 そのように、あさがお新聞の一面トップを飾ったこと

であろう。

 

 

    夜になっても、桁外れの生命力で咲いていた

 

 

 

 さて、2007年問題などとざわめいているのだが、新し

い二千年紀のシングル7というべき、めでたい年回りで

もある。

 007である。

 団塊の世代も、閏15歳、第二の人生に元服仕るのであ

るから、これもめでたい。

 

 団塊の世代は、後顧の憂いなく、新しいシルバー世代

の生き方を開拓すればよい。

 思いっきり生きればよいのだ。

 

 いつの時代にも、気骨のある人物は少数である。

 若い世代がニートだ、フリーターだと危惧されていて

も、その中にも新しい道を模索して独立不羈の一人旅を

している者もあるであろう。


団塊の世代に見る目があるならば、そうした若者にチャ

ンスをつくってやればよい。

 

 不況の時代に人材育成を怠った企業はやがて姿を消す

であろう。

 所詮人材の育たない企業である。

 

 企業の社会的責任根拠を明らかにするためには、公務

員のリストラ、公務所の大幅縮小、そして、大幅な減税

を進める必要があるであろう。

 福祉の民営化、それが、企業の社会貢献責任の方向性

ではないか。

  

 

 

 

【企業の社会貢献責任】

 企業の社会福祉責任として三つを上げておきたい。

 ① 生涯スポーツ時間を勤務時間に3時間以上認める

こと。

 兵役に代わる心身の鍛錬をさせなければならない。

 健康あってこその企業活動でもある。

 

 ② 学校授業にボランティア参加すること。

 経営者責任でもあろう。

 家庭教育が弱体化している。

 学校教育が堕落している。

 それを補わなければ、人材が育たない。

 

 そもそも、教職免許は機能していない。

 教員は民間採用できるようにするべきだ。

 採用試験は、各学校に委ねればよい。

 その標準的な知識試験はあってもよいが、それが全て

ではあるまい。

 

 ③ 文化ベンチャーないし、文化出資責任。

 絵画、音楽、スポーツ、ファッション、映画、外国人

留学支援(里親も含む)などである。




 一企業でできない部分は、経営者がチームを組んで文

化支援組合を持てばよい。

 著作権ビジネスとして、あるいはプロスポーツ事業と

して将来大きなリターンを生むかもしれない。


 21世紀は文化経済を発展させなければならない。

 そのためには、スポーツイベント会場も都心部に作る

べきであろう。

 博多駅前に体育館を作るとよい。

 福岡にそれができないなら、佐賀で実現すればよい。

 九州の首都として発展するであろう。

 そうなれば、2020年オリンピックは佐賀でやるの

がよい。


 

 2007年は、団塊の世代と共に、大いに新しい時代

の夢を、新しい人生を、「晴秋世代」の花道を語り合お

うではないか。

 

                          梅士 Baishi

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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+ 初時雨のからす・・・ 自分探しの方法  身近な縁をたどれ

2006年10月24日 08時02分49秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 

 初時雨   古き烏の   ぬれ羽かな

 

   馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

 

 初時雨には富士の山が似合うのかもしれない。

 10月も末になると、木枯らしのような音をたてて風が吹き、乾いた

草木に時雨が音を立てる。

  季節の天下が変わろうとしている。

 

 博多の中洲をチャリンコ飛ばしながら、なぜか冷たい雨に羽を乱し

た老い烏を見た。

 諸行無常である。

 それでよい。


 故に、万物は生々流転して、文明の夢を見ることもできる。

 老いてきしむ音は、文明の車輪が坂を上っているような音である。

 力強い音だ。老いたりといえども、嘆くことなかれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

【自分探しは身近な縁をたどれ】


 その一方で、若者たちが口をそろえて不安だと言う。

 先が見えないと。

 自分が何を目指したらよいのか、沢山ありすぎて分からないと。

 だから憂鬱なんだと。

 

 若くてもそんな悩みを持っていないのが、家業を継がなければなら

んという若旦那候補かな。

 結構ヒントになるかもしれない。

 つまり、今自分が目指すべきことは、自分に縁のあることではない

でしょうか。

 それを縛りだ、しがらみだということもあるけれども、ありがたい標

識だったりもするということです。

 結婚だって、縁がなければできないんだから。

 

 縁を大切にすることが、人生の進むべき方向を知る手がかりになるっ

てことですよね。

 

 積極的に、良縁を作ってゆく努力もあるけれど、その動機は今の

縁にあるもんですよ。

 良縁と悪縁があります。

 ここんとこは大事ですね。

 友達も選ばなければならない。

 良い友達に選ばれる自分でなければならんと言うことになります

かね。


 だから、鍛えなければならない。

 努力して学ばなければならんわけです。

 

 

【縁の所在】

 で、縁とは何か・・・。

 出会いと言うべきか。

 原因となる今というべきか。

 そういう人間関係です。

 世話になったら、無宿一飯の恩義と言うのもある。

 大事だと思う。

 感謝報恩、運命を開く縁と言うべきではないでしょうか。

 良くも悪くも、この親にして我あり、ということもあります。

 「だから、がんばってこれた」と言う風になれば良いのではないで

しょうか。

 

 職業選択で困るのはサラリーマンの子ですかね。

 家業と言うのではないから。

 だったら、自分も一流のサラリーマンを目指せばいいのではないで

しょうか。

 親の背中を見て育った自分がいるわけなんですから。

 

 親との対話は大事ですよね。

 その上で、どうも魂に響くものがないと言うのなら、新しい縁を求め

てよく学ぶことです。

 師を求めて学ぶほかありません。

 恩師との出会いで人生が定まったなんてことも良く聞くことですから。

 

 でも、良い師は、良い弟子を求めるもので、努力の質が試されるも

んです。

 誠実でないと、良い出会いも得られない。

 よい種を蒔いて、よく育てないと、よい果実は実らない。

 優れた師を持つことは人生の喜びです。

 それは、自分の誠実と努力の成果でもあります。

 

 師弟関係かぁ~。

 いいなあ。最高の師弟関係は信仰ではありますけれども、身近な

先生ではない。

 そんなに偉くなくても、身近な先生というのはありがたいもんですけ

どね。

 良くも悪くも影響受けますね。

 それも縁ですけど。

 

 かつての師とは、お付き合いがありません。

 卒業したのかな。

 

 北朝鮮諸君、リーダーも選ばなければなりません。

 皆さんの不幸は、皆さんの選択責任です。

 選挙なんて関係ありませんよ。

 やっぱり、国民の責任なんですから。

 

 亡国の不幸も、だから、自己責任です。

 

                                 梅士 Baishi

 

 

 

 

 

 

 

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+ 穂波を刈る・・・ 倫理道徳教育の根源にあるもの

2006年10月21日 13時37分13秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 


 大和なる   穂波を刈りて   鳥は舞ひ

 
  
馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

 身近に穂波を見ることができないのが都会の風景なのだが、都

会の貧困から少し離れると、田の風景を見ることができる。

 神巧皇后がめでたと言う穂波はやまとの国の象徴でもあろう。

 そこには季節があり、歌があり、技術の承継があり、祭りがあり、

収穫の喜びがある。

 田の風景を、薬剤や怠慢やらで失いたくはないものだ。 

 

 

 

 

  

 

 

 

教育のたてなおしのために


 子供たちだけではないのだが、憂鬱、引きこもり、自殺という自己

喪失の地獄に堕ちている者たちがいる。

 

 久しく、憂鬱になったことがないし、引きこもりというのも実感がない。

 まして、自殺という陰鬱な気持ちは晴れて記憶にない。

 引きこもりは病気なのだろうと思う。

 

 病気は自己責任である。

 いったいなぜ、そういうことになるのだろうか。

 不思議である。  

 憂鬱とは何か。

 潔く闘おうという気持ちが萎えている状態なのだろう。

 壁にぶつかっても、どうやって乗り越えようかと苦心しているときは

苦しんではいても憂鬱ではない。

 

 さらに、引きこもりとは何か。

 嫌悪⇒ 対話の拒絶⇒ 失望⇒ 戦意喪失による怠惰⇒ 悪霊憑

依(自己喪失と悪霊支配)というプロセスを辿るのではないか。

 自己中心と逃げ腰が魂を危機に陥れている。

 

 対話の拒絶とは、口をききたくないという心理状態である。

 嫌悪感は、裁き心でもある。

 裁きの結果、対話を拒絶する。

 

 しかし、そこから引きこもって怠惰なパラサイトに転落するのは、

自立心がないからだ。

 なぜ自立心がないのかと言うと、親が子に代わって責任を持つか

らだろう。 

 干渉支配である。

 子離れしていないのだ。

 子も都合よく親に寄生して潜伏する。

 

 

 

 

 

存在とは、永遠の変化発展である 

 試練が他人の行為や社会の状況から発生するとき、その原因を

止める努力をするのはよいが、それを恨んで嫌悪しても、地獄への

転落を招くだけである。

 試練を招いているのは、実は自分の私利私欲が原因だったりも

する。

 

 憂鬱や引きこもりが自分の試練に対する消極姿勢の表れであっ

てみれば、これは間違っている。

 間違いであるから、憂鬱であることを止めて試練を克服する努力を

するほかはない。

 

 憂鬱とは自作自演の不協和音な感情である。

 感情は自分がコントロールしなければならない。

 裁き心を捨て、改善の努力をするほかはない。

 

 たとえば、いじめが原因で・・・と言われることがある。

 いじめとは、弱い者に嫌がらせをし、時に暴行を加える。

 これを克服するためには、いじめている者よりも強い者に相談して

抑止する対策をとらなければならない。

 


 学校にあっては、教師が秩序を護る権威でなければならない。

 弱い者をいじめることが差別であり恥じであることを教えなければ

ならない。

 弱い者は強くなれと教えなければならない。


 倫理道徳教育は教育の根本である。

 教職に倫理テストと刑法、刑事訴訟法、不法行為法、

十七条憲法

をいれるべきであろう。

 

 刑法犯に到る事態については、刑事取締りが必要である。

 犯罪を防止する能力を失った学校は、本来解体されるべきである。

 教員、責任者を解雇、配転して、人材を総入れ替えするか、学校

を閉鎖するか・・・。

 それまでは、警察に防犯を依頼することも必要であろう。

 学校もまた、法治社会でなければならないからである。

 

 

 

  

 

 

倫理道徳教育の根源にあるもの

 

 他人を害する卑劣な行いに対しては、「四知」の教育が大切だ。

 「天知る、地知る、我知る、人知る」である。

 事実からは逃れられようがない。

 悪行を己の魂に刻むことになる。

 汚すことになる。

 天とは何か。

 仏神の存在を示唆している。

 倫理教育の原点には、仏神の存在があることを認めなければなら

ない。

 

 悪行・悪想念の結果、地獄界に深い縁をもつことになる。

 悪霊の影響は日常的に起こっている。死後は悪霊の世界で悪夢

を現実とする苦しみに耐えなければならなくなる。

 悪霊の憑依ということを知るならば、心を汚す行いなど、到底できな

くなるはずだ。

 

 これは、たとえ話ではない。

 子供だましではない。

 実在の世界のことである。

 信じようが信じまいが、いわば存在の法則として現れる。

 しかも、合理的である。

 公平である。

 存在の本質とはそうしたものではないだろうか。

 

 倫理道徳の源は、霊界の法則にある。

 天国があり、地獄がある。

 悪い心には悪霊の憑依が不幸を増幅し、正しい行いには天使がさ

らに手助けをする。

 

 そうした、見えない意思が「類は友を呼ぶ」という波長同通の法則

で働いてくるという事実がある。

 天使の心を持つか、悪霊の心をもつかで、人間の幸不幸が決まっ

てくると言うことだ。

 

 さらに、人生観において、「転生輪廻」を知ることが大切だ。

 人生は博打ではない。

 継続して永遠の向上を目指す存在である。

 再チャレンジの連続だとも言える。

 こうしたポジティブな合理性こそが存在の法則なのである。

 

 霊界の実在と転生輪廻の法則が受け入れられ、理解できれば、

犯罪は抑止され、憂鬱も雲散霧消するであろう。

 

 教育から失われた、倫理道徳の本質を回復しなければならない。

 これからは、21世紀文明の教育が立てられなければならないという

ことである。

                        

                                梅士 Baishi

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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+ 五分の虫・・・ 環境問題はエネルギー革命を求めている

2006年10月21日 00時00分41秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

  


 月を見む 夢を眺めむ 五分の虫

 

   馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

 パルファン・エゴイストのようにみかんが香る季節となった。

 まさに実りの秋である。

 しかし、みかんを香らせているのは、バリバリと葉を食い尽くしてい

るアゲハの幼虫だった。

 越冬しようと言うのか。

 遠くを見て、葉に鎮座していた。

 

 10月にしては、暖かな日が続いている。

 やっと、25度を下回るようになった。

 平年より2℃近く気温が高いらしい。

 地球温暖化という病気なのかもしれない。

 来週にはぐっと冷え込むとは言うのだが。

 

 

 

 

 

 

 温暖化というと、過ごしやすいように思っていたが、大変なことが

起こるらしい。

 デング熱を媒介するネッタイシマカという蚊が忍び寄っていると言う

のだ。

 さらには、東京湾などに眠っているコレラ菌が目覚めつつあるという。

 夏の刺身とシマ模様の蚊には注意しなければならない。

 

 

デング熱⇒ http://www.forth.go.jp/tourist/kansen/09_dengu.html

              http://www.forth.go.jp/tourist/useful/05_verm.html

 

 

 

 地球環境の破壊は、人類を育んでいる地球生命を危機に陥れて

いると言うことである。

 エネルギー革命を急がなければならない。

 燃焼によらないエネルギーを実用化することは、急務である。

 原油に依存する生活に幕を下ろさなければならない。

 

 そのためには、ウランなどの危険な物質ではなく、安全な原子力

物質を見つけ出すことだ。

 地球になければ、その鉱石を他の惑星に求めなければならない。

 それまでは、核融合技術も研究を急がなければなるまい。

 

 エネルギー革命は、行政改革、教育改革の課題でもある。

 株価低迷中のサンヨー、ソニーなども、バッテリー開発、家庭用電

源開発に力を注いで欲しい。

 

 北朝鮮滅亡のシナリオは、天変地異か、ミサイル攻撃か、悪党

の病死か、三つに絞られつつある。

 北朝鮮滅亡を機会に、核兵器を地上から消去する強権発動もまた、

地球生命を安堵する緊急課題である。

 

 北朝鮮大地震が起こったら、核兵器廃棄の地球命令と受け止める

べきである。

 

                                  梅士 Baishi 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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+ あさがお、絵巻して咲く・・・ 『閏誕生日』の提案

2006年10月16日 07時18分32秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 

 

 絵巻して 咲く朝顔や 今朝の顔


  馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

 9月7日に開花してからおよそ40日の間、ずっと楽しませて

くれている朝顔だが、毎朝どんな顔で咲いているのかと楽しみ

である。

 しかし、さすがに朝の冷気が少し辛くなった。

 

 蝉が盛んに鳴き競っていた頃から、仲秋の名月が細くかける

まで、見事に季節の絵巻を楽しませてくれた。

 

 

 

 

 

 

【閏誕生日の提案】

 

 今日は少し楽しい提案をしたい。

 儲かる話しかもしれない。

 それは、誕生日の話である。

 閏誕生日と言う話しである。

 閏年の2月29日生まれは、まさに4年に一度の誕生日であるが、

4年に一度の誕生日を『閏誕生日』として記念日にするのである。

 

 60歳の人は、閏15歳元服の誕生日である。

 還暦よりは閏元服のほうが若々しいではないか。

 80歳で成人式である。

 80歳閏成人式を祝おうではないか。

 

 人生にいろんな記念日があるのは楽しい。

 『閏誕生日』を皆で楽しもう。

 このアイデアを、閏十代の若人たちにプレゼントしたい。

 

 悩みの渦中にある人々よ、試練なくして人生なし。

 試練はその人の魂の器量である。

 試練の大きさを誇ろうではないか。

 悩みの中にあるときこそ、人のために働こうではないか。

 人生は、永遠の霊生命を磨き、成長するためにある。

 大いに試練を楽しもう。

 人生に美学あり。

 姑息な生き方はすまいぞ!

 

 

 

 

 

【卑怯な自殺を許すな】

 さすれば、いじめもまた人生の試練である。

 子供の頃からそうした試練を乗り越えなければならない。

 だから、いじめごときに自殺するような卑劣な子供に育ててはな

ない。

 それは、親の責任である。

 

 自殺した子供は、犠牲者ではない。

 これもまた加害者である。

 死後は、地獄にさまようであろう。

 疎むべし。

 自殺した生徒を美化し、英雄視するような報道をしてもいけない。

 それもまた害悪である。

 慎んでいただきたい。

 

 愚かな教員を責める前に、マスコミこそは、そのいじめ体質を悔い

めなければならないのである。

                        

                              梅士 Baishi

 

 

 

 

 

 

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+ 一灯の花・・・ 都会は最大の観光地  笑顔と掃除の街づくり

2006年10月15日 23時01分25秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 

 

 一灯の   小さき花あり    神無月

 
 
  馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

 

 10月も半ば、旅行日和の秋である。

 そのためか、全国の神様が出雲に出かけて不在なので

神無というのだそうだ。

 神様が留守の間にも一灯を掲げて、ずっと咲き続けてい

る小さな花がある。

 一灯を掲げ続けるというのは、気概である。

 

 

 さて、出雲は神有月というのだそうだ。

 楽しそうだ。

 五穀豊穣という言葉に大黒天の恵比須顔がうかぶ。

 実りの秋とはなった。

 十数年前、出雲大社に参拝に行ったことがある。

 特別の参拝だった。

 神聖な拝殿に光があふれていた。



 大国主命は豊穣の神である。

 大黒天は大きな袋を抱えているが、その中にあるのは、

智慧の光だという。



 豊かな人は夫婦仲が良い。

 豊かな人は謙虚だ。

 豊かな人はおおらかである。

 そのような人に大黒天は智慧の光を授けると言う。

 

 私はまだ修行が足りていない。

 もっと、智慧を出さなければならない。

 

 そこで、一光。

 笑う門には福来るという。

 街角に大黒天のような微笑の像を配置してはどうか。

 同時に、都会には緑を増やす必要がある。

 緑の潤いが必要だ。

 そして、ディズニーランドのように掃除をするのである。

 役人は早く来て町の清掃をせよ。


 さらに、プロの掃除士をたくさん雇用して清潔な街づくり

をしよう。

 

 都会は最大の観光地である。

 明るく、清潔でなければならない。

 豊かさとは、そうしたところに成長するものである。

 

 

 

 

北朝鮮問題

 豊かさとは逆の方向に突き進んだところがある。

 北朝鮮である。

 周辺国家もよくぞここまで暴君を許してきたものだ。


 しかし、最後の時を迎えた。

 そのときに備えて、わが国も、企業も、備えておくべきで

ある。

 

 ロシア、チャイナ、コリア、パキスタンも裁かれることにな

るだろう。

 08年の北京オリンピックは実現しないかもしれない。

 東京はそのときに備えておくと良い。

 

 神なきときにも、一灯を掲げる者が、かの地にも出て欲

しいものである。


                           梅士 Baishi

 

 

 神無月⇒ http://www.echizenya.co.jp/mini/colum/kannaduki.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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+ 名月を物語する・・・ 人の存在理由  魔法を求めるな  マルチ商法の罠

2006年10月13日 19時25分03秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 

 名月を   物語りして   けごし咲き


  馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

 10月も半ばになった。

 菊が咲き、木の葉も色づこうかという季節なのに、朝顔が、

これほど長く咲いてくれるとは思いもしなかった。

 琳派の屏風絵のように、何とも美しい青い花である。

 

 

 

 

 

 

【人は何のために存在しているのか】

 さて、人は皆、障害を負って生まれてきたようなものである。

 あまりに不完全、あまりに未熟、目明きにして見えず、聞こえ

ても分からず、こけつまろびつ老いて、病気をして、がたがたに

なって死んでゆく。

 

 人生は、背負った障害に耐え、乗り越えんとして生きているよ

うなものである。

 何のための人生かと悩む者があるが、重石に耐え、未熟と向

き合って、それでも人のために、世の中のために役立とうとして

けなげに努力する。

 それが、人生の美学というものだ。

 

 人は美のために生きているといってもよい。

 悲壮に見えた試練も、智慧と勇気で工夫をすれば、幸運にも

思えることがあるだろう。

 その試練があったからこそ、今の私があると語る成功者は少

なくない。

 

 そのようにして、鍛錬している。

 そのようにして、神の深い愛をたどって学んでいる。

 偉大な光を辿って努力すること、それが、信仰である。

 信じる力と、努力と、勇気である。

 人は信仰によって強くなる。

 信仰は幸福への道標である。

 信仰は大切だ。

 

 人は多くの過ちを犯す。

 人を傷つける。弱いものいじめをし、その罪を他人のせい、世

の中のせいにしながら、結局は自分が悪びれている。

 悪行は、「天知る、地知る、我知る、人も知る」である。

 自分の良心をごまかすことはできない。


(四知⇒ http://homepage1.nifty.com/moritake/doutoku/siti.htm

 

 人生の試練を恨んではいけない。

 試練は、自分を鍛えるために与えられる天の配剤である。

 試練があるからこそ、感動の人生ドラマが始まるではないか。

 その努力に感動し、尊敬もできる。

 試練の大きさは、その人の人生の規模を示してもいるのであ

る。

 

 なぜ人は罪を犯すのだろうか。

 罪とは、他人を傷つけることである。

 大小の試練の中で自己中心の欲望から他人を差別するので

ある。

 差別とは弱いものを苛めることである。

 その結果、自分も他人も苦しむのだ。

 

 しかし、自分の罪に気づけば反省ができる。

 そして、目覚める。

 そんな自分であっても、人助けができないものだろうかと努力

する。

 そのようにして輝き、幸福が増産される。

 神の愛が人に花を咲かせる。

 その花を楽しみに育てているのが神というべきかもしれない。

 それが、人間の存在理由でもあろう。

 

 

 

 

 

 神とは人間の起源であり、存在の理由である。

 存在の法則と言っても良い。

 法則に適すれば輝き、反すれば闇に迷う。

 人は、成長するために存在している。

 だから、未熟である。

 人は人間関係として生きている。

 だから、調和することが大切である。

 憂鬱な悩みの多くは、自己保存的な欲望の挫折であり、自己

中心から生まれる自閉と無責任である。

 あるいは、競争を弱肉強食と見誤って疲れているのか、裁き

心のあまり、自分の努力を怠っているのではないか。

 

 憂鬱は自己中心の不幸である。

 憂鬱が不幸であるならば、人助けを考えて、憂鬱とは決別する

べきである。

 

 信仰は幸福への道標であり、努力目標である。

 ところが、信仰には偽物が少なくない。

 

 いつの間にか、他力本願になり、努力を省略して魔法や超能

力の類で幸せになりたいというご都合主義に摩り替わる。

 弟子に取り立てられて偉くなりたいという出世欲に摩り替る。

 

 幸福とは、地道に努力して他人を幸福にすることなのである。

 これを忘れてはならない。

 

 やはり、謙虚に学ばなければならない。

 仮の世ではあっても、この世の努力を尽くさなければならない。

 魔法で勝とうなどと思ってはいけない。

 

 

 

 

 

【マルチ商法の罠】

 ところが、世のため人のためだと虚飾して欲望の連鎖を仕掛

けているのが、マルチ商法(連鎖販売法ないしネットワークビジ

ネス)である。

 

 世の中にすばらしい貢献をするんだということをことさらに

まくし立てる。

 集まってくるものは、お金に困っているものが多い。

 魔法のように貧乏から抜け出したくて誘われてくる。

 その欲望を人類救済事業でもあるかのようにすりかえてごま

かそうとするのだ。

 しかし、プロは、人に恨まれると言うことを承知している。

 それでも儲けようではないかと開き直っているのだ。

 

 購入者が販売者になって、それで利益が出るわけがない。

 仕掛けた一部の者が元締めのように利益を吸い上げる仕組

みである。

 物がいいから買ってくださいではない。

 一緒に儲かりましょうと近づいてくる。

 そこに、詐欺というべき狡猾さが潜む。

 

 販売者は沢山の消費者に信頼され、喜ばれなければ商売

にはならない。

 商業道徳を知らなければならない。

 

 連鎖販売は、欲を駆り立てて、人脈を裏切るところに罪深さ

がある。

 素人さんがやってはいけない。

 香具師(やし)と言われる人々の、いわば博打のようなものだ。

 封殺するべきであろう。

 

 マルチ商法は人間関係に有害である。

 法的に禁止して欲しい。

 多くの若者が巻き込まれている。

 人の善意と未熟に付け込むのは悪いことだ。

 

 心の問題は、国家の基礎である。

 聖徳太子はそのことを十七条憲法にしるして、日本の家訓と

したのである。

 

 もう一度、この家訓の原点に戻ろうではないか。

       

                           Bafun 

 

 

 

 

 

 

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+ あばたもうさぎの名月・・・ チャイナ・コリア包囲の安全保障条約を!

2006年10月11日 23時48分07秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 

 名月や   やまとの空に   うさぎいて

 

   馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

  

 中秋の名月は「あばたも兎」、美しいことに変わりはない。

いわば、月にとって、あばたがブランドである。

 心無い唯物論の目にはあばた、美意識を持った風流の目

にはうさぎになる。

 

  天皇制もまた、そのようかもしれない。

 「天皇だって、ただの人間じゃないか。月に兎だなんて非

学的な・・・」。

 

 神の権威を否定し、五感にかかる物のみが存在し、人間も

また物であるという唯物論信仰を奉ずるのが共産主義者、社

会主義者である。

 彼らには、名月なんてありえないことであろう。

 すなわち、無粋である。

 

 

 

 

 

 

【CK包囲の安全保障条約を!】

 北朝鮮制裁の国連決議が、ロシアとチャイナの抵抗でもた

ついている。

 つまり、ロシアもチャイナも北朝鮮の保護者であると言うこ

とだ。

 保護者の責任は重大である。

 これへの制裁をどうすのか。

 

 因みに、こんな国でオリンピックをするというIOCの責任は

どうなのか。

 神を否定する国で神聖な祭典を行うと言うのだから、良識

を疑わざるを得ない。

 違法コピーが氾濫する国にオリンピックのロゴを持ち込む

と言うのも合点がいかない。

 

 つまり、今回の国連決議問題は、北朝鮮問題の当事国を

明示する検査であった。

 結果、チャイナとロシアが黒であることが示された。

 即ち、制裁の対象は、三国でなければならない。

 制裁対象国を含む国連で決議を求めること自体、実効性に

乏しい。

 

 国連決議は成立しなくてよい。

 あるいは、最小限の制裁について合意すれば十分である。

 あとは、北朝鮮同盟国を除く各国が適正な制裁条約を結べ

ばよい。

 

 そもそも、日本が、敵国条項をおいたままで国連に関わるこ

と自体が不条理である。

 さらには、日本の敵国というべきチャイナやコリア、ロシアを

含む安全保障会議に安全を頼ることはできないであろう。

 

 そのために、日米安全保障条約があるのではあるが、さら

には、日米を中心とした「アジア安全保障会議」を締結すべき

であろう。

 日本、台湾、インドネシア、オーストラリア、アメリカ、英国、

インドというところか。

 

 アジア諸国も、反日同盟か、親日同盟かを選択する必要が

ある。

 日本とチャイナ・コリアに尻尾を振ることは、今後は許され

ないことになる。

 

 チャイナ、コリアの反日政策をこのまま放置することは許され

ないであろう。

 アジアのリーダー国は一つでなければならない。

 いづれ、チャイナか、日本か決着をつけるときが来る。

 それは、同盟を結ぶかどうかの争いで決着をつけるべきで

ある。

 戦うまでもなく勝つ戦略である。

 

 日本にとって、チャイナ、コリアは、国防関係以外では付き

合う必要のない危険国家である。

 対CK包囲網を急ぐべきである。

 

 敵国の実態を知れば、若者たちもだらけはしまい。

 教育改革の死角の一手である。

 

                          Bafun 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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+ 百日紅、百日すぎぬ・・・ 北朝鮮の浮かぶ瀬  核兵器廃棄 

2006年10月09日 08時54分18秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 

 

 百日紅   百を数えて   日は暮れて

 

   馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

 気温23.8℃。26℃のときも肌寒かったが、2℃下がっても

体感温度はさほど変わらない。

 かし、ヒヨドリたちが渡ってきて鳴き始めると、さすがに秋だ

と思う。

 百日紅の花も夏から百を数え切った。

 長崎のくんちも終わった。

 九州やまとの国も、本格的な秋に入ってゆく。

 

 

 

 

 

 

【北朝鮮の浮かぶ瀬】

 さて、百どころか、三つくらい数えて北朝鮮が2代目の誕生

祝にと核実験をやってしまった。

 戦車の空砲くらいにしておけばよかったのに、こともあろう

に、愛の星、地球に対し、恩を仇で返したのである。

 チャイナに続いて、北朝鮮がアジアのならず者として、死刑

が確定した形である。

 

 死刑の執行は、地球生命に任せたほうが良いのかもしれな

い。

 そのように願う。

 戦争はさらに核を使わせかねないから。

 それはまた、北朝鮮支援国であり、恐怖政治が支配するチャ

イナ、ロシアの運命でもある。

 連座制を定めるならば、チャイナ制裁決議もあってしかるべ

きであった。

 

 アメリカも反省しなければならない。

 この際、地上から核兵器を撤廃すると決議すればよい。

 これに逆らうならば、地球に対する反逆罪として、アメリカが

その政府に代わって、核およびその関連施設を破壊すると。

 

 そうした決断を、アメリカがするならば、滅亡する北朝鮮も、

重要な役割を果すことができる。

 亡国の浮世の秋に浮かぶ瀬もあれというものである。 

 

                              梅士 Baishi

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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+ 秋刀魚の夜長・・・ 敵国チャイナとの付き合い方

2006年10月07日 20時30分07秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 


 秋刀魚食う   一夜一夜の   夜長かな

  馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

 

 秋刀魚のおいしい季節になった。

 安くておいしくて健康である。

 豆腐と般若湯でちゃんばらを見る。

 日一日と夜が長くなる。

 

 

 

 【敵国チャイナにも挨拶】

 日曜日の朝は、竹村健一の「報道2001」を見るのが楽し

みになった。

 今日は、東洋大学の北京御用学者「チン」教授を相手に、

石原都知事と中川議員のチャイナ批判が小気味良かった。

 

 都知事 「中国はいわば泥棒経済だ。パテントは盗みまく

る、約束は守らない、法律は過去に遡って変える、まともじゃ

ない。」 



 チン 

「確かにそういうところもあるかもしれないが、それは、

60年代の日本も同じだ、同じプロセスを辿っている」



 どの時代に、日本がチャイナのような泥棒経済をやったと言

うのか。

 白の中に一つでも黒い点があれば全体が黒いのと同じだ

と言う。

 針小棒大、それがチャイナ流の嘘のつきかたである。

 自分有利に何とでも言えるという手口である。

 

 それにしても、TVで堂々と正論を吐ける石原、中川の存在

は頼もしい。

 日本は、まだ、復活できる。

 

 安倍新総裁の訪中は、何をしに行くのかとも思えたが、日

本の新総裁として、きっちりと隣国にあいさつ回りをするとこ

ろは、いかにも礼儀正しい。

 

 マスコミは相変わらず下衆のかんぐりで、チャイナの何倍も

「靖国」を問題にする。

 NHKもそうである。

 チャイナからCM料を取ってはいかがか。

 

 日本経済にとっても、日本の存立にとっても、チャイナはあ

えて付き合う必要のない相手である。

 むしろ、付き合うべきではない。

 反日国、泥棒国、犯罪者派遣国、環境破壊国である。

 

 利害関係を持つべきではないということである。

 その上で挨拶くらいはすればよい。

 チャイナ、コリアは日本にとって危険な反日教育と敵対政

策をとる国である。

 故に、大事な隣国である。

 

 利害が国防以外になければ、無用の争いをする必要も、

こびる必要もない。

 チャイナに出資する企業を保護する必要もない。

 

 

 福岡市長選が始まるが、チャイナやコリアに媚びない、祖

国愛と未来ビジョンをもった人物を候補に立てて欲しいもの

だ。

                            梅士 Baishi 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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+ 横たわる大和・・・ 九州国の首都は佐賀に

2006年10月06日 19時15分13秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 


 横たわる 大和の秋を 国見して


    馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

 現代の都で国見をする山は東京都庁なのか、六本木ヒル

ズなのか。

 永田町に高層ビルを建てても良いのではないかと思う。

 

 一見、豊かな大和の秋ではあろうが、敗戦後の太平洋に、

今も横たわって浮いているように思える。

 日本という国が、気絶して倒れているように思える。

 

 だからこそ、日本建国の地、九州が独立国家としての国づ

くりの気概を示さなければならない。

 道州制の論議の指導理念として、九州国建国の理念を共

有したいものである。

 

 まず、都を定めようではないか。

 

 九州大和の国の都は、福岡、佐賀、熊本、鹿児島を候補と

して、私は佐賀を推したい。

 新たな発展の余地があり、空路は佐賀空港を整備し、海路

は有明海を活用する。

 物流、商業の拠点としては、鹿児島、福岡、熊本、北九州が

結ばれれば大いに発展する。

 国見の山として、人工衛星を九州の頭上に置きたいもので

ある。

 コリア、チャイナの不逞の輩を監視する意味もある。

 

 

 

 

 

 

 

 大和には 群山あれど 

 とりよろう 天の香具山 

 登り立ち 国見をすれば 

 国原は 煙立ち立つ

 海原は 鴎立ち立つ 

 

 うまし国ぞ あきづしま 大和の国は

 

 

 

 舒明天皇の作とされる有名な国見の歌である。

 現代日本は、万葉の時代とは比較にならない巨大国家に

成長した。

 しかし、政治の精神は、国を愛し、国民の生活を思いやる

心である。

 

 安倍新総裁に対する国会での代表質問が始まった。

 田中真紀子にせよ、菅直人にせよ、相変わらず悪霊に憑

かれているのではないかと思えるような悪口雑言を繰り返し

ている。

 さすが、北京分子というべきか。

 獅子身中の虫である。

 

 諸天善神の霊格を持つと言う三人の総裁候補は、力を

合わせて、日いづる国日本の身を清めていただきたい。

 この国は、世界に希望を与える「うまし国」でなければなら

ないのだから。

 

                          梅士 Baishi 

 

 

 

 

 

 

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+ コスモスの羽ばたき・・・ NHK民営化論

2006年10月06日 10時36分30秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 


 秋桜の   羽ばたく花を   日にかざし

   馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

 

 10月はコスモスの季節である。

 淡い桃色の羽をつけたコスモスの妖精たちが秋の日ざし

にきらきらと舞っているように見える。

 秋の風はすがすがしい。

 

 

 

 

 

 

 

 【NHK民営化論


 

NHK、受信料不払いの都内48件に最後通告 未契約

1000万件を提訴も』(産経新聞記事)

 

 受信料問題に決着をつけようと言うのだが、即ち、受信

制度問題に決着をつけようと言うことでもある。

 

 中立公平の公共放送ということでNHKは受信料を正当化

してきたが、「中立公平」とは言いがたい。

 どちらかと言えば、左翼的意図をもって「報道」している。

 

 「株式会社は営利団体であるから公共性がない」として、報

道するときは名を伏せる。

 企業の人格を否定する態度である。

 

 さらにたちが悪いのは、共産党や社民党の活動を「市民団

体」と称してクローズアップして報道する体質である。

 

 福岡オリンピックの報道はまさにそのようであった。

 3、4人の反対運動を報道し、学校や企業が汗を流して一

万人前後を集めた招致活動は無視したのである。

 

 靖国問題であっても、ことさらにチャイナやコリアの言いが

かりを正論であるかのように強調報道する。

 こうした、左翼的な体質による不公平な放送姿勢は明ら

かである。

 その上、社会主義国家にありがちな官僚的汚職もあった。

 

 このような一党独裁の左翼的体質を持ったNHKを公共放

送というべきではあるまい。

 

 

 放送はそもそも民放であっても、公共、公益の責任がある。

 民放が他人の不幸をネタに商売をする質の悪い事業をし

ていることは、マスコミ共通の品のなさと無教養の表れであ

ろう。

 その点は、NHKはましである。

 だからこそ、民営化しても視聴率もとれて、商売にもなる。

 

 民放だから下品なのではない。

 民営化されたら下品になるという理由はない。

 結局は、放送のモラルの問題である。

 

 

 NHKは、完全民営化されるべきである。

 著作権ビジネスの努力をするべきである。

 問題は、民放の騒がしく下品なCMと番組の質の悪さであ

ろう。

 自己主張ばかりをするエゴ丸出しのCM・・・。

 恥知らずにも、反日コリアの俳優を起用するセコムのCM

の類。

 下品極まりない芸能番組やスキャンダル番組・・・。

 これこそ、放送許可の権力による行政指導が入らなけれ

ばなるまい。

 

 しかし、「表現の自由」が、「表現の責任」に置換されない

限り、マスコミのモラルは回復しないだろう。

 猥褻物による汚染を正当化しているのは、法律学者であり、

弁護士であり、裁判官であり、警察官である。

 堕落の極みではないか。

 

 恥知らずの国・日本を印象付ける状況は、権力自らが掃除

しなければならないであろう。

 安倍新総裁は、掃除大臣でよい。

                        
                         梅士 Baishi

 

 


※ 「NHKの橋本元一会長は5日、不祥事をきっかけに急増した受信

料不払い問題で、支払いに応じない東京都内の48世帯・事業所につ

いて今月中に支払いがない場合、11月にも簡易裁判所に支払い督促

を申し立てると発表した。

 督促の対象世帯を全国に拡大するほか、1000万件近い未契約者

への民事訴訟に向けた手続きを年内にも始める。

 NHKはこれまで「受信料制度は視聴者との信頼関係に成り立ってい

る」としてきたが、法的措置の導入による“義務化”に方向転換したこと

は、NHK改革論議にも影響を与えそうだ。」

 

 

 

 

 

 

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