元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ほかげ」

2024-01-22 06:11:06 | 映画の感想(は行)
 これは2023年に観た山崎貴監督の「ゴジラ-1.0」と裏表になるような作品であり、現時点で放映中のNHKの朝ドラ「ブギウギ」の“ダークな別エピソード”とも言える内容だ。そして、世界のあちこちで燃え上がっている戦火に脚本も担当した塚本晋也が触発されてメガホンを取ったことは想像に難くない。暗い映画だが、観た後はコメントせずにはいられないほどの求心力を獲得している。

 終戦直後の混乱期、半壊した小さな居酒屋に1人で住む女は、生活のために身体を売らざるを得ない境遇に追いやられている。そんなある日、空襲で家族を失った8歳ぐらいの男の子がその居酒屋へ盗みに入り込むが、思いがけず女に優しくされたその子は、それ以来そこに居着くようになる。やがて復員した若い兵士も加えて3人での生活が始まるが、それは長く続かず。どこからか拝借してきた拳銃を持っていた少年は、怪しいテキ屋風の男から“仕事”を持ち掛けられ、彼と行動を共にするため居酒屋を後にする。



 戦禍で廃墟になった街で3人での“疑似家族”を作り何とか希望を繋ごうとするのは、「ゴジラ-1.0」の主人公たちと一緒。ところが、本作では彼らの願いは無残にも打ち砕かれる。そう、戦後すぐの激動の時代を生き抜き後々まで命を長らえた者は、たまたま運が良かったか、戦時中の悲惨な生活に自分たちなりに折り合いを付けた人間だけなのだ。本当はこの映画で描かれるように、戦争によって心身ともに受けたダメージで野垂れ死んでいった者は数知れずなのだろう。

 くだんのヤクザな男は、自ら抱えた戦争のトラウマを克服するために過激な行動に走るが、大半の者にはそんなことは不可能だ。そんな八方塞がりの世相の中で唯一光を感じさせるのはこの男の子だけ。戦後の逆境で潰れていく大人たちを尻目に、明日を生きようとする彼の姿に作者の切迫した思いを見たような気がする。

 ヒロインに扮する趣里は同時代を描く朝ドラ「ブギウギ」の主役でもあるが、同じ俳優とは思えないほどのカラーの違いを感じさせ、(少々力みすぎではあるが)改めて彼女の守備範囲の広さを認識した。河野宏紀に利重剛、大森立嗣、そして森山未來といった他のキャストも万全だが、強烈だったのは戦争孤児の少年を演じた塚尾桜雅だ。圧倒されるパフォーマンスで、こんな凄い子役がいたのかと驚くしかない。2023年の第80回ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門に出品され、優れたアジア映画に贈られるNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を獲得。塚本監督作品としても代表作の一つとなることだろう。

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