元・副会長のCinema Days

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「灼熱の魂」

2012-03-17 06:52:05 | 映画の感想(さ行)

 (原題:Incendies ) はっきり言って“有り得ない話”である。しかし、ストーリーの背景とキャラクターの配備を徹底的に煮詰めれば、かくも求心力の高いドラマに結実する。まさに題名通りの“灼熱のドラマ”であり、観る者を最初から最後まで画面に釘付けにするヴォルテージの高さを誇る。観て良かったと思える力作だ。

 カナダのケベック州に住む双子の姉弟、ジャンヌとシモンの母親が精神的ショックにより衰弱し、間もなく息を引き取る。亡くなった母親ナワルからの遺言を受けた二人は、今まで遭ったことのない父親のこと及び兄の存在を知る。遺言により父親と兄への手紙を託された二人は、母親の故郷レバノンへ初めて足を踏み入れることになるのだが、そこで明らかになったのは、驚くべき真相だった。

 長い内乱でレバノン国民が疲弊していた時期、キリスト教徒であったナワルが最初に身籠もったのは、イスラム教徒の子であった。彼女は村を追い出され、子供も無理矢理に施設に預けられてしまう。一時は都会に住む叔父宅に身を寄せたナワルだが、やがて自分の子供を探し出すために過酷な旅に出る。その行程は筆舌に尽くしがたいほどの困難の連続だ。テロ組織に加わったために刑務所に収監された彼女を、さらなる不幸が襲う。

 まるで運命の悪戯としか言いようのない筋書きだが、冒頭近くの異教徒の子を宿したナワルを親族が簡単に射殺しようとする理不尽なシーンに代表されるように、この土地のこの時代は不条理こそが“日常”だったのだ。いや、このインモラルな状況が“日常”になってしまった地域は今でも世界各地に存在しているし、その歪みは周辺国に対しても悪影響を及ぼしている。

 しかし、こんな激烈な状況を経ても、彼らは生き続けなくてはならない。作者はキリスト教徒と回教徒、両方の血を受け継いだジャンヌとシモンに何とか希望を託そうとする。だが、それは前に観た「サラの鍵」のラストで描かれた未来への希望よりも、儚いものかもしれない。しかし、そうするしか取るべき道が無い。託さざるを得ない。その切迫感が観る者を圧倒させる。

 ドゥニ・ヴィルヌーヴの演出は強靱で、退路を断ったかのような“覚悟”が全編に漲っている。ナワルの生い立ちと、レバノンを訪れたジャンヌの行動とが同時進行していく作劇を採用しているが、この編集が絶妙で、過去と現在とを繋ぐ悲劇の正体を暴くような終盤の展開に向かって、二つの物語が絡み合いながら疾走していく様子は圧巻だ。主役のルブナ・アザバル、そして共演のメリッサ・デゾルモー=プーランとマキシム・ゴーデットの演技も素晴らしい。

 90年代にレバノンの内戦は一応終結したとされるが、隣国シリアは不穏な動きを見せており、根本的な解決からは程遠い状況だ。この地に平和が訪れることを、願ってやまない。

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