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副作用

ベムリディに変更になったらなったで、その副作用が心配。

今のところ、自覚できることと言えば、

腹の調子が悪い。

関節が痛くなった。

そう痒感が出てきた。


これらがベムリディの為かどうかわからない。

どれも元々あったものだし。



ヘブスブリン、バラクルード、ベムリディと来て、ベムリディの前にもう一つ薬はあるものの、今の時点ではベムリディが最終兵器。


だから一番の心配はベムリディに致命的な副作用が出ること。

そこがやはり心配。



とりあえず今ヤバいのは腹。

下痢ともいえず、便秘でもない。

強い痛みがあるわけでもない。

言葉で表せない感じ。


はっきりしていることは下血していること。

でもこれは、きっと風邪薬のせい。

ちょっと長く飲み過ぎた。。

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北大と順天堂大が、生体肝移植後の新治療法

先日、B型肝炎治療薬バラクルードに、肝機能障害の副作用の恐れ、というニュースに驚いたばかり、で、今日、

H大病院での定期検診、ちょうど膠原病科で診察を受けていた頃、同じ病院内で記者会見が開かれていたらしい。



生体肝移植後の新しい治療法。拒絶反応を免疫抑制剤に頼らず抑える治療法という画期的な内容。

>>> どうしんウェブ




お世話になったT教授が中心になっている。




移植をすることはドナーの肝臓を受け入れること、レシピエントはドナーの肝臓を「異物」として拒絶反応を起こすこと、

その拒絶反応を抑える為には免疫抑制剤を一生服用し続けなければならないこと、結果、抵抗力を下げ感染症やがんにかかりやすく

なること、



これらの、リスクを伴う薬の服用を止められるかもしれない、というのは患者にとってはまさに画期的だ。




ニュースを読む限り、どうやら移植手術前からの対処が必要なようで、移植後10年も経った自分には縁のないことの様にも

思える。





でも、

これから、不幸にも生体移植を受けなければならないことになる人たちには、本当に明るい話題。

それが北大発で開発、発表されたことが尚更嬉しい。



特に、

若い世代、産まれて間もない子たち、それら移植後の人生が長い人たちにとっての画期的治療法になってくれる事を心から望みます。
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移植後、薬と体調~その2

病院内で、薬の管理を自分でするようになったのがいつ頃なのか、たぶん自己管理表を付け始めた頃だから
12月の初め頃だったと思います。

移植手術が10月4日だから、順調にいけば年内に退院できるぐらい、一般的には。





とにかく、数値が良くならなかったのと、肝性脳症が長く続いたので、通常よりも全てが遅れ気味だった
ので、いきなり薬の山(まだまだ薬の量が多かったので、本当に山のような感じ)を渡されて、さあ、
さあ、と言われても、脳がまともに働いておらず、かなり戸惑ったのを覚えています。




それでも、早く退院したい一心で、提案されたことは何でもハイ、ハイ言って受け入れてしまっている状態。



薬の中にはラクツロースやファンギゾンシロップのように冷蔵庫に保管しなければならないものもあって、
服用前後の往復や、服用ケースの洗浄や、とにかく薬を全部飲むのが一苦労。



でも弱音は吐けず、頭の中は早く何でも自分でできるようになって、一刻も早く病院を脱出すること。




意欲、という面では、結構いい患者だったと思います、この時期は。






年内に退院、これが第一目標でありながら、これが無理なことが言われなくても雰囲気でわかり、ならば
一月末にはなんとか、と気持を切り替え、せめて一時退院でも、と、現実的な感覚が戻りつつあったのは
脳症の影響が薄れてきていた証拠だったのかもしれません。






【2005年12月26日(移植後83日目)1日の服薬量】

(免疫抑制剤)
・ネオーラル~50mg×2回
・プレドニゾロン~5mg×8錠
・セルセプト~250mg×6錠

・ファンギゾンシロップ~5mg×3回(カビ等抑制)
・ゾビラックス~200mg×2回(ウイルス発育抑制)
・バクタ~週に3回(細菌抑制)
・ゼフィックス~100mg×1回(B型肝炎ウイルス抑制)
・オメプラール~20mg×1回(胃酸分泌抑制)
・ラクツロース~30mL×3回(アンモニア減、排便促進)
・カナマイシン~250mg×2錠×4回(腸内細菌抑制、アンモニア減)
・スローケー錠~600mg×2錠(カリウム補填)







血糖値は夕方になるにつれて高くなり、インスリン投与は必須。

免疫抑制剤は、セルセプトは朝8時3錠、夜8時3錠が基本、ネオーラルは朝と夜、その都度指示された
容量、75mgであったり100、150mgであったりを服用、そして28日からは、ネオーラルをプログラフ
に変更、これもその都度指示された容量を服用することになり、そのたびナースコールで確認するという
状態。

体調は、ダルさはおそらく一般的な移植後患者のそれ。
頭痛は、そうでもなかった様な気がします。
自己管理表に記入している文字を今見ても、かなりしっかりしているので、一時期ほどの手のふるえも
なかったように思います。

辛かったのは、相変わらずの足のむくみ、夜中、何度も目覚めること、早朝(4時とか)に決まって目覚める
こと、食欲がないこと、水分を多く摂らなければならないこと、薬の量が半端ないこと、そしてなんと言って
も先が見えないこと。




そして、薬は、やはり移植患者にとっては命綱、これを強く感じる毎日でした。
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移植後、薬と体調~その1

10月4日の移植手術の後、11月末まで、自分が自分ではない期間が2か月弱続いてました。

アンモニア値が高く、肝性脳症で幻覚(?)と現実を行ったり来たりしているので、その間の記憶自体が
曖昧なままなのです。


今振り返っても、何が現実で何が非現実だったのかよくわからないのです。

なので、このブログの大きな元となるデータも、紙として残っているのは、その脳症から醒めつつあった
11月末からのものが多いのです。








8cmファイル1冊分のこのファイル、その中で服用薬のデータが残るのは11月25日から。


移植手術から50日、状態としては、肝性脳症の終末期、残念ながら採血データはありません。

ただ、この頃既に、回診にくる先生のデータ表が分厚くなりかけていたのを覚えています。



そして先生、「・・・・・・、・・・・・・。」


+7の計算と前夜の食事メニューを答えさせる質問をされる以外、結果についての答えは殆ど無し。



先生方の表情は疑問と怪訝、手詰まり感ありありの顔、顔、顔。






ただ、薬、特に免疫抑制剤については試行錯誤の末、ようやく落ち着き始めた頃。

ところが今改めてデータを見ると、ネオーラルとプレドニゾロンとセルセプト。


セルセプトを止め、プログラフに替え、数値に改善がみられたのが12月末なので、まだまだ覚醒には
ほど遠い頃だったということです。





それでも体重は57、8kg前後、体温は常に平熱、ただ両足にむくみ有り。

食欲はなく、ほとんど食事に手を付けられない状態。




移植後2か月をもう少しで迎え、通常であれば、そろそろ退院時期を考慮されても良い時期。


でも、そんな事は到底考えられない状態であることは、回診のたびの先生方の表情がなによりも語っていま
した。





【2005年11月25日(移植後51日目)1日の服薬量】

(免疫抑制剤)
・ネオーラル~50mg×2回
・プレドニゾロン~5mg×8錠
・セルセプト~250mg×6錠

・ファンギゾンシロップ~5mg×3回(カビ等抑制)
・ゾビラックス~200mg×2回(ウイルス発育抑制)
・バクタ~週に3回(細菌抑制)
・ゼフィックス~100mg×1回(B型肝炎ウイルス抑制)
・オメプラール~20mg×1回(胃酸分泌抑制)
・ケーワン~5mg×2回(ビタミンK補給)
・ラックビー~1g×3包(整腸)
・ラクツロース~20mL×3回(アンモニア減、排便促進)
・カナマイシン~250mg×2錠×4回(腸内細菌抑制、アンモニア減)
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プログラフ

現在、免疫抑制剤はプログラフのみ。

しかも0.5mgを一日一回だけ。



当初はこれを朝8時に服用していた。夜は無し。

いつ頃からだったのか、ずっとそうだったのかわからないけれど、常に頭が痛い
状態が続き、特に午後から強くなる。


先生にこのことを相談すると、プログラフの影響かもしれないという事で、夜に
変えてみようということになった。半年ほど前。





そこで夜8時服用に変更、すると日中の頭痛は少しだけ改善された感じ。
あくまでも、感じ。


ところが今度は寝付きが悪くなる。

プログラフが関係するのかどうなのか、そもそも0.5mgだけだし。


プログラフの副作用として「睡眠障害」がある事はある。




夜服用に変える時、何かあれば朝に戻してもいい、と先生に言われていたので、
一日飛ばしで朝に変更してみた。最近。




たった0.5mgがどれだけのものか、よくわからないし、関係ないかもしれないけ
れど、寝付きが前より良くなったのは確かで、日中の頭痛が強くなったようにも
思う。

神経性、と言われてしまえばそうかもしれない。



たかが0.5mg、されど0.5mg、プログラフ恐るべし。
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薬のリスク

この週末、ジェットバイクとバナナボートを所有する友人(いつものSさん)
に銭函行きを誘ってもらったが、他の用事の為、やむなく断念。


次回こそ絶対、わたし達親子を連れってって~~!!



・・・でも、体力が、絶対的に間に合ってない!







プログラフを夜一回に変えてみて二日目、週末に差し掛かり、生活パターン
も変わり、結果はまだよく分からない。



ワクチンの事もあるが、多分今の薬の種類と量は、今後はそう変わらないは
ず。
ずっと飲み続けなければならない事実と、副作用と、心配な事はたくさんある。



バラクルード等絶対不可欠な薬と、免疫抑制剤とを、毎日服用する事のリスク
って、いったいどの位大きなものなのだろう。
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<・・・一年前>

・・・2006年 6月27日


18日の結婚記念日をなんとか自宅で迎えられたものの、腹痛はまったく治
まらない。
それどころか血尿もあり、痛みは増すばかりだ。

しかし、22日の泌尿器科の診察では石は見当たらない。
それはX線検査だけの判断で、なぜエコーをしてくれなかったのか、今にし
て思えば不思議だ。

当時は自分からお願いする心の余裕も無かった。



この頃もずっと痛み止めは欠かせない状態なので、必然的に薬の種類は多く
なる。

一日中、薬を飲んでいるような感覚で、食事はまともに取れなかった。

薬の服用に追いまくられていた。



【この頃の主な薬1日分】

・プログラフ(免疫抑制剤)        ~ 0.5mg×朝・晩2錠
・プレドニゾロン(免疫抑制剤、ステロイド)~ 5mg×朝2錠
・ラシックス(利尿剤          )~ 20mg×朝1錠
・ゼフィックス(ウイルス抑制剤)     ~ 100mg×朝1錠
・ラクツロース(減アンモニア、整腸剤)  ~ 40mg×4回
・アミノレバンEN(肝機能改善)     ~ 50g×朝・昼・晩3回
・ウルソ(肝機能改善)          ~ 100mg×朝・昼・晩2錠
・ガストローム(胃粘膜保護)       ~ 1.5g×2回
・スローケー(カリウム補充)       ~ 600mg×朝・晩2錠
・アローゼン(便秘薬)          ~ 0.5g×昼1包
・プルゼニド(便秘薬)          ~ 12mg×夜2錠
・ラキソベロン液(便秘薬)        ~ 10mL×夜15滴
・コスパノンカプセル(腹痛薬)      ~ 40mg×朝・昼・晩1錠
・ピリナジン(抗炎症薬)         ~ 朝・昼・晩3包
・ブスコパン(腹痛薬)          ~ 腹痛時1錠
・カロナール(腹痛薬)          ~ 腹痛時2錠

さらに、食事前に血糖値測定をし、その後、インスリン(ノボラピッド)注
射を、3回に渡り決められた量、自己注射しなければならない。


しかも自己管理表には、一日3回、上記に加え下記項目を測定・記述するのだ。

・体温
・脈
・血圧
・水分摂取量
・排便回数
・免疫抑制剤(プログラフ)の量と服用チェック


朝6時の起床、起床後すぐの採血に始まり、夜9時の就寝まで、静養という
言葉はまったく当てはまらない病院生活。


そんな病院生活に舞い戻るのに、それ程時間はかからなかった。

6月27日、翌日の3回目のチューブ交換・内視鏡治療の為、入院する。


5度目の入院だった。
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免疫抑制剤

移植患者にとって一生飲み続けなければならない免疫抑制剤。
移植患者以外にも自己免疫疾患の治療にも使われる。

退院後、人との会話で感染や感染防止のマスクの話しになった場合、必ず
この薬について説明しなければならなくなる。

移殖の場合でいうと、細菌やウイルスなどの自分のものではない異物を認
識し排除する免疫が、移植された自分以外の細胞・臓器に対して過剰に反
応し攻撃を加えてしまうことを防ぐ為の薬だ。

副作用や危険性のない免疫抑制剤は存在しない、といわれるだけに、薬の
パンフレットを見ても、今も服用している代表的なプログラフ(エフケー)
であれば、その副作用として、

・腎機能障害
・高血圧
・神経症状
・高血糖
・糖尿病
・胃腸障害
・高カリウム血症
・低マグネシウム血症
・リンパ腫大

と、多岐に渡っている。
実際、高血糖の為、インスリンは欠かせなくなり、手の振るえ、胃腸の不
快などが続いた。


そこでどうしても不安になるのが、副作用の他、色々なものに対する感染。
そして感染と共に、悪性新生物の拡大を抑えきれなくなるということ。

つまり癌にも罹りやすくなること。

現在は予防医療が叫ばれ、免疫を高める色々な方法が流行している。
免疫抑制剤を飲むということは、それとはまったく逆の事をしているわけ
だ。

移植によって命を救われ、頂いた肝臓を自分のものとする為に免疫抑制剤
は欠かせない。
その免疫抑制剤によって、また、生きていく上でのリスクを負うというの
だから、皮肉な話しだ。


ちなみに、一概に免疫抑制剤といっても各種あり、肝臓では主に

・プログラフ(エフケー)
・ネオーラル(シクロスポリン)
・プレドニゾロン(プレドニン、ステロイド)
・セルセプト

などがあり、その時の状況で使い分けられるようです。


私の場合、大まかにいうと、
移植直後の12月の段階では

・ネオーラルとプレドニゾロンの併用(重い副作用を抑え、免疫効果を高
める為)+ セルセプト

その後1月からは

・プログラフとプレドニゾロン

を続け、現在はプログラフを朝・晩、0.5mgずつ服用している。



移植後は肝機能値がなかなか良くならなかったが、免疫抑制剤も色々と
変えていて、変えることによって肝機能値も微妙に変化しているようだっ
た。
その他にも、その頃は肝機能の改善の為には薬の種類を変えて様子をみる
ことしかできず、頻繁に種類と量が変更になっていた。

その種類も一番多い時で、一日に20種類以上飲む時もあった。


薬でお腹いっぱいで、ただでさえ○○い病院食が一層○○く感じるのだ。
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命の値段

先週金曜日は定期検診。
心配していた結石はどうやら流れ出たらしく一安心。

そして血液検査の結果も良好で、医師からも「大きな手術を2度、大変だった
けど良かったねぇ」、と言って頂き、本当に生きている実感がする今でありま
す。

で、・・・、で・・・、気分良く帰宅できると思ったら・・・、

以前このブログにも書いたB型肝炎の発症予防薬であるヘブスブリン、これが
保険適用外となり、新薬に変えざるをえなくなってしまったわけですが(H大
病院では該当する約40名全員が変更したらしい)、当然抗体が下がるわけで
その結果、ついに抗原が陽性の疑いのある人が現れたという話しを聞かされま
した。


ヘブスブリンを投与する事によって、HBs抗体を増加させ、HBs抗原を
陰性に保ち、肝炎の発症を防ぐのですが、抗体の減少により、当然再発症の危
険は高まります。

昨年末の説明会でも伝えられていることであり、前例が少ない為、ある意味、
実験台的なことも言われていたことです。

ただ実際に目の前に事実を付き付けられてはいい感じはしない。

検査方法の違いもあり、まだ”疑い”の段階であるため、現在入院治療中だが、
DNA鑑定中で、間もなくその結果が出るらしいとのこと。


ワタシの知っている人に聞いても、やはり抗体の数値はほぼ半分ずつ減少して
いる。
ちなみに自分の場合、

・2006年12月15日~ヘブスブリン最終投与日
・HBs抗体値
 2007年 1月12日~329.8 mIU/ml
 2007年 2月 9日~160.7 mIU/ml
 2007年 4月 6日~ 30.0 mIU/ml
 2007年 6月 1日~  3.9 mIU/ml


で、今後のことですが、このまま放置し抗原が陽性になった場合、確実に肝炎
が再発するらしい。しかも今は免疫抑制剤を服用しているので従前より進行が
早いということだった。

そこで対処方法ですが、一番は、またヘブスブリンを投与する事。
抗原が陽性になった場合は入院し、ヘブスブリンを集中投与し陰性になるまで
続ける事。

ここまできて再発は絶対に考えられない。もちろん入院(最低でも2週間程度
になるらしい)もしたくはない。
だからといって、保険の効かないヘブスブリン。
今までのペースで投与すると一ヶ月に12万円になります。

量を減らして投与する事も可能らしいが、それにしても。

保険の再適用に向けて、厚生労働省に直接働きかける話しがある。


ヘブスブリンという薬、米国で抗体の強い人から採血した血液を原料としてい
る。
化学的に作ったものではないことを知り、保険云々また、高額な料金にも一応
納得はできるんです。
地域によって保険適用の有無があるのも理解している。

ただ、この薬によって助かる命があるんです。
そこはかとない不安が解消されるんです。
これが贅沢な要求なんでしょうか。

移植手術もそうなんです。
実際、保険の対象外となり、お金の工面ができず移植をあきらめている人が
大勢いるんです。
せっかく移植で助かった人が、その後の高額な薬代を払えず、生活に困窮し
ている人がいるんです。

まるで命に値段を付けられ、寿命を決められるかのように。

保険っていったい何なんでしょうか。
社保庁の年金問題にも通じるものがあると思うんですが、将来の為、もしもの
為に投じていた自分のお金が、いざという時、助けてくれない。
本当に必要な時に役に立たないのであればそれは保険でもなんでもないと思う
んです。

結局、大事なことが無責任な、当事者ではない、痛みの知らない人に決められ、
運営されていく。
やはり自分の身は自分で守れってことでしょうか。

でもでも、自分は周りのたくさんの方に助けられた、この事だけは忘れません。




PS:国会で安倍さん、年金について
   「要求があれば、全員に支払えってことですか!!」
   って叫んでましたけど、

   「あったり前じゃないですか!」

   もし支払えない理由があるんなら、その証拠を示すのが社保庁の
   ”責任”じゃないですか?!

   「証拠を示すのは国民じゃなくて、あなた達ですよ!!」
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退院

今年は北海道日本ハムファイターズが不調。  
でもコンサドーレ札幌は暫定ながら現在首位。 

熱しやすく冷めやすい、と言われる北海道人気質。
(当たってます!)

だけど調子の悪い時ほど、誰かに助けて欲しいもの。
強くても弱くても応援していきます。



----------------------------------
<・・・一年前>

・・・2006年 2月10日


この日、退院に向け今後の方針を説明されるということで、妻と姉二人
が来院。
ここにきて肝機能値が改善されてきたこと、それでもまだまだ不十分で
あること、そしてシャントのこと。

すでに何度か話しを聞かされていたので、大体は理解できていたが、シ
ャントの閉鎖手術は、なんとか、しないで済むのでは、という希望的な
内容だった。

あまり期待できるものではなかったが、とにかく早く退院して、そして
退院してしまえばなんとかなる、そう考えることしかできなかった。


そしてまた、薬の量もかなり減らされた。

この時点で常時飲んでいたのは13種類。

中止となったのは
・カナマイシン
・ファンギゾン
・ゾビラックス
・オメプラール
・グラケー
の5種類。

継続されるのは
・プログラフ
・プレドニン
・ゼフィックス
・ガストローム
・スローケー
・ラクツロース
・ウルソ
・アミノレバン
の8種類。

多い時で20~25種類位は飲んでいたので、数としてはかなり減り、
少しだけ薬の負担は減った。



翌11日は退院前最後の外泊で帰宅する。
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アミノレバンEN

この病気になって以来、体のどこかに常に痛みを抱えている。
手術後は傷の痛みであったり、結石だったり、腸炎だったり。

そしてドレンで胆汁を排出するようになってからは、右脇腹に開いた穴の
痛みなどなど。

そして今は右腕の痛み。
すっかり衰えてしまったにもかかわらず、仕事で酷使してしまい、残った
少ない筋肉の炎症。
整骨でリハビリ中だが、一年かけて悪くなってしまったもの、そう簡単に
良くなるわけもなく、夜中に痛みで目が覚めることも。


まあ、又一年かけてゆっくり治していく事にします。




----------------------------------
<・・・一年前>

・・・2006.1月下旬


すっかり横ばいになってしまった肝機能値。

退院の話しも少しずつ出てはきたが、気持ちは焦るばかりだった。


そんな時、担当の先生がこれを飲んでみましょう、と持ってきた薬が、

「アミノレバン」。

粉末だが200mlの水に溶かして飲む。しかも毎食後。

決して飲みやすい物ではなく、量が多いので、慣れるまでは一苦労した。

これで点滴が減るなら、という思いだけでなんとか我慢していたが、
なんとこれが、2月の退院へのきっかけとなる。


それまで、どんなに薬を入れ替え、試してきたのに一向に改善しなかった
肝機能値が、少しずつ良くなってきたのだ。
薬のせいだけではないにしろ、「Mさんの場合、何かが引っ掛かるんだ
よね」と言われ続けてきたその何かが良い方向に向いたのかもしれない。


こうなったら200mlでも2000mlでも飲んでやろう、とか、少し
前向きに考えられるように、やっとなってきたのがこの頃です。


病気が発覚し、最初の入院からそろそろ半年が経とうとしていた・・・。

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