元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「誘拐報道」

2016-01-09 06:25:53 | 映画の感想(や行)
 82年作品。一本の映画の中で“とても優れている部分”と“つまらない部分”が等間隔で並んでいるという、興味深い光景が見られる。ただしその“優れている部分”があまりにも上質なので、全体的な点数は悪くない。いずれにしろ、製作主体の意向と作家性との齟齬が生じるとこのような映画が出来上がるという好例であろう。

 豊中市に住む古屋数男は喫茶店経営に失敗して二進も三進も行かなくなり、ついには子供を誘拐することを思い付く。ターゲットは羽振りの良い小児科医の三田村昇の息子である英之だ。名門の私立小学校に通う英之の下校途中を狙った誘拐劇は成功し、父親の昇に三千万円の身代金を要求する。



 県警本部の発表でこの事件が新聞記者達に伝えられるが、各新聞社に“報道協定”の要請があり、子供の生命がかかっているため、各社は受けざるを得なかった。数男は英之を連れ回し、挙げ句に殺害しようとするが、タイミングを逸しているうちに殺意が後退してゆく。一方で警察は数男を追い詰めるべく、着実に捜査を進めていた。

 前述の“優れている部分”というのは、犯人の数男およびその家族の描写である。彼は気が小さいくせに見栄っ張りで、収入が多くないのに娘の香織を英之と同じ私立の学校に通わせていた。家計を助けるために妻の芳江は工場で働いているが、やがて数男は高利貸の森安にだまされて店を取り上げられてしまう。

 どうしようもない男と、それにウンザリしながらも付き慕う妻。演じる萩原健一と小柳ルミ子の渾身のパフォーマンスにより、目を見張るリアリティを獲得するに至っている。また子役時代の高橋かおりが演じる香織が最後に言い放つセリフは、まさに痛切だ。

 対して“つまらない部分”というのは、かなりの時間を割いて描かれる新聞記者連中の扱い方だ。本作は、実際に起きた学童誘拐事件を題材にした読売新聞大阪本社社会部編集による同名ドキュメンタリーを原作としており、製作にも同社は関与している。そのためか、実に通り一遍の描かれ方しかされていない。ハッキリ言って、無い方がマシだった。

 監督の伊藤俊也はこのネタを何としても映画化すべく、当時の岡田茂東映社長を説き伏せ、小柳の所属するプロダクションにまで直談判したということだが、結局は製作サイドの事情という“壁”に突き当たってしまったということだろう。

 なお、新聞社の部長に扮する丹波哲郎をはじめ、中尾彬、藤巻潤、平幹二朗、菅原文太、秋吉久美子、伊東四朗など、配役はかなり豪華。しかしながら、主人公一家以外のキャラクターが全然“立って”いないので、何やら虚しい気分になる。菊池俊輔の音楽は良好で、特に谷川俊太郎の詩に曲を付けた「風が息をしている」というナンバーは素晴らしい効果を上げている。

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