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「働くこと」と「移植医療」

今日、今年初めて自転車に乗った。

ある理由で、手術後乗れなくなっていた、本来は大好きな自転車。

それでも去年、探しに探してやっと見つけて購入した自転車、なんと、情けないことに去年も一度乗っただけ。


何故か?

バカみたいに調子に乗って坂道とか走って、揚げ句、速攻で腰痛。

これがまたトラウマになってしまった。

妻にも、

「最初から長い距離走ったりするからさ。」ってバカにされ...



で今年、今日まで、車庫で、眠っていらっしゃった。マイ自転車。





それでも乗ってみると、やっぱり気持ちいい。

今は足がパンパンだけど...




自分にとって、自転車って、移植後のキーポイントになることだった。

自転車に乗れることが、自分にとってはかなり重要なことだったのだ。





移植して命を長らえること。

とても重要なことで、それこそ移植医療の使命。

な、はず。医療を施す側にとっては。


でも、自分にとっては(多くの移植患者がそうであると思ってる)必ずしも助かることが目的ではなく、

移植して、一命を取り留めて、元の生活を取り戻して、しかも働けるようになること、これしかなかった。

移植後、再手術で退院できるまで、まさにそことの闘いだった。



今にして思えば「贅沢なこと」だったのかもしれないけど、当時は何の為に移植したか分かったものではない、と考えていたものだ。


「働くこと」と「移植医療」


この両立、究極の目標。



「北海道移植医療推進財団」が発足して初の公開口座。






今週末に開かれる講座に出席してみようと思っている。


「働くこと」と「移植医療」、これがテーマだから。





移植後の暮らし、特に胆道閉鎖症などで若くして移植された方にとっては、移植できたこと、と同等以上に大切なことなんだと思う。

働き盛りの自分にとっては、働くこと。

移植できたからできたこと。これからできること。




究極の医療、であるはずの移植医療。

でも自分にとっては、

移植のその後、が、本当に大切なことだ。








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「言葉の暴力」と「真実」

「北朝鮮からミサイルが飛んで来るから逃げなきゃ!しかも目標はここ(H大病院)だよ。ニュースで言ってたでしょ!!」

って、真剣に看護師さんに訴えていたのは、移植手術後の、肝性脳症がひどかった頃のこと。



当時はこれが自分の中では真実で、でも看護師さんから見たら「典型的な肝性脳症患者」の戯言。



ところが最近は決して戯言とは言ってられない事態になりつつある。

特にここ数回は北海道上空を飛び越えて行くんだから。

たまったものではない。



なんか素人眼には、「飛んできたものは撃ち落としてしまえ」なんて思ってしまうけれど、それも難しければ、破壊物が落下してきても困る。



実被害が無ければいいってものでもなく、今はそれぞれがそれぞれの立場で言いたいことを言い合ってる状況。

言葉のやりあいが、感情のもつれを生んで、それが実行という形で現れた時、それこそ、終末の始まりが、始まる。



「言葉」って、時として本当に暴力になる。

確かに、かの某国に、「話し合いで」なんてことが通用するとも思えないが、そういえば、安保法制論議の時、都知事選の時、

「どこの国が日本を攻めて来るっていうんですか?」

って、呑気なことを言っていた政治家?がいたが、今の状況をどう思っているのだろう。



某国のやっていることは、高高度とはいえ、限りなく領空侵犯に近しいことだし、東シナ海の一連の行動は、C国やR国の明らかな侵犯だ。




平和憲法や、それこそ話し合いが通用しない相手に、黙っていてどう対応しようというのだろう、という気持ちと、

「それを言うか」って気持ち。





「言葉」は暴力になる。

始末が悪いのは、それを感じるのは、おそらく言われた側だけ。よほど悪意を持って言えば別だけど。


この言葉の暴力というのが、この歳になると、マジ面倒臭い。


仕事に絡むようなことなら、「所詮仕事だから」で済ませられる。


ところがプライベート、特に子どものこととかなると、「冗談じゃないぞこの野郎」となる。


基本、「自分人間」の自分としては、大抵のことは、「どうでもいい」で済ませられる。




でも子どものこととかならそう簡単にはいかない。

顔で笑いながら、

「てめぇ、真実のどこまで分かって言ってるんだ。」と。


まぁ、極論から言えば、「本当のことを何も知らない人」から何を言われようがどうでもいいんだけれど。





例えば病気のことでもそう。

自身の持論としては、


・病人の気持ちは、病人しかわからない

・しかも、同じ病気で、同じ病歴を踏んできた人しか真実はわからない




これは世の中、たぶん全部共通。



その人のことはその人しか、

その家庭のことはその家庭でしか、

その会社のことはその会社の人しか、

その仕事のことはその仕事をやっている人しか、


絶対わからない。


もし第三者が語るとしても、それはほんの上っ面しかわかっていない上でのこと。






長男くんの勤め先のことで、分かった風なことを言われる。

次男くんの就活でも、分かった風なことを言われる。


本質をわかってないヤツが、語るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

バッカじゃないの!



でもこれ、自身に対する戒めでもある。

よく知らないことを、他人に語っちゃダメ。

恥をかく。いい気になっているのは自分だけだ。

「片腹痛い」ということ。




とにかく、

「言わないと気が済まない」という勢いだけで、「言ってしまう」ことは恥ずべきこと。

これは、いつでも、どこでも、誰とでも、だ。






もう一回、


本質をわかってないヤツが、語るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。







あぁスッキリした。

ブログがあって良かった。



う、ん?

そういえば、ブログで、


好きなこと、

語ってるわ。自分。



もう一度、自分自身に、

本質をわかってないヤツが、語るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。







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たかがポリープ、されど...

来月早々の年次検診までに、大腸ポリープをどうするか決めなければならない。

すぐに取るのか、来年の内視鏡検査時まで待つか。



そもそも、来年、本当に内視鏡検査時にポリープ摘出できるように、なるのか。

これがダメなら迷うことはなくなるんだけど。



やはり妻の言うように、

「すぐに取らない理由が無い。」

っていうのが正解なのか。



下剤を飲むことには問題ないし、今回みたいに前日の食事に気をつけると綺麗に排便されることも分かったし。

別に今さら一泊くらい入院したって、一年入院してたことと比べようもないし、そういった点では問題ないんだけど...



まぁそれぞれメリット、デメリット、あるんだろうけど、一番厄介なのは、胃カメラも含めて、大腸カメラの為に、一度、腸内を空っぽに

すると、その後一か月間くらい、腹の調子が悪くなること。

これって毎回のことなんだけど、検査後の食事の仕方が良くないんだろうか。



消化にいいものから始めて徐々に普通に戻していくとか??

そんな話しは聞いたことがない。

別に暴飲暴食しているわけでもないんだけど。





年に6回も7回も入退院して、手術だって、おっきいの2回もして、なのに、たかだかポリープを取ることごときで迷うとか、

どんだけ鈍ってしまったのだろうか、この精神。



気合だ!気合だ!






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旅立ちの前。

全てのやるべきことをやって、次男くん、旅立っていった。

あとは残った一つの発表を待つだけが

その結果後の判断で今後の人生が決まる。



大変と言えば大変、でも可能性は限りなく。

この歳になると、なんとも羨ましい。



ここ↓で働くことは,,,あるのかな。





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87年目のスマホデビュー

米寿を迎えても依然スーパー爺ちゃんぶりを発揮し続ける父。

現在も現役の剣道指導者であることには変わりない。


唯一と言ってもいいのが耳が遠いこと。

唯一なだけに、逆にそこが半端なく、TVの音量などは、普通の人が聞いたら、それこそ選挙中の街宣車の音を、スピーカーの真近で聞くようなもの。



そんな父が、ここに来てスマホデビュー。。

87歳にしてスマホデビュー。



きっかけは、11月に控える次男くんとの旅行。

父は札幌から、次男くんは静岡から、それぞれ出かけていき成田空港で合流。

毎年文化の日に行われる「全日本剣道選手権」を観戦するのが主目的。



そんなわけでどうしても連絡手段は必要になる。

今までも同じようなことはあったけど、それはそれで何とかなってきたけれど、そもそもが家に居ることが限りなく少ない父だけに、姉たちも

連絡がつかなくて困っていた、というのもある。



だからどうせならスマホ。

携帯電話の選択肢はなかった。

でも、そこはやはり「らくらくスマートフォン」。


これだとたぶん使える。と思う。






基本操作は、次男くんが静岡に戻る前に、教え込んでもらおうと。

次男くんの言う事ならなんでも聞くから。




で、かれこれ一か月。

昨日、「どこまでできるかチェック」。


電話のかけ、受け、大丈夫。

不在着信の対処法、ちょっと心配。

カメラ、撮るのも見るのも、大丈夫。

メール、受けられる、けど送れない。

インターネット、見られる、でもブックマークした「日本剣道連盟」のサイトのみ。

LINE、昨日、初めて設定。受けられる。

地図アプリ、ちょっと難しい。



現況、まずはこんなもの。

ただ、今のところの致命的な欠点が。

どれもこれも、受けられるのに送れない。

さて、

そうだ、文字が入力できない。




これって、老人性文字打ち恐怖症?

だって、

「らくらくスマートフォン」って、「あ」「い」「う」って、打ちたい文字選んで押していくだけなんだけど...




もしこれができるようになったら、年寄りの世界もどんどん広がっていく。


スーパー爺ちゃんが、ギガマンモススーパー爺ちゃんになっていく。
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すぐそこにポリープがあるのに。

味がどうのこうのは別として、2リットル飲むことは大丈夫。

今回は、水も同時に500ml+800ml飲んで、はさすがに無理で、それでも800mlくらいは、下剤を飲む前と中間で飲んでいたように思う。



ここ数年問題なのは、途中で具合が悪くなったり、便通が思うようにいかなかったりで、そこが心配だったけれど、今年の強力パワーアップバージョン

の下剤の効果は抜群。



でもよくよく考えてみて、冷静になってみると、それよりも一番大事なのは、なんだかんだ言って前日の食事のような気がする。

やっぱり、段取り8割。

何事も準備がいかに大事かってこと。

昨年までの自分に、喝!



とか言っても、本来、本当に心配しなければならないのは、検査の結果。

下剤が飲めない、便が出ない、って騒いでいるうちは平和で...






そこにあるのに取れない。ポリープ。

腸の中にカメラを入れながら、一緒に見させてもらったのだけれど、今にも手が届きそう。

それが取れない。


H大病院の場合、大腸ポリープ切除は、一泊入院が基本らしい。

なので「検査」の大腸カメラの時にはどうすることもできないみたい。


それが、なんでも来年度から、カメラ検査時に、取ってしまえるようになる、かもしれない、ということだ。



内視鏡の先生も、取れるものなら取ってしまいたい、という口ぶりでも、無理なものは無理。





自分としては、できれば懸案事項はどんなことでも引き延ばさずに解決してしまいたいところ。

だって、来年、同じ状況で内視鏡検査を受けられるかわからないし。



結局、いつもの様に、

「よく考えてかんぞうさん御自身で決めてください。」って。

最近の先生方は、余程の緊急性がないと、判断は患者任せにさせるんだよね。




やっぱりそうなると、免疫抑制のこともあり、

いつか悪性に変質するか、

とか、

急激に大きくならないのか、

とか、いろいろと考える。



去年の胃カメラでは十二指腸に怪しいのが見つかったし、

未だに何ら改善されない目のこともあるし、

今回もまた、鎮静剤を打った左手甲の血管がパンパンだし、

右手の血管腫は依然そのまま。



いろいろと考えなければ、ダメだなぁ。







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大腸ポリープ

やっぱりポリープはある。

2年前と同じ。

大きくはなってないようなので緊急に取り除く必要はないみたい。



ただ、今後大きく、悪性化していかないとも限らないので、取るべき道は二つ。


1、一泊入院して切除してしまう。

2、次回の検査時に同時に切除もしてしまう。



どう考えても2、なんだけど、これ以上大きくなったら無理みたい。


さて、どうする?
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大腸カメラ

なんとか飲み終わり、出るものも出て、あとは病院へ向かうだけ。

でも、

文句を言ってはいけないんだろうけど、不味かった。下剤。

去年までのものと比べて、しょっぱいというか味が濃い。


これは、飲めない人は一杯さえ飲めないのではないだろうか。


次の検査、1年後まで忘れようっと。



検査は2時から。

もう少ししたら出発。
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まずい

下剤、調合完了。



7時から飲み始める。



今までより強力になった、ということだけど、はっきり言って、味気が濃くなりまずい。

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今年はちょっと頑張る。

今年は、少し検査前の食事に気をつけなければ、と思っていたら、病院からはしっかりと、



「避けてほしい食物」




と、



「検査前の食事のポイント」







というのをもらい、今のところ頑張って守っている。



去年までは、せいぜい夕食しか特別に考えていなかった。

なんか平気で野菜とか食べていたような気がする。



今年は下剤が強力なものになったり、こういった説明書きがあったり、きっとあまりいい条件で検査を受ける人が少なかったのかと思い、反省。




検査でちゃんと診てもらう為に、こちらもやるべきことはやらなければ、ということだ。




だから頑張って、明日、下剤と水と、飲みます。







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神業

手術の影響で胃が変形している、ということで、通常のやり方だと苦しくてカメラが入っていかなくって、入院中から、

胃カメラの時は必ず鎮静剤を使う様にしてもらっている。


麻酔、と言えば麻酔で、でも軽いものなので意識は常にある。

意識はあるんだけれど、鎮静剤を使わないよりはずっと楽。


おかげで昨日の胃カメラも、苦しさは一切感じることなく終了。



胃カメラ自体が楽になったのと引き換えに、昨年から鎮静剤を打った血管の血管痛が出だした。

昨年の右腕は2か月近く血管が腫れ、違和感は今も続く。


昨日は、なので、左手でお願いします、となって、看護師さんにルートを探してもらうも、なかなか絶好の場所が見つからない。

血管が細くなっている。




入院中には苦労しなかったことだ。


「歳を取って血管も弱くなってきてるんですかね。」

などと言いながら、

「去年は4回刺してうまくいきました。」

なんて、先に言ってしまったものだから、変なプレッシャーをかけてしまったかと反省。



でもそこは看護師さん。

腕がダメならと、

「手の甲でもいいですか?」

と。


手の甲?痛いヤツだ、と思いながらも、腕で何度も失敗するよりは、と承諾。



「できるだけ細い針を使いますから」

という言葉をよりどころに、おまかせしていると、

プチっときて、スルっと終了。

痛くない。



素人のこっちにしたら神業だ。

っていうか、手の甲の注射でこんなに痛くなかったのは初めて。

神業だ。




一旦病院のベッドに寝てしまうと、もうこちらは身を任せるしかないわけで、そう言えば、ずっとそうして助けられてきたわけで...





胃カメラの結果も、胃自体には異常無し。

静脈瘤は相変わらずだが、まだ治療をする段階ではないらしい。



ただ、問題の血管痛、今朝から左手甲が腫れてきた。

手首の先まで痛みがあるので、左手が使いにくくなってきた。


鎮静剤の性質上、また少しの間、我慢しなければならない。


こればかりは「神業」に頼るわけにはいかない。






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まずは胃カメラ

今週は検診ウィーク。

今日は胃カメラ。

大腸の下剤飲みよりはいいけど、何度やっていても嫌なもの。


半年前の検査では組織検査までいって良性。

今日もまた無事生還できますように。
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サライ

最近はあまり見なくなった「24時間テレビ」。

マンネリしているとか、偽善とか、いろいろ言われて久しいけれど、そんなことは関係無く、ただ見ていなかっただけなんだけれど、

でもそもそも、何を言われたって、何もしないよりはいい。全然いい。



最悪なのは、言いたいことだけ言って何もしないこと。



今年、珍しく結構見ていた。

盆休みで帰省していた長男くんも結構見ていた。

とにかくクールで、冷めていることに本人が気づいていないような鈍感な、およそ「24時間テレビ」とは最も縁遠いような長男くんが、

結構見ていた。

9時頃からのドラマとかも、なんかブツブツ言いながら見ていた。



もしかして、何か感じるものがあった、とか。




ところで「サライ」 。

改めて聴くと、いい歌だなと思って。

できた当時は、なんとまぁゴリゴリの曲だなと思っていたけれど、

今になって、この歳になって、じっくり聴いてみると、

「あぁ、いい歌だなぁ。」

と感じる。



歌詞が、沁みる。

曲を、口ずさんでしまう。




ウィキってみると、直訳は「宿(または家)」という意味。

と、ふと思った。

2008年、初めて「のど自慢」に挑戦した時に歌ったのが、「home」。

次、「サライ」で...







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