幸福の科学高知 なかまのぶろぐ

幸福の科学の、高知の信者による共同ブログです。
日々の活動や、イベントのお知らせをいたします。

超簡単なインフルエンザ予防の裏技。

2017-01-19 23:54:37 | 健康・美容

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今最も寒さの厳しい季節。

インフルエンザも大流行りです。

私も医療者の端くれですので、皆様には、何とかインフルエンザにならずに、春を迎えていただきたいなぁと思いました。

インフルエンザと風邪とはかなり違いますが、どちらも、

1.免疫力が落ちている。

2.大量のウィルスや菌の体内への侵入がある。

このいずれか、もしくは両方があるわけです。

つまり、免疫力を上げ、なおかつ、ウィルスや菌が、大量に体内に侵入しなければ、病気になりにくいのですね。

それには、「マスクやうがいや手洗いが良い。」というのが、一般的に言われている対処法なわけです。

もちろん、それも有効な対処法ではありますが、それに加えて、かなり効果的な方法があるんです。

しかも、かなり簡単で、お金もほとんどかかりません。(笑)

そしてなんと、ダイエットの効果があるかもです。

この、免疫力を上げ、なおかつ、ウィルスや菌の大量侵入を防ぐ、有効な手立てとは・・・。

まめな水分補給なんです。

この時期、膨大なインフルエンザの患者さんの来訪を受ける内科のお医者さんなんかは、15分に1回くらい、緑茶を飲む方が多いです。

と、申しますのもこれは、喉(のど)についたインフルエンザウィルスなどの病原体を、胃の中に流し込んで、胃液で殺してしまう方法なんですね。

うがいだけですと、口の中と喉の入り口は洗えるんですが、更に飲み込むことによって、身体の免疫に強い力を持つ扁桃腺や、その下の気道を洗浄できるんです。

水でも良いですが、緑茶は殺菌作用が強いので、より効果が期待できます。

緑茶はカフェインがあって、利尿作用もあるので、それが嫌な方は、温かいほうじ茶がよろしいかと。

まめな水分補給は、インフルエンザ予防だけでなく、もっと別の効果もあって、それは体重減少、つまりダイエットが期待できるんですが、今日はあんまり時間がないので、いつぞやの機会に。

本日は、大川隆法総裁の経典「心と体のほんとうの関係」から、一部抜粋してお届けいたします。

              (ばく)

愛というものは、その基礎に「忍耐と寛容」を伴っているものなのです。

調子のよい時にだけ相手を愛すること、たとえば、夫の調子がよいときにだけ夫を愛したり、妻が美しいときにだけ妻を愛したりするのは簡単ですが、夫が仕事で失敗したり、妻の美貌が衰えてきたりしたときに、なおも愛するということは、なかなか難しいことでしょう。

しかし、それでも愛していこうとする、その忍耐と寛容の心が、やはり愛というものを裏打ちするものだと思うのです。

病人に対しても同じです。家族として仲よくやってきた者のなかに不幸が起きたなら、それを辛抱強く見守ることが大事なのです。

また、病人の側も、自分の運命を恨むことなく、自分が、このように人の愛を受けて生きていかねばならない立場になったことを深く考え、少しでも周りの人たちが楽になるように、周りの人たちを喜ばせることができるようにと願い、「心に安らぎを、いち早く得よう」と思っていただきたいのです。そして、恨み心から離れ、安らかな心を持って、その病の療養に全力を尽くすことです。

もし、運命が開けず、他界することになったとしても、そういう殊勝な心がけで闘病を続けたならば、肉体を離れたときに、必ずや、光り輝く天国の世界に還れるでしょう。

すべての運命を恨むことなく、すべてを自分の魂の糧として選び取っていくなかに、真なる幸福というものは光ってくるのです。(P198~199)

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『あの世の学校』『心の深耕』『解脱』

2017-01-18 15:15:34 | オープニングメッセージ

幸福の科学月刊誌 オープニングメッセージより

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『無我とは』

この身体も、 この生命も、 いただいたものだ。

自分ひとりで造り出したものなど、 何もない。

たからこそ、 無我の悟りが、 真人への目覚めとなるのだ。

欲をつつしみ、 執われを捨て、 感謝に生きよ。

目には見えぬ光が、 そこにあらわれる。

(注 真人=阿羅漢のこと)

 
 
 
『心の深耕』

心は、たとえてみれば、 畑のようなものだ。
乾いた地面を掘り返し、 小石を一つ一つ取り除く。

雑草を抜きとり、 土を細かく砕いていく。
 
堆肥を与え、 水を注ぐ。  

そして、 はじめて種蒔きだ。  

土をかぶせ、注意深く、芽吹くのを待つ。

また、水をやり、害虫を防ぎ、 実りを待つ。

秋は、必ず、巡ってくるだろう。
 
 
 
『解脱』

光、
光、
光、
散乱する光。

眩しすぎる平安。
永遠の境地がここにある。

あなたがたも、この世界に来ないか。

天使たちとともに、
光の輪舞を踊ってみないか。

神秘の笑顔と、
澄み切った空気。

なだらかな丘陵には、色とりどりの花が咲き乱れている。

魂の自由。

そして永遠の平和が、――ここにある。 

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自由であるということ ―大川隆法総裁 心の指針145―

「あの世の学校」

 

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【ギャランΛ(ラムダ)】三菱のデザイン革命で変わった、世界の街並み。

2017-01-17 22:47:32 | 減税・産業創出

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何事にも、正しい観察ということが重要だと思います。

病気だって、正しい診断をしないと、治る病気も治らないです。

私は自動車大好き人間ですが、同時に宗教的な人間でもあります。

仏教には八正道という修行項目があり、「その八正道を駆使して、私の好きな自動車界を見ると、こういう見解になります。」というのが、一連の自動車関連記事なんです。

そういう八正道的視点で見たときに、今苦境にあえぐ三菱という、ひとつの自動車メーカーを見れば、「次代のトレンドメーカー」という側面が見えるのですね。

これは何も、私が高知県人なので、土佐藩出身の岩崎弥太郎の三菱グループをひいきにしているからではありません。三菱自動車が世界に与えた影響は、技術面だけで、少なくとも7つはあろうかと思います。

そして今ある自動車製品の99.9%、フェラーリやランボルギーニなどのスーパースポーツカー以外の技術的な根源を探ると、なんと三菱車にたどり着いてしまうのです。

ある意味で自動車製品の歴史というのは、「一時的に絶滅し断絶していて、三菱車のDNAを受け継いだ製品だけが残っている。」と言っても過言ではないのです。

三菱がトレンドメーカーなのは、三菱というメーカーが、突飛な物珍しいことをするからではありません。

むしろ実直で原理原則に忠実だからなのです。そして何より、「本当に大切なのは、ここだ!」という、ものごとの本質を見抜き、なおかつそれを実現するための、技術的技能的な下地があるからなのです。だから三菱がやったこと、また、やろうとしていたことの後に、時代が付いてくるのです。

それだけの技術的背景があるからこそ、何度も窮地に陥った経験のある三菱は、そのたびに助け舟が現れるのではないでしょうか?

三菱の7大発明というのがあるのですが、今回は、わかりやすい形で三菱が次代のトレンドメーカーになった事例をご紹介します。

三菱ギャランΛ(ラムダ)です。

(1976年発売開始 三菱ギャランΛとギャランΛの内装。 1本ステアリングホイールが衝撃的)

この時期の三菱自動車の自動車デザインは、すばらしいものがあります。

(1976年 三菱ギャランΣ(シグマ) 

(1978年発売開始 三菱ミラージュ)

 

(1975年発売開始 三菱ランサーセレステ)

まるでデザインの神が、三菱に降臨していたかのような、優れた作品ばかりですね。

その中でも特に異彩を放っていて、その後の自動車デザインに、決定的な影響を与えたのがギャランΛ(ラムダ)です。

なぜならば、その後に発売されたすべてのメーカーのデザインが、このギャランΛ(ラムダ)の影響下にあるからです。

つまりそれだけ、ギャランΛ(ラムダ)はかっこ良かったんです。(笑)私は当時は小学生でしたが、「日本に、スーパーカーが生まれた。」と思いました。(爆笑)

それは決して私だけの感想ではなくて、当時の日本人全員がびっくりするような、衝撃的な自動車デザインだったのです。

角型ライトで、スラントノーズ。

ギャランΛ以降の日本車は、どれもこれもΛにあやかろうとしました。

その結果、日本車のデザインから、丸型のライトが消えたんですね。丸型ライトは、古典的なノスタルジーを意味し、過去の自動車の代名詞となりました。

角型ライトが、似合っていたものばかりとは限りませんが。(爆笑)

どう見ても、「あかんやろこれは・・・。」というのも、結構ありました。(さらに爆笑) 

(いすゞ フローリアン)

いすゞさん、ごめんなさい。 でも・・・これはあかんです。(^^;

それは日本車だけではありません。外車でもそうなんですね。

スーパーカーの特徴であった、点灯時にホップアップするライト(リトラクタブルライト)も、丸型から、どんどんと角型に変わっていきました。 

(1974年 フィアットX-9 イタリア車) 

(1989年 フェラーリF355 イタリア車)

三菱伝統のデザインは、Λとは逆の、逆スラントノーズです。僕の説では、逆スラントノーズは、高いフロントノーズを低く見せるためのデザイン処理です。フロントノーズが高いのは、前輪が前に来ているからで、それはフロントミッドシップを意味します。

Λ(ラムダ)は、スラントノーズですので、フロントミッドシップをやめてしまったかと言えば、決してそうではありません。

ラムダの元となっているΣ(シグマ)は、デザインだけが違う同型車ですが、立派な逆スラントノーズです。つまりラムダは、シグマの前輪から前(フロントオーバーバンク)を伸ばして、スラントノーズにデザイン処理したものです。

その証拠写真がありました。

わかりにくいですけれども、重いエンジンが、前輪の上に載っかっているのがお分かりでしょうか? 現代的なFR自動車製品は、すべてこのスタイルです。

それが前回記事でご紹介した、トヨタカローラレビンだとこうなるんですね。左右をつないでいる棒の下が前輪ですので、エンジンが前方に突き出ているのです。これが当時の主流のエンジン搭載方法です。

ですから、カローラシリーズが遅れていたとかではなくて、三菱が進んでいたというか、理に則った普遍的な方法を採用していたのです。これは三菱車が、かなり以前から、重量配分に気を配っていた証拠です。 

ラムダも、1969年発売のコルトギャランやGTO(70年)などの、良き伝統を受け継いでいて、考え方が、40年以上進んでいたと言えますね。

このΛ(ラムダ)やGTOのエンジン搭載位置を見て、僕はある車に似ていることに気付きました。

ドイツのスポーツカーメーカー、ポルシェの924です。

(1975年発売開始 ポルシェ924 ドイツ車) 

当時スバル1000によって、高性能RRを完全否定されたポルシェは、その後の主軸車種としてFRを模索していましたが、その924の開発モデルとなったのは・・・ひょっとしたら・・・三菱コルトギャランだったのかも知れません。 

いやそうでしょう。時系列的には、そうに違いありません。 

ポルシェはラムダ以降、急速に三菱に接近してきました。当時のポルシェは、三菱に着目していたはずなのです。何せスポーツカーの大御所ポルシェは、三菱の7大発明の一つによって窮地を脱したことがあるからです。 

その三菱とポルシェのヒストリアは、また後日。(笑)

            (ばく)

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1978 三菱ギャランΛ cm (1978 Mitsubishi galant Λ commercial)

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宇宙は富にあふれている

2017-01-16 23:17:21 | ばくちゃんの独り言

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今年の幸福の科学の基幹経典は「伝道の法」です。

伝道とならび、宗教にとって欠かせないのが「布施」です。

「これらは両輪である」とは、25年前に発刊された「伝道論」に書いてあったと記憶しております。

伝道とは、言わば自動車であって、良き教えとは、超高速で駆け抜ける高性能自動車でしょうか。

あるいは、多くの乗客を、安全に目的地まで運ぶバスのようなものでしょうか。

それとも、道なき道を行く、クロスカントリー4輪駆動車と言えるかも知れませんね。

 

一方、布施は、「ガソリン」ではないでしょうか。 

いくら高性能スポーツカーでも、高級高速バスであっても、ガソリンがなければ走れません。

しかし高性能車であればあるほど、ガス欠なく走り続けられれば、走行距離は果てしなく遠くまで行けることになります。

もう一つの観点として、「宇宙は、富で溢れている」という神の眼から、見た真実があります。

これは幸福の科学のみならず、多くの宗教やスピリチュアル系の思想で言われていることです。

今世界には70億人を超える人口ですけれども、つい2~30年前には50億人でしたし、2000年前は3億とか1億人という人口しかありませんでした。

今も世界には10億人ほど飢えている方がいらっしゃるということですが、昔も飢饉はありまして、まぁ超大雑把な理屈で言うならば、「地球は70億人を養うだけの富を得た」ということだと思うのです。

つまりここ数千年で、人類が享受する富は、劇的に増えたということですね。

傲慢な言い方かも知れませんけれども、「富」の観点から言えば、ここ数千年で地球は、70億人を養えるだけの豊かな星になっているわけです。

歴史上実際に増えた富を、経済学でどう表現しているかは私は存じませんが、古来より宗教では「布施行」という修行があり、同時にその布施は、宇宙から富を降ろす作法でもあったと思うのです。

3000年の歴史を持つユダヤ教では、「10分の1税」と言って、所得の10分の1をユダヤ教会に寄進するのが習わしですが、ロスチャイルド家など、世界のユダヤ財閥の富を見れば、さもありなむだなぁと私は思います。

そしてその前提には、「神仏は富んでいる。」とか、「神仏が治めし宇宙は、無限の富で満ちている。」という信仰が、古今東西世界各地にあったのは間違いありません。

そういった信仰の本質が理解できなかったのが、共産主義を提唱したカール・マルクスであっただろうと思うんです。

共産主義では、富の分配は言いますが、富の創造は言いません。

富が増えるとか、創造できるということが、とても信じられないのでしょうね。共産主義では富の分配しか言わないし、富の分配というパイの取り合いのために、暴力の行使を厭わないのです。

それは、思想の創始者のカール・マルクスが、神仏と富の関係について、全く理解できなかったのだろうと思うんですね。

「富創造が理解できない」のは、信仰心がないからなんです。

「そもそも、神仏が富であり、宇宙には、富が満ち満ちていることが信じられない」これが無神論経済学の限界なのではないでしょうか。

世の中には、「宗教法人は非課税でけしからん。世の中不景気なんだし、宗教法人に課税せよ。」という意見もあるようですが、私は大反対でして、それはこういう理由からです。

①世界中どこにも、宗教に課税している国がないので、日本だけが課税すると、世界からの孤立化を招く恐れがある。

②宗教には利益はない。それらは活動資金なので、本質的に課税対象ではない。

③宗教への布施や寄進は、教団の利益や資産ではなく、信者氏子の共有財産なので、これまた本質的に課税できない。

まぁ、小難しいことでなくても、畏れ多くも神様に課税するような国家には、私は住みたくはないですね。

そのような政府は、傲慢の極みだと思いますよ。

むしろ、宗教法人や神社仏閣などに布施や寄進をした信者氏子には、減税措置をいただきたいくらいです。

政治資金の提供や学校法人への寄付には減免措置があるのですから、宗教への布施等にも、私は配慮があって然るべきだと思うんですが。

ということで、本日は経典「ダイナマイト志向」の抜粋をご紹介いたします。

          (ばく)

【CM】『伝道の法』

https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=183

 やがて何年か何十年か後に、あなた方は一人残らず地上を旅立つことになります。旅立った後、まっさかさまに地獄に落ちる人を別とすれば、たいていの人は、必ず自分の一生というものをもう一度見せられることになります。

そのときに恥ずかしい思いをしないようにすることです。人間ですから間違いもするでしょう。罪も犯すでしょう。しかし、よく反省をし、そして過ちを修正するための行為を積み重ねておくことです。

 財貨がなければ言葉を与えるということもあります。優しさを与えるということもあります。感謝をするということもあります。いろいろな仕方があるでしょう。

 しかし、あらゆるプラスのものは、神の心に適ったあらゆるものは、すべて富なのです。心の富であることに変わりはありません。その心の富を生きているあいだに豊かに築き、それをいかに布施するかということに努力していただきたいのです。

 そうすれば、あなたがこの世で布施したものは、来世あなたのものとなって返ってきます。いや、それ以上のものとなっていると言ってよいでしょう。布施をする心が大事なことがはっきりとわかるあの世の世界ではなくて、それがなかなかわかりづらいこの世でなした布施は、一の布施が十になって返ってくると思って間違いがありません。あなたの費やした時間、あなたの費やした労力、あなたの費やした富、それらのものがすべて十倍になって戻ってくるのが実相世界の本当の姿です。

 ですから、さあ、あなた方も天の倉に富を積みなさい。地上の銀行の富はたいした利息も生みませんが、天の倉に積んだ富は大きくなるばかりです。そして大きくなった富を使えば使うほどに、あなたも、あなたの周りの人も、どんどんと幸福になっていくのです。
(57~59ページ)

「豊かになる考え方」 幸福の科学大川隆法総裁御法話抜粋

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とちぎテレビ「トップに聞く」で、幸福の科学学園が放映。

2017-01-15 22:42:32 | 幸福の科学学園

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幸福の科学は、子供たちの教育にも力を入れています。

今栃木県と滋賀県に、中高一貫の幸福の科学学園、そして千葉県に、大学部門であるハッピー・サイエンス・ユニバーシティーがあります。https://the-liberty.com/article.php?item_id=10072

大学部門である・・という、私にしては少々口ごもった書き方なのは、元来、”幸福の科学大学”という名で文科省に申請していたのですけど、文科省が不認可にしたのですよ。

これについては、私なんぞははらわたが煮えくり返っておりますよ。はっきり申し上げて。

そりゃぁそうでしょう?

だって、日本には、学問の自由もあって、信教の自由もあって、資産の運用も自由なので、建物だって自由に立てていいというのが、合法的に認められているんでしょう?

大学というのは、学問の自由の範疇ですので、施設とか基本的な教科とか、教える教授陣とか、大学の表向きが揃っていて、そのうえで申請されれば、文科省は断る理由なんかないんですよ。

だって、大学申請は届け出制ですので、許認可権の云々とかは、適応してはいけないんですよ。

https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1729

それをだねぇ、文科省は、「霊言を教えるから駄目だ!」だと。

これで怒らなっきゃ、信者じゃぁないですぜョ!

皆さん、キリスト教系の大学で、「モーゼが紅海を割った?そんなの、あり得ないから、大学は認めん!」とか、「イエスキリストの奇跡とか、普通ではあり得ないから、大学はNG!」とか、創価大学で「法華経教えちゃならん!」とか、天理大学で、「天理教の教義とか、教えちゃならん!」とか言ったら、関係者はみんな怒るぜョ!

私と同じ市に住む、他教団の信者の方だって、「あってはならないこと」と憤慨しちょりましたよ。 

だって、誰でも起こせないことを起こすから、多くの人が神仏を実感するから、宗教はできるんでしょう?

そういうことが、はるか昔から、世界中で起こっているんでしょう?

これは、宗教の奇跡というのは、統計的に真理ということなのではないでしょうか?

私はそう思いますが。 

 
幸福の科学学園那須本校
 
おおっといけない。いつものごとく(笑)記事の中身が、予定より大幅にそれまくっていて、軌道修正せねば。
 
幸福の科学学園のニュースが、お正月の地元テレビの特集で放映された記事が、老舗ブログ「危機に立つ日本」で紹介されていました。
 
若い人たちが頑張って、那須町では、「オラが町の世界一」ということで、愛されているとお聞きしていて、「オジサンも頑張らねば」と思います。
 
有名大学にも、多くの生徒さんが合格しているのもうれしいですし、とってもありがたいですね。
 
幸福の科学学園関西校

 1月1日、2日にとちぎテレビで「トップに聞く」という番組が放映されました。これは、栃木県内の企業十数社のトップが各約5分のインタビューを受け、新年の抱負などを語る番組で、毎年正月に放映されるものです。

この番組の中で、喜島校長が本校の教育理念や成果についてお話しさせていただきました。

どうぞ、ご覧ください

http://happy-science.ac.jp/2017/01/post-394.html

ハッピーサイエンスユニバーシティー

番組はYouTubeにはまだ出ていなくて、幸福の科学学園サイトに、番組がそのまま紹介されておりますから、ぜひご覧くださいませ。

本日はさらに、『教育の法』(幸福の科学出版)から、一部抜粋して、ご紹介します。

幸福の科学大川隆法総裁が考える教育が、いかに真っ当で、論理的で、公平で、「個々人の個性と努力」ということを重視しているかがわかる経典が「教育の法」です。

            (ばく)

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【とちぎテレビ】ニュースワイド21 幸福の科学学園チアダンス部

 

https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=49

 基本的に、教育というものには、仏法真理でいう「縁起の理法」、すなわち「原因(因)があって、条件(縁)が加わり、結果(果)が出て、さらに、その影響(報)が出てくる」(因・縁・果・報)という法則が、非常によく当てはまると思うのです。


 それは、日本だけでなく、アメリカや、その他の国でも同様ですが、「教育というものを介在させ、通過させることによって、別の人間に変わっていく」というところが、非常に大きな特徴だと思います。
 例えば、ある学校で勉強を修めることによって、その人の将来の職業選択や、社会的なコース、さらには、親と同じような職業に就くか否かなど、いろいろな道筋が変わってくるわけです。
 そういう意味において、教育というものは、人間が、今回の自分の人生をつくる上において、非常に重要な役割を果たしているのではないかと思います。


 ある意味で、教育によって、まったく別の人生を歩むことができるわけです。学校の選択を変え、あるいは、学問における専門の選択を変えることによって、自分の人生が変わってしまう面があるということです。
 もちろん、その途中においては、家庭の経済的事情から始まって、学習環境、学校の校風、あるいは、教師との出会い、友人との出会いなど、さまざまなものが絡み合い、一つの人生が出来上がってくるところがあります。
 つまり、教育には、ある意味で一種の「魔法」のようなところがあると思うのです。


 これは、戦後だけのことではなく、戦前でもそうです。例えば、地方の石工の家に生まれて、高学歴を重ね、やがて総理大臣にまでなった人もいます。これは、『落日燃ゆ』(城山三郎著、新潮社刊)という伝記小説の主人公の話です。


 その人は、戦後にA級戦犯として死刑になり、悲惨な最期を迎えましたが、それでも、教育の効果として、「勉強ができれば、一代で日本のトップまで上り詰めることができる」ということを示しました。そうした機会、チャンスが、戦前の日本にもあったということです。


 また、明治時代まで遡れば、学問ができた人は数少ないでしょうが、そのなかでも、さらに洋行帰りの人たちには、非常に大きな違いがあっただろうと思います。外国へ行って帰ってきた人と、行かなかった人の差は、ものすごく大きかったと思うのです。
 その意味で、「教育には、人間を変える大きな力がある」ということは否定できません。
(17~19ページ)

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