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再会

いくらデブ症、あっいや、出不精になってしまったとはいえ、誘われると誘われるがままふらふらしてしまうのは、昔となんら
変わっていない。

年末は色んなことがあって、人と会う機会も増える。





23日には、大学時代の先輩と約18年ぶりの再会。

仕事で札幌での打合せの帰りに会おうということになった。

一緒に仕事をしている息子さんともども来道。


PCシステム関係の自営の仕事を、息子さんに手伝ってもらっていることが羨ましいと思う気持ちと、我が家では有り得ない、という
気持ちと・・・


まぁでも、同年代の仲間が大企業相手に仕事を頑張っている様子を聞いて、励まされ勇気をもらった貴重な時間ではありました。






昨晩は、ずっと前からお世話になりまくっている、次男くん繋がりのお父さん、お母さん達とこれまた暫くぶりの男女子会。

なんたって、ずっと昔から、更に移植ど真ん中の頃を経ての付き合いだから、病気の事も我が家の事も、一番知っている人たちという
ことになる。

自分が歳をとるということは、周りも当然歳をとってきているわけで、みな、体調とか家庭とか、それぞれの悩みを抱える。


病室で繰り広げられる「病気自慢」ではないが、負の部分を口に出して言いあえる機会ってのも結構貴重なもので、それもこれも
気心が知りあえていればこそ。







最近、よく考えることがあって、

歳も取り、体調も良くなくなって、いわゆる「できること」が少なくなってきている。

ならば現状「できること」はできる範囲でやってしまおうと思うわけで。

それでなくとも、限られてきた命だけに一日一日が大切で、何もしないと無駄感が半端ない毎日だ。


だからできることはやる、できなくてもやる。

人と会うのもその一つ。

明日会える保証はない。




と考えると、会わなくなって久しい人、たくさんいるなぁ。

みんな元気かなぁ。



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電源の入らないPC、データだけ欲しいんですけど。

今年も色々あったし、色々やってきた一年、例年通り、年末年始も仕事が途絶えることはない。



一つ満足できることは居間のテーブルを作ったこと。

構想4、5年、図面を温めたまま、なかなか時間が取れずに行動できなかったのに、先に椅子を買ってしまうという、
「荒療治」の結果、なんとか形にはなった。

なんだ、やろうと思えばやれるじゃん、と思ったり思われたり。



今年は、仕事以外は余裕の年末だ、と勝手に思っていたら、年賀状の住所録が・・・

もう年賀状以外に使わなくなって久しかった旧型PC、その「年賀状の為だけのPC」が、ついに電源さえもが入らなく
なったことに気付いたのが、妻が年賀状作成を始める少し前。

何が困るかって、宛名住所録はすべてそれで管理していたから。

データのバックアップは常に心掛けていることだけど、まさか電源自体が入らなくなるのは想定外で。



しかもこの壊れたPCに移し替えた時のデータも見当たらない。

なにせ9年前のこと。



「あ~打ち直しかぁ」

と諦めかけたが、でも病気で学んだ「諦めない心」、というよりも「いかにして楽するか」という精神で、やるだけやって
みようと。





長年頑張ってくれた富士通製のPC。
これは病気になった年の春、購入したTVチューナー付のもの。
思い入れは、ある。やっぱり。





でもここはしょうがない、バラした。






とり出した、HDD。




で、このHDDが壊れていなければ、普通にデータは取り出せるはず。



これを使えば。



「USB変換インターフェース」

ドラえもんの道具みたい。




そんな高いものではないのでまずはこれを購入。

これを取り出したHDDと接続、更にUSB側をPCと接続、あとはHDD内の住所録データを探すだけ。






専用ソフトで作った住所録を見付け、そのデータを、今後使うPCの「筆ぐるめ」で取り込み、無事終了。




多少のお金と時間はかかったものの、新たに打ち込む手間を考えれば、まぁ良かった。


もうアレだ、Winが起動しなくとも、電源が入らなくとも、諦めなければ何とかなるもので、多少なりとも気が楽に
なった年末でした。
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劇症肝炎、その後

区役所に受給者証を取りに行った帰り、庁舎の隣のSEIYUに寄って買い物をしていると、背後から小さな
男の子の叫ぶ声、

「母ちゃん、ハラ減った。選ぶの後にして!」

振り返って見ると、小学校に上がるかどうかの小さな子。



久しぶりに聞いた、「母ちゃん」の声。

おまけに、あの幼さで、「選ぶの後にして」の」主張。

日本の将来は、明るい!?




さて、その区役所。

「『劇症肝炎、重症急性膵炎』の受給者の方」という下記の注意書き付で受給者証を受け取ってきた。







改めて、

現在受給者証を持っている人は、とりあえずは助成の継続はそのまま。

一応、「3年間は、」という前提付きだが、厚労省の担当者の、あまり頼りにならない話しとしては、余程の事が無い限り
はずっと継続、らしい。



そこを信用していいものか、難病指定を外されることをどう受けとめたらいいのか、増税と社会保障がどう絡むか、等々
考えれば切りがないが、

それにしても、

波線部分、

「平成27年1月1日以降は、新規の申請を行うことはできません」

という部分。



改めて思う。

こういう不平等があっていいのだろうか。

ちょっとおかしくないか。



おかしい、と言えば、2004年を境に、保険適用となるかならないかという移植の問題もあるけれど、そういう意味で言えば、
2005年に移植を受けて、保険にも医療費助成にも該当する自分は、その面では幸運と言える。


だからこそ、と思う。



こんな所にまで「格差」が生じていいものか、と。



これが将来大きな問題にならない保証はないし、第一、もし今受給者証を持っている人が更新手続きを忘れたら、その時は新規扱い
になり、つまりは申請ができなくなる、ということだ。

どうなだよ、これ。




少なくとも自分には、今まで一度たりとも、

「特定疾患受給者証の更新期日が近付いています。忘れずに更新申請を済ませてください。」

などという、「親切」な連絡が来たことがない。


年金とか税金とか、ほんの少しでも納付が遅れたら、まるで鬼の首を取ったかの如くの、「親切」な郵便の雨あられなのに、だ。





なんだかなぁ。

何度も何度も言うけれど、原資は確かに税金、でも、こういう時の為に、決して安くはない健康保険料とか各種税金とか、
苦しい生活の中から苦面しているんだよなぁ。


色んな意味で、変な「医療格差」だけはないようにお願いしたいものです。
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