元・副会長のCinema Days

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「サントメール ある被告」

2023-08-28 06:12:26 | 映画の感想(さ行)
 (原題:SAINT OMER)見応えのあるリーガルスリラーであり、しかもアプローチが正攻法ではなく変化球で観る者の内面を絶妙に揺さぶっていく。考えてみれば、法廷劇といっても必ずしも全てが理詰めに進行するわけではない。裁く者、そして裁かれる者も生身の人間である以上、心情的なファクターが介在してくるのを排除することは出来ない。しかも本作ではジェンダーや民族性といった微妙な問題も絡めてくる。その重層的な構造には感心するしかない。

 ノンフィクションの書き手としてキャリアを積んでいる女性作家ラマは、フランス北部の町サントメールを訪れる。当地でおこなわれる、生後15カ月の娘を海辺に置き去りにして死亡させた容疑で逮捕された若い女ロランスの裁判を傍聴し、次作の題材とするためだ。ところが、被告本人や犠牲になった娘の父親などの証言は噛み合わず、裁判が続くほど真相がどこにあるのか分からなくなる。やがてラマは偶然にロランスの母親と知り合うが、そこでこの一件に被告の生い立ちが大きく影響していることを理解することになる。



 ロランスはセネガル出身で、フランスに留学した際に妻子ある白人男性と付き合うようになり、娘を産んだのだった。この男の所業はロクでもないのだが、これが単純な不倫話ではなくロランスのメンタルに深刻なダメージを与える一大事になったことを、なかなか裁判の関係者たちは分かろうとしない。さらに、ラマ自身もアフリカからの移民二世で現在の夫は白人。しかも妊娠しているという、ロランスの境遇とシンクロする部分が多く、それがラマの心にも大きくのし掛かってくる。

 これが劇映画デビュー作となったセネガル系フランス人監督アリス・ディオップの仕事ぶりは野心的で、トリッキィな作劇もとより、ロランスの屈折した心境をあらわすような変則的なカット割りは強い印象を残す。またパゾリーニの「王女メディア」が重要なモチーフとして採用されているのはインパクトが大きい。裁判官と弁護士が女性で、検察官が男性というのも幾分図式的だが納得出来るところである。

 観終わって、ヨーロッパ諸国での移民に対する拭いがたい差別構造を再認識した。エセ保守派の連中はよく“差別されるのがイヤならば移住するな!”などと口にするようだが、そんなことで片付けられるほど事態はシンプルではない。斯様な小賢しい決め付けなど、とうの昔に出番を失うほどに現実は複雑化している。

 2022年の第79回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞を受賞。ラマ役のカイジ・カガメやロランスに扮するガスラジー・マランダをはじめ、ヴァレリー・ドレヴィル、オレリア・プティ、グザビエ・マリーらキャストの奮闘も評価出来る。「燃ゆる女の肖像」などのクレール・マトンのカメラによる清涼な映像も要チェックだ。
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