キュヴェ タカ/cuvee taka 「酔哲湘南日記」

新鮮な山海の恵みを肴に酒を吞み、読書、映画・音楽鑑賞、散歩と湘南スローライフを愉しんでいる。 

世界の仕組み

2024年07月23日 | Weblog
山内泉さんの忠告に従って、猛暑の中での無用な外出を避けていたが、流石に昼下がりの一番暑い時は頭がボーっとなっていてその気にならないが、夕方、自転車で平塚へ行ってみて、割と平気なので心を強くした。
午前中と夕方、やや気温が低い時にお出かけをするってことをやらないと根本的な運動不足になり、足第三次世界大戦が仕組まれた」を読んでみた。
この方YouTubeで時々ご説を拝聴していたが、誠実な感じの話し方で好感が持てたが、幸福の科学の出身だということで本質を図りかねていた。
文章を読んでみるとディープステイトについて書かれえているのだが、色々な方のものより明快で分かりやすく、観た感じはソフトで切れくる感じがしないんだけど、明晰な頭脳の持ち主で随分勉強をなさっているんじゃないかと思った。
ディープステートを一言でいうと、利権に群がっている連中で、カネが一番の人たち。

ユダヤ国際金融資本家、軍産複合体、ネオコン、グローバリストなどなど、色々な言い方をされ、その通りなんだが、要はカネの匂いのするところに集まる連中で、そのためには倫理など要らないって輩だ。
日本がそうならないのは、豊かな自然に恵まれて喰うのに困らず、しかも島国で外敵の侵入がしにくかったためだ。
砂漠の中で生きてゆくために、相手を殺してでも自分が生き残ればって考えが生まれ、困った人に食い物を分けても、どうにか自分も生きていける環境にあった日本とは大違いだ。

豊かな地域と云うのは地球上に色々あったが、地続きに厳しい環境で暮らす民族がいた場合、そういう民族は生死を常にかけているから闘いになると強く、豊かな地域の民族を滅ぼしてしまったんだろうし、その後もそういった土地の取り合いになるから争いは収まらない。
日本は地政学的にも絶妙のところにあった。
ポルトガルの宣教師がやってきたときに、種子島に鉄砲が伝来し、それを短期間で国産化し、当時武力において世界有数の国になっていた。
そして国を閉じて260年、その間に産業革命により欧米の武力が強くなり、恫喝され明治に国を開き、素早く欧米の秘術と社会システムのコピーをして支配されるのを乗り切った。
だが、昭和初期に日本の運営をした連中が無能であったために戦いに敗れ、そこで初めてアメリカの属国に成り下がってしまった。

一方、ユダヤ人は国を持たず、理不尽な酷い迫害をうけ、カネが生き延びて行く唯一の護符であったから、それを得るためには人殺しでも何でもしてきた。
自分たちが受けた迫害を思えば、人を殺すくらいどうでもない事と思うだろう。

まあ以上、最初の60ページを読んだところでの感想に過ぎない。
今日も暑そうなので、昼下がりの部屋で暑さを耐える時間には、この続きを読むことになるだろう。



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