英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

『八重の桜』 第30話 「再起への道」 【追記あり】

2013-07-29 13:22:28 | ドラマ・映画
「今は、生き抜くことが戦だ。
 生きていれば、いつかきっと、会津に帰れる。
 それを支えに生きていくべ」

「今でも、三郎の、おとっっぁまの…死んだみんなの無念を晴らしてえ。
 んだけんじょ、恨みを支えにしていては、後ろを向くばかりで、前には進めねえのだし。

 さっきのこづゆが、あんまりおいしくて、
 みんなで頂けるのが、うれしくて。
 もうしばらく、こうして生きていっては、なんねえべか」


八重だけでなく、多くの会津の者は、逆賊の汚名を晴らすため、会津を復興するため、「生きる」ことを誓う
・陸奥(下北)に領地替えになり、お家再興を誓う山川大蔵、広沢富次郎ら藩士たち

 28万石から3万石、しかも本州の北の果て。「まるで島流しではねえかぁ!」と言うのももっともだ。(下北のみなさん、ごめんなさい)
 それでも、「斗南」の名に「会津復興」の思いを託し、斗南に向かう(現代の東北に重なる)。それにしても、寒そう。
 梶原平馬は、会津敗戦の責任を感じ職を辞した。
西郷頼母は函館五稜郭で戊辰戦争の最後を迎える。
 命を差し出して容保の除名を願うつもりであったが
「わしは生きる……わしらの会津を踏み潰していった奴らが、どんな世の中つくんのか、この目で見届けてやる」
・大蔵の弟・健次郎は長州で学問に励む
 この際、秋月悌次郎も同行したと思われるが、佐川官兵衛はどうなったんだあ?


八重の言葉と対極にあるのは、過去に囚われて死にゆく萱野権兵衛(柳沢慎吾)の言葉
「ただ一つ無念なのはなあ、会津が逆賊の汚名を晴らす日を見届けずに死ぬことだ。
 戦で失われたものは、戦で取り返すのが武士の倣い。頼むぞ。
 そうでねえと……そうでねえと、死んだ者たちの無念が晴れぬ!」


 たぶん、≪演じた柳沢慎吾はもう一つの無念があっただろう≫と彼をよく知る視聴者は思ったはず。
 「さらば」ではなく「あばよ」と言いたかったはずだと。




 八重の過去の心情を再現したのは千代
 夫の仇を討つため、息子を鍛え、自らも八重に鉄砲の教えを乞うという復讐に凝り固まった様は、過去の八重を見るよう。
 八重は鉄砲を教えるつもりはないと言い、会津を愚弄する商人に妾として囲われてまで生きていこうとする千代に「今は、生き抜くことが戦だ」と励ます。


 今回は「生きる」ということがテーマであった。
 こづゆのエピソード、「斗南」に託した思いなど非常に良かった。

 しかし、1話分飛んだ(抜かした)感がして仕方がない。
 八重の心情の変化が
「仇を討つため、敵をひとりでも多く倒して死ぬ覚悟」から「生き抜くことが戦だ」に変わった心の分岐点が描かれていない。会津戦争で鉄砲に生きた「幕末のジャンヌ・ダルク」「戦う女武士」の八重が、新時代で「日本のナイチンゲール」「新時代のハンサムウーマン」へと転身していく(番組サイトのイントロダクションにも謳われている)、ドラマ・ヒロインの重大な転機であるというのに……

 戦で、復讐に燃え、鉄砲で敵兵を打倒していく八重だが、戦が終結した新時代では、鉄砲を撃つことの価値は皆無に近くなった。
 砲術師範役の家に生まれ、女であるが≪鉄砲がすべて≫という人生を歩んできた八重である。一気に人生の目標を失い、さらに、会津をなくし、夫や仲間とは離れてしまうという絶望の淵に立ったはずである。

 なのに、前話の最後に、何もかもなくしてしまったと呆然とたたずむ八重に、いつもと変わらず陽の光が差し込む。それを感じる八重というシーンがあっただけである。



【その他の疑問】
・夢(悪夢)の意味は?
 あの夢は、人の命を奪うことの畏れ、家族や仲間を失った悲しみや怒り、砲弾を受けた恐ろしさ、汚名を着せられた憤り……何によるものだったのか?すべて?
 「日本のナイチンゲール」と謳うのであれば、命を奪うことへの畏れをもう少し掘り下げてほしかった。
・八重は、なぜ積極的に庄之助の様子を聞かなかったのか?

【追記】
 容保の助命嘆願が萱野権兵衛ひとりの命で済んだ(萱野さん、ごめんなさい)のは、安麻衣気がしたが、会津を下北に配置換え(減石)したことと併せて考えると、絶妙な捌きに思えた。
 お家断絶にして深い遺恨を残すより、僻地に追いやった方がよいと考えたのだろう。

 で、私が不満に思うのは、こういった会津の戦後処理、元号が明治になり、新政府側の体制や動きが全く見えない点だ。やはり、一話分が欠落しているように思う。


【ストーリー】番組サイトより
 会津戦争から半年が過ぎ、八重(綾瀬はるか)たちは米沢藩の知人宅に身を寄せながら、食いぶちを稼ぐため反物の行商をしていた。捕らえられた尚之助(長谷川博己)からの便りはなく、八重は不安を募らせる。
 その後、会津藩は家老・萱野権兵衛(柳沢慎吾)の斬首という犠牲によってお家断絶を免れ、斗南へ移されることが決まった。そして、筆頭の大参事となった大蔵(玉山鉄二)は、いつの日か会津の土地を取り返すため思いを募らせる。
 一方、箱館の五稜郭で戦いを続けていた旧幕府軍は、萱野の処刑が執行されたのと同じ日に降伏。「鳥羽・伏見の戦い」から始まった戊辰戦争がついに終結した。
 1870(明治3)年3月、会津藩士たちは次々と新天地を目指し北へ進んでいく。そして、八重たちもまた会津に戻れることを信じて米沢で生きていく決意をする。
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参議院選挙雑感 その3

2013-07-28 00:47:41 | 時事
 東京選挙区で非勢を自覚した民主党が大河原雅子氏への公認を公示2日前に取り消し、元文科副大臣の鈴木寛氏ひとりに公認候補を絞ったにもかかわらず、鈴木氏も落選してしまった。民主党の浅慮さと凋落ぶりを示す象徴的な事象だった。

 党としては、大河原氏に立候補を今回は見送るよう要請したようだが、大河原氏が無所属で立候補してしまった。
 数学(確率)の授業みたいになるが、場合の数はこの場合は4。それぞれの事象について考えてみる。
①鈴木、大河原、共に当選の場合
 公認はしなかったものの、大河原氏は民主党の党員のままでいるらしい。なので民主党は東京選挙区で議員2を獲得(維持)できる。
 この場合、公認候補を絞り込んだ結果、鈴木氏に民主党票が入り、前回トップ当選した大河原氏の人気が維持できているとしての個人票(浮動票)が集まるという期待薄の現象が起きたときのみ。
 起こる可能性が低いうえ、奇跡が起こっても党内に亀裂は残る。(亀裂は公認を取り消した時点で確定)
②鈴木当選、大河原落選の場合
 共倒れを避けたかった民主党が、妥協して狙った線である。問題はどちらを切るかだが、当選した際の議員としての価値(政治手腕)は鈴木氏があると考えたのかもしれないし、民主党票を鈴木氏の方が集めやすいと判断したのかもしれない。
 勘ぐるなら、大河原氏が政治家として手腕が評価されていないか、嫌われていたのかもしれない。
③鈴木落選、大河原当選の場合
 ④の共に落選した場合のほうが議席を失うという点では痛いが、党が想定した②の鈴木当選、大河原落選とは逆の結果で、党としてはあり得ないシナリオで、もしこの結果になったら、党執行部の面目は丸つぶれ。
④鈴木、大河原、共に落選の場合
 今回の候補者絞りは、共に落選を避けるためであった。しかし、そうせざるを得ないほど見通しが悪かったということであり、ある程度予測できた結果であった。
 この結果になるのなら、今回の公認取り消しは、党に亀裂を作っただけである。

 ②以外のケースは、公認取り消しは大失敗である。
 その危険を犯してまでも公認を取り消したのは、②のシナリオが実現できると読んだのだろうが、見通しが甘かったと言わざる得ない。
 まず、公認を取り消して候補者を一人に絞ったという行為は、党の政治理念より目先の一議席に目がくらんだという思想の低さをを世間に知らしめてしまった。
 さらに、公示二日前という土壇場になっての公認取り消しというのは、党の方針がぐらついていることが露見してイメージダウン。その上、党内部の執行部への不信感を募らせてしまった。
 また、管元総理(党首)の大河原氏へ応援は、党分裂のイメージを大きくした。


 選挙結果は鈴木氏55万票で6位、大河原氏23万票で9位。大河原氏が出馬せずその分の票が鈴木氏に流れれば当選していたという考えは成り立つ。もっと早く一本化を打ち出し、きちんと候補者を絞れていたらという思いは強いだろう。
 大河原氏の得票は予想以上に少なかったが、党の方針に党の公認が取り消されての23万票は評価できるのかもしれない。大河原氏に食われた票が少なかったにもかかわらず落選したのは、公認取り消しのイメージの悪さが響いたと考えられる。
 もし、公認を取り消さなかったら、大河原氏が当選していた可能性も少しあったのではないだろうか。 
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参議院選挙雑感 その2

2013-07-26 18:27:51 | 時事
 東京選挙区は話題豊富だった。
 まず、民主党が大河原雅子氏への公認を公示2日前に取り消したということに目を引かれ、東京選挙区に注視したところ、あの丸川珠代氏、公明党代表の山口那津男氏、反原発を掲げる俳優の山本太郎氏、元アナウンサーの小倉淳氏、写真家の桐島ローランド氏、元厚労副大臣の武見敬三氏、元文科副大臣の鈴木寛氏、そして前回トップ当選ながら公認を取り消された大河原氏と個性的な面々が顔を並べていた。

 民主党のゴタゴタも気を引くところだが、まず、丸川珠代氏について書かずにいられない。
 丸川氏は周知の通り、元、テレビ朝日のアナウンサー。主に報道番組中心に活動しており、徐々に政治活動に関心が深まり、「反自民」の主張も見受けられた。しかし、安倍氏の政治理念に共感し、2007年、突如、退社し自民党から参議院に出馬。退職願を提出したのは、退社日の2日前だったという。
 選挙運動中、期日前投票しようとして選挙人名簿に登録されてないことが判明し、その上、過去3年間(6度)、一度も投票に言っていなかったことが発覚
 議員としての資質はもちろん、退職願の件、投票に行っていない件などは、社会人としてどうなのかと思ってしまう。

 公示後に発覚したということで、自民党としてもそのまま押し切るしかなかったのかもしれないが、私が責任者だったら、立候補を取り消し、教育期間と称して当分は謹慎させるところだ(立候補を取り消すことが可能かどうかは分かりません)。公認を取り消したり、自民党を除籍する手もあるが、同情票が集まって当選してしまう可能性もある。(そんな候補を公認した党の責任もある)
 自民党としても、党の責任を認めたうえ、粛清をした方が、党のイメージは良いと思うが、どうであろうか。

 結局、丸川氏は4位で当選(69万票)。自民党のもうひとりの候補の保坂三蔵氏は65万票獲得したが3万票足りず次点に泣くという皮肉な結果。
 それにしても、このような丸川氏が69万票も獲得し当選してしまうことが、異常である。

 晴れて?参議院議員になった丸川氏、その後、反省して議員として職務をこなしたかというと……確かに目立った活動はしていたようだ(もしかすると、ひょっとしたら、地道な活動は目立たないので、私が気がつかないだけかもしれない)。
 一番有名なのは、2010年3月25日、参議院厚生労働委員会にて与党・民主党が平成二十二年度における子ども手当の支給に関する法律案を強行採決した際に、当時厚生労働委員会委員長だった柳田稔に対して「欠陥法案をそのままにするのか!愚か者めが!このくだらん選択をした馬鹿どもを絶対忘れん!」と議場で絶叫した件(ウィキペディア、丸川珠代の項より引用)
 情報番組でこのシーンが流された時、唖然としてしまった。しかし、『You Tube』の該当シーンを見ると、この委員長の方が異常である。テレビ報道の危険性を感じた事象でもあった。
 それはともかく、氏のヤジは品格がない。鳩山氏が総理の時も、鳩山氏を「ルーピー」と揶揄していたが、とにかく、人格を直接攻撃するのは、いかがなものかと思う。

「ルーピー」とは
 英語の俗語。
LOOP(ループ):動詞、名詞
輪、回ること
LOOPY(ルーピー):形容詞
くるくる回るさま
goo辞書より:(略式)頭が変な(酔って)正体のない
意訳=気が触れた、くるくるパー



 ちなみに、丸川氏、稲田朋美氏、西田昌司氏、森雅子氏は、安倍チルドレンの「ヤジ4人組」とされている。

 その他の活動?としては、人材派遣会社広告記事への登場問題がある。基本的に「迂闊な人」らしい。

 そんな氏であるが、今回の選挙では100万票以上を獲得しトップ当選。日本を代表する東京選挙区でこんな結果が出てしまうことに、また、東京都民に幻滅してしまった。
しかし、100万人以上の人間が彼女を推すのだから、きっと私が変なんだろうなあ(笑)………
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参議院選挙雑感

2013-07-24 23:38:13 | 時事
 自民圧勝、民主壊滅、公明好調、維新停滞、共産・みんなの党前進、生活・社民・みどりは消滅の危機。毎度のことながら、極端な結果となり、自民が勝ち過ぎてしまった。
 経済が立ち直りの兆しを見せている阿部政権の経済政策を評価されての選挙結果だと言える。
 今回の選挙戦では「アベノミクス」という聞こえの良いキャッチフレーズと、国民の「決められない政治」へのイラつきを利用した「国会のねじれ解消」の説得力がありそうなフレーズのこのふたつだけで、民主党が自滅したことによる追い風に乗って押し切ってしまっただけのように思える。
 あまりにも理想主義で信頼度が低かった「美しい国、日本」で失敗した安倍総理だったが、「アベノミクス」は、何となくうまくいきそうな気がする絶妙な造語である。(昨年から多用されたが、ウィキペディアによると、2006年時点で第1次安倍内閣の中川秀直自由民主党幹事長が使用した例が確認されているそうだ)
 いろいろ争点があった選挙であったが、世論調査によると一番の関心事は「経済政策」だったので、このことも自民党への追い風となった。

 そういうプラス要素だけだけを語った自民党を信じた選挙結果だが、そこまで信用していい政党だとは思えない。自らマイナス要素を語ることは不利になるので、他の政党がそこを突くべきなのだが、そんな流れにはならなかった。
 何となくだが、マスコミも自民が有利になるまではいかないが、自民が不利にならないような報道であったように感じる。国民もそうだが、テレビ局にとっても景気が良くなってほしいはずで、その上、今回は自民圧勝というか民主大敗という結果が見えているので、選挙報道にも力が入らなかったようだ。
 とにかく、自民がマイナスになる要素が論点とならず、当然、自らは語らない。福井県にも候補者応援のため安倍総理をはじめ、党幹部が何人も訪れた。しかし、総理は原発問題(福井県では再稼働問題)について、一言も触れなかった。
 自民党は明言はしないが再稼働させたいようだ。「原発ゼロ」と言わなかったのは自民党だけらしいし、福島の事故が収束にほど遠い状況にもかかわらず、北欧に原発を売り込もうとしている。
 地元(福井県嶺南地方)は再稼働支持であるので、原発問題の党の考え方を語ってもいいはずだが、不用意な発言をすると、全国に影響してしまう。福井県の選挙状況を考慮すると、無難に党の顔見せ興行をすれば、当選できるので、余計なことは言う必要はないのだろう。
 さらに、党と地方の方針が捻じれている状況が各地で起こっている。福島県では原発問題について、また沖縄県では基地移転問題について、北海道ではTPP問題について、候補者と党の方針が一致しない。
 特に福島県では、党の「福島県外の原発再稼働」という方針に逆らえず、「福島県の原発は全基廃炉」と県内限定し「原発ゼロ」とは言えなかった森雅子候補が大差で再選を果たしている。
 当選後のインタビュアーの「県内の原発は10基廃炉と訴えていく中で、自民党は県外の原発については再稼働という方針もありました(これについて矛盾はないのか)」という問いに「(党の方針として)“地元の理解を得る”という項目がございますので、“福島県においては県内全基廃炉を政府の方針と矛盾しない”ものとして、私もしっかりと訴えていきたいと思います」という、訳の分からない回答をしていた。

 北海道もTPP反対であったが、自民党(TPP推進)の候補者が圧勝してしまった。

 選挙結果にがっかりしているのだが、これは毎度のこと。過去には、郵政選挙(参院で郵政民営化法案が否決(衆院では可決)されたことを受け、小泉純一郎首相が衆院を解散した)では、郵政民営化だけが争点となり、それだけで自民が大勝してしまい、他の重要な事項がないがしろにされてしまった。また、民主に追い風が吹き民主大躍進、民主がダメだとわかると自民圧勝……などなど、その時のムードで極端な結果が出てしまう。そんな状況だから、有権者が舐められ、こんな人に政治を任せてもいいの?と思える候補者が立てられ、当選してしまう……。
 なので、ことさら、記事を立てなくてもいいと思ったが、やはり、東京選挙区の結果に言いたいことがあり過ぎて、書かずにはいられなくなってしまった。【その2に続く】
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『八重の桜』 第29話 「鶴ヶ城開城」

2013-07-21 22:30:04 | ドラマ・映画
未来の光(会津の子どもたち) と 過去の魂(会津の誇り「会津は逆賊ではねえ!」)

 攻撃力(兵力・火薬)、守備力(城は壊滅状態)、そして兵糧も尽き、城内の者、場外で戦う者、すべてが敗戦を覚悟し、全滅か幸福かの収束を迎えるのを待つだけという思いが満ちていた。

 その中で、城内の象徴的な気持ちが現れる事象が起こる。
被弾した山川大蔵の妻・登勢が息を引き取り、悲しむ山川一家のもとへ弟・健次郎が駆け付けたが、大蔵は敗走してきた健次郎を責め、自決を迫る。自決しようとした健次郎を母・艶が止める。
「もうよい……………もう十分だ。これ以上死ぬことはねえ!」
 おそらく、会津のすべての者の気持ちを代弁する言葉だ。
 いや、食料を調達に行った八重の父・権八の死は、遅すぎる降伏を象徴する出来事であると言えよう。

 そして、自決を迫った大蔵も、死の美学を重んじる会津の魂を象徴する行為である。


 容保は、会津の臣下、民の惨劇を知り、ついに「代々築き上げてきた会津の誇りまでも汚した」という決断(降伏)を下す。
 照姫も「会津の子どもたちの凧が揚がるのを観たい」と子どもたちの未来を慮って、容保の決断を支持。


容保「責めは我が一身にある。このうえは、この一命を以って、会津を、皆の行く末を守る。
   何があっても生き延びよ。最後の君命だ。生けよ!」
 家臣の未来を想っての君命だったが、これを、八重は全否定!
八重「お殿様は間違っておいでです」(せっかく、容保が決めたのに)
八重「何があっても、お殿様には生きていただけねばなりませぬ。
 天子様のため、公方様のため尽くしてきた会津が、なじょして「逆賊」と言われねばならぬのか。
 死んだ皆様は、会津の誇りを守るために命を使ったのです。どうか、それを無駄にしないでください。
 会津は逆賊ではねえ!……だけんじょ、それを証明できんのは殿様しかいねえのです。

 だから、何があっても、生きて下さいまし」


 確かに、会津の誇り、皆の気持ち、会津戦争の根本なのだが、容保未来を想って決断したというのに、八重過去(命を落とした者、会津の誇り)に拘って、容保の想いを否定、家臣たちも同調。
 主人公(ヒロイン)の主役特権の活躍かもしれないが、容保の立場なし!


 どちらかというと,

「戦に負けても、誇りは失っちゃなんねえ。きれいに渡さねば、会津の女子の恥だ」
という二葉の言葉の方が光っていた。

 颯爽と城内に踏み入る板垣退助の≪ありゃ、汚しちまったぁ≫という表情が面白かった。


【その他の感想】
・権八は命を落としたが、食料調達に成功したのは奇跡だ。敵の中を往復、しかも、帰途は米俵を載せた大八車である。
 それに、よく食料を集められたものだ。農家は早く勝ち目のない戦をやめてほしいと思っているはず。戦を長引かすための食料を供給するとは思えないし、そもそも、よくあれだけの食料があったものだ。
・秋月に降伏の嘆願の命を出したが、それを果たすことができたのも、奇跡だ。
 無事に嘆願が成し遂げられる可能性は低い。政略的意義は大きいかもしれないが、もし、秋月が討たれていたらどういう終息になっていたのだろうか?単に、白旗(降伏)を挙げたのかと思っていた。
・そう言えば、斎藤一も会津に居たんだった。
・「降伏」の文字、初めから照姫が書けばいいのに
・官兵衛はしぶといなあ

【ストーリー】番組サイトより
 籠城からひと月近くが過ぎた9月15日。八重(綾瀬はるか)の心配を受けながら、権八(松重豊)は補給路を奪還するために出陣する。新政府軍は鶴ヶ城に一日に二千発を超える砲弾を撃ち込み、天守閣は無残な姿になりつつあった。
 それでも最後まで会津の意地を貫こうと戦う家臣たちの姿を見た容保(綾野剛)は、ついに降伏を決意。使者として秋月(北村有起哉)を向かわせるが、降伏の嘆願が板垣(加藤雅也)ら新政府軍に受け入れられる前に、権八が敵弾によって倒れてしまう。
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とても残念なのですが…… ~竜王位挑戦者トーナメント準決勝、羽生-森内戦~

2013-07-19 23:55:54 | 将棋
 今回はトーナメントの組み合わせが決まった時点で嫌な予感がしていた。
 こんなことを言っては「弱気すぎるぞ!」と叱られそうだが、豊島七段に期待していた。何を期待したのかというと、豊島七段が準々決勝で森内名人を破ることを。
 ところが、その豊島七段は、森内名人と当たる前に谷川九段に敗れてしまった。この時点で、私の嫌な予感が強まった……。

 それにしても、毎年思うのだが、この挑戦者トーナメント、左の山と右の山の進行が違い過ぎ。特に今年はひどい。右の山が羽生-森内戦が準決勝、本日、並行して行われていた金井-永瀬戦は、パラマス方式の二回戦。決勝進出者を決めるまで、あと3局も残している。
 羽生三冠が今後も王位戦、王座戦の防衛戦を控えているので、少しでも消化しておこうという意図があるのかもしれない。毎年のことであるが、この時期の羽生三冠は過密スケジュールである。
7月2日 竜王戦(東京)
7月6日 棋聖戦第3局(静岡)
7月10・11日 王位戦第1局(愛知)
7月17日 棋聖戦第4局(新潟)
7月19日 竜王戦(東京)
7月21日 達人戦(東京)
7月23・24日 王位戦第2局(兵庫)
7月26日 順位戦(東京)
7月29・30日 王位戦第3局(北海道)
 タイトルの番勝負は地方で行われるので、移動日を考慮すると、相当な過密度である。
 邪推であるが、竜王挑戦者トーナメントの進行具合は、森内名人の陰謀ではないのかと思ってしまう(冗談です。負けたので「八つ当たり」です)。森内名人は、これから左の山を勝ち上がってくる対局者を余裕で待ち受けることができる。(しかも、王座戦挑戦者決定トーナメントは、準決勝で中村太地六段に敗れている)

 まあ、負けてしまったのは仕方がない。ここは素直に森内名人の強さを認めよう。いやあ、棋聖位防衛が成って本当に良かった。もし第4局を落としていたら、落胆とビビりで相当辛い精神状態だったはず。
 今春、名人戦で羽生三冠を圧倒した森内名人。「羽生三冠の不調か、森内名人が無茶苦茶強いのか」どっちなんだ?という疑問に囚われていたが、棋聖戦の防衛ぶりを見ると、「棋聖戦を観る限り羽生三冠は恐ろしく強い」→「森内名人は名人戦で羽生三冠を叩きのめしている」→「羽生三冠を破った森内名人の強さは、尋常じゃない」という三段論法が成り立つ。
 「名人戦だけ強いのでは?」という疑惑を挟む余地はあるが、尋常じゃない強さの森内名人。羽生棋聖に敗れたとはいえ、昨年は竜王戦以降恐るべき強さを発揮した渡辺竜王。この両者の対決をタイトル戦で観てみたい。しかも、渡辺三冠の土俵というべき竜王戦である。

 最強者決定戦と言ってもよい決戦。
 正直に私の腹の中を明かすと……あの渡辺竜王が、一敗地にまみれる(再起不能になるほど大敗する)様を観るのも良し、憎き森内名人が渡辺竜王に叩きのめされるのを観るのも良しだ。この際、渡辺竜王の森内名人の対処法も学ぼう。



 この準決勝で、感じたことを簡単に。

 玉が1一に居ては上部から殺到されてしまうと2二に上がり羽生三冠の攻めをかわそうとした局面だ。
 森内名人の玉が1一の入った瞬間を捉えた羽生三冠の仕掛けが功を奏したみたいだが、森内名人が仕掛けを誘ったとも考えることもできるそうだ。
 実際、攻めきれるか同課の際どい将棋だったようだ。


 他の攻め筋もあったようだが、羽生三冠は強引に飛車を成り込む。
 しかし、図を見て感じるように羽生三冠の2、3筋の成銀と金の効率が悪すぎ。持ち駒も乏しい。対する森内名人の持ち駒は溢れんばかりだ。
 羽生名人が森内名人や渡辺竜王戦で時折見せる「余裕のなさ」を感じて、嫌な予感がさらに強くなった。



 後手・森内名人の△8六桂の歩頭桂の攻めに、▲同歩△同歩に▲8三歩(変化図1)と叩く手はなかったのだろうか?(実戦は▲8三歩ではなく、▲8六同銀△8七歩▲7七玉△8八銀と進んだ)
 解説では『筋は▲8三歩だが「8七に駒を打ち込まれて先手が勝てないね」と関六段』とあるが、▲8三歩に△8七銀▲同金△同歩成▲同玉に△6九角と打たれ、決まっているようだが、▲7八銀(変化図2)で先手有望に思える。

 と、ここまで書いた時、8七に打ち込む駒が銀ではなく金だと、変化図2で7八に銀を打てないので、やはり先手がダメなのかもしれない。
 ただ、実戦の進行で△8八銀が強烈で、以降は勝ち味がなくなってしまったので、何とか変化する手はなかったのだろうか?
 やはり、そもそも、切羽詰まったような攻め方(第2図)が良くなかったのかもしれない。
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「外国人棋士は生まれるか?~海外将棋事情~」(『将棋世界』)を読んで

2013-07-17 23:10:39 | 将棋
 『将棋世界』8月号で、上記の特集記事が組まれていた。
 特集を組んだ動機は、リコー杯女流王座戦で昨年に引き続き女流棋士を破ったカロリーナ・ステチェンスカ(ポーランド)さんが、研修会試験を受け女流棋士を目指すことになったからであろう(5月と6月に研修会試験を受け、B2~D1クラスの研修会員相手に3勝5敗で、C2クラス合格となっている)

1.カロリーナの挑戦(この表現は好きではないが)
 ステチェンスカさんは東欧在住、女子大生にして2年連続の快挙は特筆されることであろう。しかし、ネット将棋で対局できる環境がある現代においては、驚くべき天性があるとは断言できない。独学で強くなるしかないひと昔前なら、驚愕に値することであろう。
 それでも、実際に対峙して対局するライバルが少なく、棋書の少なさや言葉のハンデなどを考えると、評価するべきなのであろう。
 と言っても(逆接の多用で申し訳ありませんが)、失礼だと思うが、破った女流棋士はその棋力に疑問符が付く。
 高群女流三段は、2009年度4勝8敗、2010年度2勝5敗、2011年度2勝6敗、昨年度7勝6敗、今年度1勝3敗、5年間16勝28敗.363 通算305勝276敗.525
 鹿野女流二段は、2009年度1勝4敗、2010年度4勝4敗、2011年度1勝5敗、昨年度1勝5敗、今年度0勝3敗、5年間7勝21敗.250 通算119勝225敗.346


「プロになるという夢が実現すればハッピーだけど、これから長い道のりで、いろいろ勉強することがあります。でも、簡単にあきらめるわけにはいかない。家族は才能があるならやるべき、トライしたいならトライするべき、と言ってくれています」(将棋連盟、ホームページ)とステチェンスカさんは語っている。
 規定では研修会のC1クラスに昇級すると女流3級の資格を得られるが(入会後最低48局を対局する規定もあり)、これをクリアする可能性は大いにある。

 しかし、女流棋士になったとしても、どのくらいの収入が得られるのか。この辺りのことを、充分に説明した上での、今回の挑戦なのだろうか?
 日本に来て将棋の環境は格段と良くなり、女流のトップまで登りつめることも考えられるが……


2.将棋連盟の海外普及
 特集の一つに、青野九段、野月七段、北尾女流初段による座談会があったが、ここで語られている海外普及に対する連盟のやる気の無さに驚いてしまった。
 青野九段は30年以上前に、27歳の頃、ロンドンで普及に熱心なジョージ・ホッジス氏を支援するために、淡路九段を誘って出かけたそうだ。この時は、国際交流基金も応援してくれたが、資金の援助は出なかったそうだが、翌年からは正式派遣となったとのこと。
 その後も、北尾女流のように個人的には海外普及に尽力する棋士はいるものの、連盟が積極的に計画的海外普及を行っていないそうだ。

【以下の対談部分は引用】
青野「残念なことに、この数十年、将棋連盟は独自の海外普及をしてこなかったんですよ。せっかく開いた国際交流基金の道も、もう少し活用したほうが良かったのではないでしょうか」
野月「一言で言ってしまえば、戦略不足なのではないでしょうか。例えば交流基金が10年続くとしたとき、どこに重点的に、そしてどういう手法でやるかを計画して行い、どういう土壌で将棋が広がっていくかをリサーチして、次につなげていかなくてはいけないんです」

 的確な意見かもしれないが、ここまで他人事のように、しかも公の場で話せるのか不思議である。
 ここ数年ではなく、「数十年」の期間のことなのに……まったく意志を感じない。
 青野九段は、確かに個人的には尽力してきていたことと思うが、理事を経験し復帰した人の言葉とは思えない。野月七段にしても39歳で若手ではなく立派な中堅棋士である。


青野「私は理事もやっているので双方の言い分が分かるつもりですが、普及部と言っても大して予算があるわけではないし、海外普及というのは収益につながる事業ではないので、どうしても優先順位が低くなってしまう。
 だから戦略らしきものもないまま、派遣の仕事が来たぞ、さあ誰に行かせようか、その程度の気持ちでこれまで来てしまったんです。意欲のある棋士が、個人として海外へ教えに言っているのが現状です」

 海外普及が収益につながるかどうかより、収益が出なくても普及する意義があるかの方が大事で、意義があると思えば予算を付ければよい。何のために理事になったのだろうか?
 予算がないのなら、将棋を一生懸命指さない者、価値のある棋譜を残せない者、意味のある勝負をできない者を切ればいい。
 「戦略らしきものもないまま……」の発言内容は、連盟の理事会、いや、連盟が如何に意志がなく、予算の無駄遣いをしてきたと言っているようなものだ。


北尾「………あとは国際的な機関というものを作るべきと思いますね。ヨーロッパでは次の年にどこで大会をやるかという相談をする組織があり、毎年ヨーロッパ選手権の後に会議をして、持ち回りで開いている。
 同様に世界各地でそういった組織を作りたいという声は上がっているんですよ。でもいつもネックになるのが「で、将棋連盟は何て言っているの」ということ。将棋連盟が後押しさえすれば相当話が進むはずなんですよ」

 先の国際交流基金や竜王戦の海外対局など、利用できる機会や機関があったにもかかわらず、何もしてこなかったとは……
 今すぐ、将棋連盟ヨーロッパ支部(日本各地にあるような支部ではなく、ヨーロッパを統括するような本部的組織)を作るか、数名(棋士でなくてもよい)をそのヨーロッパ選手権運営組織に出向させるべきだ。


青野「いまいちばん熱心なのは将棋連盟ではなく、むしろ「将棋を世界に広める会」なんです。(トップページにリンクを張りましたが、実質のトップページはこちら新着情報)かも)
 だから、将棋連盟に「一緒になってやろう」という度量があればいいんですが、先にも言ったように海外普及は二の次、三の次にしてしまっている」

 どうしてここまで他人事なのだろう。ここまで、献身的に将棋を広めようとしているのに、度量と言っている場合ではないし、「見て見ぬふり」とは仁・義・礼に欠けている。
 それに、せっかくの普及の機会を自ら手放してしまっている。「やる気がない」としか思えない。


野月「まずは現在の情報を集約したいですね。どこでどういう活動をしているかとか、海外でネット将棋をしているのはどういう層かとか。実際海外に行った人の報告もまとめておきたいですね。
 情報交換はどんどんしていかないと。将棋連盟がいちばん知らないのでは(笑)」

 情報の集約さえもしていないとは……あきれてしまう。


 それに、この特集記事を組んだ編集部もやる気を感じない。
 対談にしても、ただ言葉をだらだら並べただけ。改行もない(上記の引用は、我慢できずに改行しました)。
 ヨーロッパや中国やアメリカの将棋事情がさっぱり分からない。どういう組織があるのか、日本の支部のようなものも存在するのかどうかも触れていない(「将棋連盟」「海外支部」で検索すると、ロサンゼルスやパリの支部がヒットする)。
 また、ヨーロッパ選手権を運営する組織は現地の人なのか、現地に赴任している日本人なのかも分からない。「将棋を世界に広める会」についても、何ら補足説明もない。ただ、会話を並べただけである。
 ステチェンスカさんの活躍や期待を報じたいだけで、海外事情については特集として体裁を整えただけのように思える。

 
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『八重の桜』 第28話 「自慢の娘」

2013-07-14 21:31:53 | ドラマ・映画
八重、縦横無尽……だが
権八「八重が鉄砲を学んだことは、間違えではなかったかもしんねえ。
   闇の中でも小さな穴がひとつ開けば、光が一筋差し込んでくる」
佐久「その穴をあけるのが、八重の鉄砲かもしんねえなあ」


 タイトル「自慢の娘」とあるように、大砲の砲弾を不発に抑え込み、大砲を撃ち命中させ、敵の鉄砲の弾を再利用、凧を上げて士気を高めるなど、大活躍。八重が鉄砲を撃つのに否定的だった父・権八も冒頭の言葉のように認め、八重の鉄砲の動機の一つであった殿様・容保にも認められた。

 また、降伏(開城)を進言し、城を追われていく頼母に
「お逃げんなんのかし!
 ご家老様は、お城を捨てんのかし!」

と、胸をかきむしりたいほど悔しい思いで城を去る頼母の心の傷に、塩を塗り付ける言葉を浴びせる。

「降伏?この期に及んで。そった弱腰な!」
と、頼母を責める八重に秋月は、頼母の妻・千恵の辞世の句や、頼母の心情を伝え、八重も理解する。
 さらに、竹子の死を知り悲しむ。

 しかし、頼母の勇気を知り、仲間を失う悲しみを味わっても、

「戦だから……立ち止まってはいられねえ」と。
 あきらめず、くじけないヒロインであるが、人間としてどうなのか?……強すぎる(前向き過ぎる)。
 自分の信念は正しい。結果の如何を考えず、信念を貫く。
 ………危険な人物に思えてしまう。


 そして、また、八重の良かれと思ってしたこと(八重の功績)が、裏目に……
 八重の真似をして、大砲の砲弾を処理しようとした登勢が、その砲弾の爆発の直撃を受けてしまう。
 

官兵衛、大失敗
 朝駆け決行を前に、容保直々に出陣の祝いの杯を受ける官兵衛。
 その覚悟を語り、酒を飲むシーンが少々長いと感じた。「死亡のフラグ」と思ったが、まさかの寝坊!

 殿の御前にかかわらず、寝入ってしまった官兵衛。それを「よい。連戦で疲れているのであろう」と容保も許すが………もっと早く起こしてやれよぉ!

【ストーリー】番組サイトより
 ついに鶴ヶ城に程近い小田山から砲撃が届き始める。竹子(黒木メイサ)の死を悲しむ間もなく、八重(綾瀬はるか)は尚之助(長谷川博己)と共に四斤山砲を操って反撃を試みる。その砲弾は見事敵陣に命中。しかし、敵からの砲撃は激しさを増すばかりだった。
 そんななか、八重は着弾した砲弾に、濡れた着物を被せて爆発を未然に防ぐという荒技をやってのける。その様子をかいま見た容保(綾野剛)は、八重を陣所に呼び出して、砲弾の構造を説明させる。しかしその後、八重の荒技が思わぬ悲劇を生むことになり…。
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入玉将棋のテクニック

2013-07-13 23:01:47 | 将棋
『電王戦 第4局「Puella α VS 塚田九段」 その6』で、「(ニコニコ生放送の木村八段の)解説の変化で示された入玉将棋特有の手筋などは面白かった。(余力があれば取り上げたい)」と書いてしまったので、その後始末?です。


 図は先手・プエラαが▲7八金と指したところ。一見、後手のと金から逃げただけの手に見えるが、ちょっとした変化を内包している。
 実戦は図以下、△5七と▲8二玉△6七と▲同金と進み、実際も「と金から逃げただけの手」になってしまったが、龍を捕獲する手があったのだ。△5七とに▲7九金打と蓋をする手もあるが、分かりやすくするため仮想手順として、▲7七金寄に△5六と▲7九金打(入玉技1図)と進んだと仮定する。


 ▲7九金打の狙いはもちろん龍の捕獲(▲8九金打)。なので、それを防いで△8八香(入玉技2図)と抵抗。

 ▲8八同金寄なら△7九龍、また、▲8八同金上なら龍が生還できる。香車1枚を犠牲に龍を助ける手だ。しかし、▲9八金!(入玉技3図)があった。

 有無も言わせず△9八同龍と引き寄せ、▲8八金寄△9九龍▲8九金寄(龍が詰んだ図)で龍を捕獲。詰将棋を思わせるテクニックだ。


 『将棋世界』誌で「突き抜ける現代将棋」を連載している勝又六段も、この電王戦第4局に反応して7月号(先月号)、「入玉をめぐる冒険」と銘打ち、入玉将棋をテーマに解説している。
 講座と取り上げる順番は違うが、まず、澤田-糸谷戦(2011年6月、棋聖戦)。

 先手は現局面で25点が確保できる上限で、持将棋に持ち込めるかどうかのライン上だ。しかし、後手の次の一手で投了に追い込まれてしまった。
 自信のある方は、ここで考えてみてください。(数行下に解答があります)








 △6三銀!

 ただ捨て、しかも、先手の入玉を助長するような手である。
 さて、この手の意味は?(次回、解説)



 1998年12月、棋王戦。この将棋、持将棋(176手)の指し直し局で、△8九龍寄は通算364手目。
 持将棋に1点足りない島八段(当時)が、8六の銀に狙いをつけた手だ。しかし、佐藤九段の次の一手に島八段は投了に追い込まれている。



 1979年10月、王将リーグ。(当時の段位・称号がよく分からないので「15世名人」「16世名人」と記します)先手の中原16世名人は、後手陣左翼の駒をさらうことができれば、24点が確保できる状況。
 難問です。敢えて、ヒントを書きません。ノーヒントで分かったら、大山名人です。

解答編に続く


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『八重の桜』 第27話 「包囲網を突破せよ」

2013-07-09 22:57:20 | ドラマ・映画
★会津の女たち
 前回、西郷家の女性たちが自決したが、今週も会津の女性の象徴的な死(生き方)が描かれた。

中野竹子
 母・こう、妹・優子らとともに通称「娘子隊」を結成。薙刀を手に男たちに混じって奮戦するが、銃弾に倒れた。
 戦場に散る一輪の花。可憐であるが、凛とした強さも感じさせる。そして、儚さも。それらを際立たせる竹子の美しさだった。

神保雪
 神保修理の妻。修理は鳥羽伏見の戦いの敗北の責任を取らされ切腹。
 「娘子隊」に合流し、城外の戦いに参加したが、大垣藩兵に捕えられて捕虜となる。
 直接は語られなかったが、土佐藩の吉松速之助との会話で、兵士らに暴行を受けていたと思われる。吉松に請い、雪は彼の脇差で自害する。
 神保家に嫁ぎ、修理と仲睦ましく暮らしていたが、動乱によって夫を失い、戦場においても辱めを受けてしまう。時代に翻弄される一生だった。

山本佐久、梶原(山川)二葉
 疲労困憊の佐久、子どもと逸(はぐ)れてしまった二葉、それでも男たちを、会津を介護や家事で内から支える。

★泥沼状態の会津 
 京都守護職の拝命以来、泥沼に嵌って久しい会津藩であるが、もう胸までどっぷり浸かってしまった感がある。
 「小田山を押さえられたら、完全に勝ち目はなくなる」と分かっていながら、敵の動きを希望的観測しかしない首脳陣の甘さにより、小田山を落とされてしまう。頼母が恭順、開城を訴えるが、白河での失敗を攻められたり、「腰抜け」となじられてしまう。
 「事ここに至っては、開城・恭順の道などない。城と命運を共にするのみ」
 と容保自分たちの面子しか考えず、会津が滅んでも構わないという愚かさ。
 あまりに負けが込み、オケラになるまで打ち続けるパチンコみたいである(私は結婚を機に辞めました)

★一筋の光明・彼岸獅子無血入城だが…
 彼岸獅子を従えて行軍し敵を欺き、まんまと入城した山川大蔵隊。
 敵を出し抜いたという痛快さと大蔵隊の力強さ。また、子どもが先頭を切ってくれた彼岸獅子の子どもが、かつて彼岸獅子の諍い時に助けた幼子であったという思わぬ再会の喜び。
 しかし、この大蔵の入城の希望の光が、会津を更に泥沼に引き込んでしまうという皮肉さ………

 再度の恭順・開城を容保に訴える頼母に、容保は越後街道にいる萱野に「城に入らずその場に留まり戦え」と伝えよと命じる(頼母に会津を去れと命じる)
 そこへ、秋月が「山川大蔵殿が、大軍を率いて入城されましたあ!」と喜び勇んで報告。
 「秋月ぃ……(お前、空気読めよ……馬鹿者が……)」

と、「大蔵の無血入城」が「会津、徹底抗戦」の動きを決定的なものにしてしまった。

※無血入城に関する疑問点
 彼岸獅子による行軍の巧みさが今一つだった。
 この無血入城を成功させるには、二つの条件が必要。

①新政府軍の統一性のなさ
 これがないと、「どこの藩ぜよ?」という新政府軍の戸惑いに乗じることができない。この彼岸獅子行軍の前に、新政府軍の統一性の無さを描写する伏線が欲しかった

②会津藩だけに分かる暗号
 会津藩だけが分かる暗号が「彼岸獅子」である。なのに、城内で「新政府軍の策略か?」と疑ってしまうのでは、せっかくの策も台無し。
 視聴者の虚をつくという演出かもしれないが、城内の者が大蔵の意図に気づき、入城の準備を整えてこそ、無血入城の成功に説得力を感じる。



今年の大河の前半は、主人公を描くのではなく、会津藩を描くのが目的だった
 ドラマ開始時に「什の掟」や「ならぬことはならぬ」などの会津(武士)の魂を説き、会津の悲劇に至るまでの会津の苦悩、選択、決断を描いてきた。
 主人公・八重はドラマの序盤から中盤にかけては、当時の女性の役割という面から、傍観者的立ち位置ということはやむを得ない面もある。会津での戦にしても、「会津を守る」と言ってはいるが、「弟の仇」という私怨も強い。また、代替の主人公である山本覚馬にしても主張が弱かった。
 ずっと、「淡々とストーリーが展開されている」と感じ、それが不満であったが、ここに至って、主人公は会津藩だったとようやく気付いた。


【ストーリー】番組サイトより
 鶴ヶ城内の八重(綾瀬はるか)のもとへ、日新館が焼失し、重傷者たちが自害したという知らせが届く。怒りを抑えきれない八重は、城外で敵を討つため夜襲に出る。城内の守備は整いはじめていたが、新政府軍は最新の兵器と共に続々と会津に集結していた。
 一方、中野竹子(黒木メイサ)は母・こう(中村久美)や妹・優子(竹富聖花)ら女性たちで婦女子隊を結成し、薙刀を武器に新政府軍に戦いを挑んでいた。しかし、奮戦むなしく竹子は敵の銃弾に打ち抜かれてしまう。
 仲間が次々と戦死していくなか、八重の耳に懐かしい彼岸獅子の音色が聞こえてくる。
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