英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

歪んだままの2三の歩 と 時間攻め

2014-12-31 17:10:09 | 将棋
「『将棋世界』12月号  ~竜王戦展望対談……森下九段×中村太六段~ その2」
のコメント欄でStanleyさんから

英さんの一押しのものぐさ将棋観戦ブログに、竜王戦の記事が出ていました。一読して、なかなか面白い。それで英さんにも、この記事の感想を書いてもらおうと考えコメントしました。

①糸谷が着手する際に、森内の2三歩にふれてしまったことに関する考察
②糸谷の時間責めに関する考察。

さて、英さんはこの記事に対して、どのように考察および放言されるのでしょうか?よろしく!



 「よろしく」と言われてしまいましたが、「ものぐさ」さん(shogitygooさん)と同じテーマで書くのは、非常に厳しいものがあります。それに、ほとんど同じ感想を持っています(特に森内九段に関する考察は)。正直、非常に書きづらいです。

歪んだままの2三の歩
 まず、状況説明から。
(中継サイトの棋譜中継での実況・解説を引用すると)

 (11手目・▲2二角成と)角を交換する。糸谷の手が2三の歩に当たり、やや斜めを向いてしまったが、糸谷は気にするそぶりを見せない。
 森内は2三の歩を直さないまま2二の金を取る(12手目)。早くも盤上の勝負以外での戦いが勃発した感じだ。
 (14手目・△6二銀)「直さない、直さないねー」と控室。また森内の顔は少し怒っているようにも見えると控室では言われているが、「ここまで来たら森内さんは直せないですね。問題は糸谷さんに直す気があるかどうか」と、対局以外のところでの雑談が始まった。
 (22手目・△1四歩)禁断の地点と言われている2三を森内の手が通過し1筋に手を伸ばす。もちろん2三に触れるそぶりは見せない。森内にとって、そのときが来るのは△2四同歩、または△2四歩と応じるときのみとなりそうだ。

 中継ブログ記事(49手目)で「森内竜王が傾いていた2三の歩を直し、駒の向きが綺麗に揃った」(記事アップ時刻は午前10時20分)


 結局、森内竜王が歩の歪みを直したが、記事アップ時刻が10時20分なので、少なくとも1時間以上は歪んだままだったと考えられる。2日制対局という視点で考えると、ほんの一部かもしれないが、やはり1時間以上歪んだままという状況、しかも、手数はこの間に38手も着手されている。



 さて、この状況を考察するに当たり、まず両者の性格を考える必要がある。
 森内九段は、几帳面で周囲への気配りも忘れない。なので、周囲の不用意な言動も敏感に察知してしまう。もちろん、『自分には厳しく、他人には優しい』タイプなので、自分の常識を他人に強いることはしない。言わば、『クレヨンしんちゃん』の風間君タイプである。
 敏感でデリケートな故、周囲からのストレスをどんどんため込んでしまうきらいがある。
 これに対して、対局相手の糸谷七段(当時)は、しんのすけタイプだ。合理的に物事を考え(しんのすけの場合は己の本能や常識のままに)、これまでの慣習に囚われずに異を唱え、自分の考えを実践する。糸谷七段は周囲への気遣いをするが、常識や物事の考え方が一般のそれとは異なることがあるように思われる。
 森内竜王も、糸谷七段のそういう人間性を理解しており、≪ん?≫と感じる糸谷七段の言動も、≪悪気はない≫と許容しようと務めていた。しかし、不運なことに、竜王戦は二日制。糸谷七段が中座が多いと言え、丸二日間、顔を突き合わす。一つ一つのストレスは微小であっても、徐々に溜まるストレスが大きくなっていったのではないだろうか。
 ボーちゃんタイプ?の羽生名人だったら、糸谷七段にストレスは感じないように思われるし、森内竜王ほど周囲に気を遣わないタイプの棋士だったら、直接、文句を言うか、周囲に不満を漏らし、ストレスをためないだろう。
 せめて、人並みに森内竜王が表情を曇らせるとかしていれば、ストレスも小さかったのだろうが、そういうことも律してしまう森内竜王である。
(ここら辺りの考察は、ものぐささん(こちらの呼称の方が言い易いです)のものとほとんど同じです)
 第4局、第5局の逆転負けも、ここら辺りのことが遠因になっているのではないだろうか?

 さて、駒の歪みの件であるが、羽生名人だったら≪おや?駒が曲がっているな≫とさっさと直すような気がする。郷田九段だったら、「君が歪めたのだから、君が直すべきだ」と主張するような気がする。
 いや、森内竜王も平常だったら、上記のどちらかの行動を取ったであろう。しかし、そうしなかったのは、これまでの鬱積があったからなのだろう。
 そして、38手、1時間強のストレスは大きかったのではないだろうか?


 駒の歪みを直さなかった糸谷七段であるが、もしかすると、駒が歪んだ原因が自分にあると思っていなかった可能性も考えられる。≪なぜ、森内竜王は駒の歪みを直さないのだろう≫と訝しんでいたのかもしれない。
 そう言えば、駒の歪みについて、両対局者への質問はなかったのだろうか?中継サイトや『週刊将棋』では、真相に触れられていなかったように思う。タイトルが移動してしまったので、訊きづらかったのだろうか?
 もちろん、自分の着手の際に駒が歪んだという自覚があった可能性も強い。この場合、≪歪んでいるが、実戦的には影響がないので、ことさらに直す必要はない。森内竜王が気になるのなら、自分で直すんじゃないのかな≫と考えていたのかもしれないし、≪直すべきなのだけれど、機会を逸してしまった。今さら直すのも変だし、どうしようか?昼食休憩のときに直せばいいか≫などと考えていたのかもしれない。
 実は、駒の歪みを直すか悩んでいて、劣勢に陥ったのかもしれない。


糸谷七段の時間攻め
 「劣勢の方が最善を尽くしても、優勢の方が間違えなければ逆転はできない」
という将棋の性質を考慮すると、合理的考えの持ち主の糸谷七段は、真剣に最善手を考えるのはナンセンスなのだろう。
 それよりも、ざっと自分が考えて、「負けにくい手」や「決定打を与えない手」を選択するほうが賢明だ。相手に考えさせる時間を与えないという利もあるし、自分が考えて“(負けが)分からない手”であればいいのだから、思考エネルギーも少なくて済む。
 これは、特に森内竜王に対しては有効だった。優勢なので勝ちを読み切ろうとする。当然、相手の指し手も最善手と考えられる手を中心に読むことになる。しかし、糸谷七段の着手は、最善手ではなく、予想外の手であることが多い。その度に新たに読み直すことに……どんどん時間とエネルギーを消費していった。

 さて、この時間攻め(時間責め)の是非であるが、当然、勝負としては有りである。
 昨年の森内竜王なら苦も無く勝利したであろうし、おそらく、通常レベルの森内竜王であっても、勝ち切れたのではないだろうか?
 しかし、上述したようなストレスが溜まっていた森内竜王にとって、読みの中心にない粘るだけの手を指し続けられ、ついには、暴発してしまった……

 あと、大きかったのは、タイトル戦初登場で糸谷七段の正体が良く掴めていなかったこと。
 今期の竜王戦で、糸谷新竜王の将棋の考え方が明らかになってきた。なので、これからの対局者は、そういった指し方を理解していれば、読みにない粘りの手を指されても、冷静に対応できるのではないだろうか?
 私は、糸谷新竜王の将棋を評価していないし、将棋(棋譜)の質としても疑問に感じているので、次年度の挑戦者には、時間攻めを含めて糸谷将棋を粉砕してくれることを期待している。
コメント (6)
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