元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「めし」

2011-10-05 06:29:53 | 映画の感想(ま行)
 昭和26年東宝作品。成瀬巳喜男監督の代表作の一つとされているものだが、私は今回のリバイバル公開で初めて観た。俗に“視線の演出術”とも言われる成瀬のタッチが活きている佳編だと思う。

 転勤で東京から大阪にやってきた初之輔と三千代の夫婦。子供はいないが結婚してからまだそんなに年月は経っておらず、新婚気分も残っていると思われるのだが、実際は絵に描いたような倦怠期だ。仕事一本槍で、帰宅してからはロクに口もきかない夫。妻は黙々と家事をこなすだけ。何より、東京とはまったく違う環境に嫌気がさしているようだ。

 そんな中、初之輔の姪の里子が突然“親に見合いを強要されて、家出してきた”と転がり込んでくる。名の知れた証券会社に勤めているとはいえ、役付でもない夫の所得は大したことはない。居候なんか受け入れる余裕はないのだ。しかし初之輔は若い姪っ子には甘く、それに呼応したような里子の傍若無人な振る舞いは、三千代を苛立たせるばかり。ついには“そろそろ東京に戻ろうか”という里子に同行し、そのまま東京の実家に帰ってしまう。



 早い話が“夫婦げんかは犬も食わない”という古来からの鉄壁のルーティンを追っているに過ぎないのだが、その扱い方は洗練の極を見せている。登場人物が感情を露わにするシーンがほとんどないにも関わらず、内に秘められた強い想いを、眼差しの絡み合いや何気ない動作及び必要最低限のセリフだけで十二分に示していることに感心した。

 東京に行く三千代を見送る初之輔とのやり取りはその白眉で、静かな場面造型の中にある葛藤をヒリヒリするほどに活写している。実家に戻った三千代が、戦争未亡人となった友人が難儀している様子を見て、自分の恵まれた立場を再確認するというくだりは図式的とも言えるが、これも抑制の効いたタッチでワザとらしさは微塵もない。

 また、全編に渡って流れるナレーションがドラマとの適度な距離をキープしているのにも感服する。説明過多の作劇を続けて恥とも思わない昨今の日本映画の作り手達は、この成瀬作品を観て勉強すべきだ。

 原作は林芙美子だが、未完に終わっている。そこで成瀬をはじめ脚本の田中澄江、井出俊郎、さらに監修の川端康成といった一流のスタッフが独自の結末を考案。原作を読んでいないのでどこまでが映画のための脚色であるのか定かではないが、破綻のないストーリーは“完成品”と言って良いものだ。

 主演の上原謙と原節子は好演。この二人ならば、どんなに生臭い話でもスマートに見せきってしまう(笑)。早坂文雄の音楽や玉井正夫によるカメラワークも言うことなし。本作に続いて林作品を成瀬が映画化した「稲妻」や「晩菊」「放浪記」といった作品も観たくなった。

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