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涙の一年

    誰か!プレゼントください!!



・・・・・・・・

昨年8月の発症以来、一年と五ヶ月が過ぎました。

劇症肝炎? 生体肝移植? B型肝炎? レシピエント? ドナー?・・・etc

それまで耳にした事はあっても、その意味さえ知らず、まったく他人事と思って
いたことが一気に自分の身に襲い掛かってきました。

言い知れぬ不安と恐怖、治療や手術やあらゆる痛み、そして無事に病院を出られる
のか、毎日これらの思いの連続で過ごしてきました。

その間、支えてくれたのは、もちろん家族や友人、そして全力で力を注いでくれた
医師や看護師。

絶望して泣き、痛みに泣き、かすかな希望に涙し、そして2度目の手術の成功には
一年分の苦しみと喜びに全身で感激しました。

本当に涙の一年でした。

この病気を通して、自分の病気に対する考えの甘さ、知識の無さを知りました。
もう少し知識があれば、また違った対処の仕方があったのではないか、と思う
ことはたくさんあります。

そして何が分からないのかが分からない、そんなジレンマがあり、知識を得よう
にも情報が乏しい、というのも感じ、そういう面での何かがあれば、と強く思いました。

このブログを始めたのもその理由の一つです。

もしこのブログが、同じ境遇の方の参考になれば、何か一つでもヒントになれば、
このブログの意味も違ったものになります。

自分のことを書くこと、真実を書くことで見る人が影響を受け、自分自身も自分の
価値観を見出せれば、こんなすばらしいことはないと思います。

このブログを通して、見知らぬ人から励ましを受け、勇気をもらい、感動をもらいました。

自分なんか比べ物にならないような苦しい体験をした方、志半ばで亡くなられた
方、家族の為、自分の為に精一杯生きていられる方、いろんな方がいる事を知り、
多くの方と知りあうことができました。

最高の財産だと思っています。



こんな大病を煩いながらもなんとか克服することができました。

まだまだ生きていける運命だったのかとも思いますが、ではなぜこんな病気に
なってしまったのか、とも思います。

生かされる運命であるなら、こんな病気にならなくても、と考えるといろんな
思いが浮かびます。

マイペースで突進してきた自分に対して、「ちょっと周りを良く見ろ」、
「自分一人では生きていけないんだぞ」、と。

何でもかんでも自分でやって、人に頼らなくたって、と頭の片隅にあったその
頭のてっぺんに釘を打ち込まれたようなものです。


体調に不安のある人はもちろん、健康な人も病気に関する知識を持って下さい。
私がこんなことを言っても、何の説得力もありませんが、知識が無い為に、そ
して自分自身の考えの甘さで、一年以上を闘病に費やすことになってしまいま
した。

もう少し早く対処していたら、と思っても後の祭りです。

発症する数ヶ月前、知人に「俺の知ってるヤツでさあ、ぎっくり腰で一年仕事
もできずに棒に振ったやついるんだよね」 と聞かされ、「そんなことになっ
たら大変だね」 と話していたのは自分です。


まもなく新しい年を迎えます。

自分はともかく、妻や子ども、家族に二度とこんな思いをさせるわけにはいき
ません。

頑張らなければ、と思うのと、頑張り過ぎると再発するのでは、という思いと、
それが今の最大の悩みです。

新年も多くの人に励まされ、助けられ、生かされていくのでしょうが、少しで
も楽しい話題と情報を、このブログからお伝えすることで恩返しができれば、
と思っています。
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★ Merry Christmas ★

           Merry Christmas !!
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ひとりぽっちのクリスマス


去年のクリスマスイブは病室で一人で迎えた。

11月の終わりだったか、12月の初めだったか、今となっては良く覚えてい
ないが、薬の種類を変えた為かおよそ2ヶ月におよぶ肝性脳症の症状も薄ら
ぎ、意識がはっきりしてきた。

その為、12月末までに退院、という話しも出たほどで、それは叶わなかった
が、クリスマスには一時外泊できるものと思っていた。

実際、医師からは一度OKが出ていた。

すっかりその気になって家族にも伝えていたのだが、直前になりそれも駄目に
なってしまったのだ。

その後、結局今年9月に退院するまで7回も入退院を繰り返すのだから、所詮
無理な話しだったのかもしれない。

しかも当時は4人部屋に入っていたのだが、12月中に1人、2人と退院して
いき、クリスマスの夜は自分一人になっていた。

4人部屋に1人というのは何度かあったが、かなりキツイものがある。
元々個室は嫌いで、大部屋でいろんな人と会話するのが落ち着けるし、しかも
クリスマスイブ、というのだからその寂しさといったら・・・

これも病気に比べれば贅沢な悩みなのかもしれないけれど。


今年はなんとか我が家でクリスマスを迎えられそうだ。

本当に色々なことがあった1年だったけれど、みんな元気でいられることが
何よりで、家族全員健康で新年を迎えられることが、普通のことが、幸せな
ことなんだと、つくずく思うのです。
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ヘブスブリン-IH

         「世界の中心で”藍”が叫ぶ!」「ファ~~~~」



・・・・・・
昨晩、H大病院から速達が届いた。

以前から主治医に聞かされていたが、B型肝炎の再発予防薬のヘブスブリン-IH
の保険がまったく効かなくなったという通知だった。

もともと他県では保険の効かないところが多かったようだが、北海道では保険適応
となっていたので、今回の状況は大変なことだ。

なぜ大変かというと、まずその値段。
手術時、前後はもちろん、退院してからも基本的に一ヶ月に一度投与しなくては
ならないのだが、それが一回約12万円、年間で144万円もかかるのだ。

しかも、ヘブスブリン-IHを投与していれば再発の可能性はほとんど無く、
投与を中止して他の薬に変更した場合には再発の可能性が出てくるというのだ。


そもそも移植手術自体、自分の場合、特定疾患を認められ、保険の範囲内でおこ
なってこられたので随分と助けられたが、保険が効かず移植を諦めている人が
大勢いる。

肝硬変に癌を合併している場合には、肝内に5cm以下1個、または3cm以下
3個以内が存在する場合のみ保険適応になるというのだ。
最初、他の患者さんからこの話しを聞いた時には耳を疑った。

保険医療費の高騰や、手術施行の意味といった問題もあると思うが、いったい
この線引きの基準はどこからくるのだろう。

医療費の高騰は今の社会環境や食生活の変化、長寿社会といったことを考えれば
当然だろうし、官僚や政治家、社会保険庁などの無駄使いに比べればとるにたら
ない額であろう。

不摂生が原因の場合もあるだろうが、多くの、まったく予期せぬ、不意打ちを
食らったような我々健康弱者に何の罪が有るというのだろう。

手術で助かる命、薬で助かる命が目の前にたくさんあるのだ。

老人医療費負担増にしても、長年に渡って社会を支えてきたお歳よりに何の責任
があるのか。


自分が、家族が、友人が、突然病に倒れたら・・・けっしてお金で買えないもの
がある。

ただ、保険が効かないが為に、最先端の医療を受けられない為に、自分の将来が
不安で不安でたまらない人が、私の周りにもたくさんいる。



・・・23日、H大病院で今後の対処に関する説明会が開かれる。
決まったことは変えられないこと。皆さんどんな選択をするのだろう。

病気のことで悩むのはいい。でもこんなことで悩むのはもういやだ。
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その年を表す漢字一文字が、今年は"命"に決まった。

新しい命が生まれ、そして貴重な若い命が奪われたことが影響しているという。

自分にとっての漢字一文字もまさしく"命"。
今まで、深く考えもせず、勢いのまま生きてきた自分にとって、今年は"命"という
ものを強く強く感じさせられた。

何もないまま過ぎ去っていく命。
生きたくて生きたくて、それでもかなわぬ命。
自ら絶ってしまう命。
他の人に与える命。
他の人から奪われる命。

"命"にもいろいろある。


これまで普通に生きてきたのに、歳をとって死んでいくのが当たり前と思って
生きてきたのに、突然突きつけられた現実。

しかも自分だけの力では何の解決もできない、無力を知らされた状況。

似たような境遇の人はたくさんいるのに、「自分だけが」、「何で!」という思い
から未だに抜け出せないでいる。

体は少しずつ良くなっていっても、心がなかなか追いついていけない。
家庭で普通に生活しても、仕事に追われても、とにかく何かが引っ掛かる。

「大分、体調良さそうだね。」と言われても、心のどこかで「本当にそうか?」と
考えている自分がいる。

今まで他人の生き死にを耳にしても、所詮他人事、としか考えてこなかった
のに、自分がその立場になって初めて"命"を意識するなんて、何とも身勝手な
ことだと思う。

だけど、どんな時でも、色々な思いが渦巻いても、

それらを全て含めて、自分の中に吸収して、せっかく与えられた命なのだから、
精一杯生きていこう、と思う。


この一年間、もっともっと長く生きたいのに、生きられない人をたくさん見てき
て、自分と比べて・・・、複雑な思いのかんぞうくんでした。
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遊び心

          ↑こんなんではありません。byおやじ


仕事が忙しく、久しぶりの投稿になってしまった。
久しぶりって、日記なんだから毎日書け、って自分を責めつつ、何か
面白い画像を載せなくては、と余計な考えをめぐらせているうちに・・・


やっと仕事ができるようになって、無理をしないよに気を付けつつ、それでも
締め切りに追われるなかで、ふっと、病気になる前と違うな、と気づいた。
結構シビアな仕事で、100%で当たり前、少しのミスも許されないので、
どうしても終了までは神経質になる。心の余裕がまったく無くなる。

でも今は、余裕とまではいかないが、何か違う。
仕事をしていること自体が、ちょっと前までは考えられなかったので、忙しさ
さえも楽しいのだ。
それに体調一番なので、仕事に対する余裕も逆に生まれる。

体に妥協しないが、仕事には平気で妥協してしまう。
こんなことは今まで絶対に無かったのに。
本当は良くないことだけど、それが良い結果につながることもある。
厳しい局面でも「まっ、いいか」と思えるようになった。




最近はどこのお父さんもお母さんも良く遊ぶ。皆、たくさん仕事して、たくさん遊んで
充実しているように見える。笑顔がいっぱいだ。

若い頃はいろんなことをしたな~と思う。
喧嘩もしたし、酒だって浴びるように飲んでいた。
結婚し子どもが産まれ、20代で転職、独立し、仕事に追われているうちに
遊び心を無くしてしまっていた。

今は家族のいる生活が最高、最大に楽しいけれど、頭の片隅にでも遊び心を
意識していけたら、これからの人生、もっと充実したものになると思う。
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幸せのランプ

30万人に一人の難病。
従妹のNちゃんは左目眼底部の腫瘍という難病と闘ってきました。

今日、STVラジオの「リクエストプラザ」という番組で、Nちゃんのお便り
が紹介されました。

自分で目の異変に気付き、札幌の病院では眼球摘出しかない、と言われ、それでも
納得できず、自分で前向きにそして良い医師にめぐり合い、千葉の病院を見付け、
摘出せずに治療し見事に克服し、3年間の闘病生活を送ってきました。

それでも自分の置かれた境遇を考え、結婚の夢を捨て両親と共に暮らしていこう、
と思っていました。

しかし今年、ある男性と知り合い、お付き合いしながらも自分の病気のこと、
告げられぬまま、それでも勇気を振り絞って告白。
彼の暖かい言葉、「全て含めて・・・僕が左目の変わりになるから」

病気がわかった時でも涙を見せなかったお母さんが、彼の言葉を電話で伝えた時、
初めて泣いたそうです。

いくつになっても母親の子どもに対する愛情は深くて重い。

そして今月12月、婚姻届けを提出するそうです。


Nちゃんは、私の闘病中も手紙や言葉で励ましてくれました。
たくさんの勇気をもらいました。

今度はNちゃんが幸せになる番です。

3年間頑張ってきたのだから・・・苦しくて辛い思いをしてきたのだから。



番組の最後にかかったリクエスト曲、玉置浩二の「幸せのランプ」・・・

そのフレーズ
「人は幸せになるために生まれてきたんだから 好きな人と一緒にいなさい。」

Nちゃん、そしてお二人、ず~~っと一緒に、永遠にお幸せに。
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リラックス

ストレスをため込んだあなたへ … リラックマ!!
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