元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「光」

2017-06-10 06:35:17 | 映画の感想(は行)

 河瀬直美監督は、新たな“鉱脈”を見つけたのかもしれない。前作「あん」(2015年)は観ていないが、概要をチェックすると、一頃の同監督の作品群のような浮き世離れしたモチーフを多用して自己満足の世界に逃げ込むような作りではないことは分かる。この映画も同様で、内容は現実世界にしっかりと結び付いていながら、取り上げる題材はニッチで、かつ訴求力が高い。つまりは、まず素材の面白さで“掴み”を万全にして、あとは普遍的な感銘度を自分のスタイルで練り上げようという作戦だ。これは映画の作り手としての“成長”と言って良いのかもしれない。

 美佐子は視覚障害者向けの“映画の音声ガイド”を作成する仕事をしている。今取り組んでいるのはベテラン監督・北林の新作だが、美佐子による第一稿は上司や関係者から容赦なく批判される。特に厳しい言葉を浴びせるのは、弱視のカメラマン・雅哉だ。いくら雅哉の言っていることが正論でも、美佐子は腹の虫が治まらない。

 ところが雅哉が過去に撮影した夕日の写真に見た彼女は、その美しさに魅了される。そして、いつかその場所に連れ行ってほしいと頼むのだった。だが、その間にも確実に雅哉の視力は失われていく。そんな彼と接するうちに、美佐子は仕事に対するスタンスと自らの生き方を、改めて深く考えるようになる。

 映画の音声ガイドのライターという、おそらくは映画関係者でもあまり知らないような職業に携わる者を主人公に据えた時点で、本作の成功は半ば約束されたようなものだ。これが単に弱視のフォトグラファーやベテラン監督の内面の屈託だけを描くのならば、この監督の独り善がりの映像センスばかりが先走りして、鼻持ちならないシャシンに終わっていたところだ。しかし、珍しい仕事に就いてはいるが、あくまで一般人の領域に属しているヒロインの目を通していることにより、平易なドラマツルギーの構築が達成されている。

 ストーリーはこの監督らしい変化球が目立つ。タイトルの“光”とは、雅哉が失うものであることはもちろん、登場人物達の人生における転機や希望を示している。そしてもちろん、失意の底にある劇中劇の主人公が最後に見出す拠り所でもある。それらが一直線に進むのではなく、絶妙に絡み合ってラストに収斂されていく仕掛けは、感心するしかなかった。

 雅哉に扮する永瀬正敏は好演で、捨て鉢になりそうな境遇から必死になって自分を取り戻そうとする葛藤を、見事に表現している。神野三鈴や小市慢太郎、大塚千弘、白川和子、藤竜也といった脇のキャストも上手い。ただ、美佐子役の水崎綾女はかなり頑張っていることは分かるのだが、表情や声、仕草がアイドル臭く(笑)、諸手を挙げての高評価は差し控えたい。これからの精進に期待したいところだ。

 いくら行き先が真っ暗でも、希望の光を見つけることは不可能ではないことを示してくれる、なかなか求心力の高い作品だと思う。観る価値はある。
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